第57話 王都大聖堂の大司祭(1)

【1】

 それからしばらくしてアントワネット・シェブリの善行は王立学校での話題に上がった。

 清貧派の熱心な支持者はアントワネットがジャンヌの行いに感化されたと言う者もあったが、アントワネット本人が階級や聖典の解釈について教導派聖教会の発言に則った発言を行っていることですぐに否定された。


 そしてクラスでは私とジャンヌによる茶番行為で盛り上がり、ジャンヌの株は上がり私はいつも通りの平常運転だとみなされて評判を下げて終わった。

 その話は他のクラスにもすぐに広がった。


 私は下級貴族寮のお茶会や食堂、そして平民寮の食堂でのお茶会の席などでこんな事を言ってジャンヌの叱られたと盛大に愚痴って聞かせる。

 ジャンヌに自分でできる事が小さな事でもやれば一歩進むと言われたと、それをみんながやれば大きな前進になると諭されたと語る。

 ジョン王子とヨアンナが清貧派を通して行っている炊き出しとはまた違う善行の一つだと言う、でも踏み出したアントワネットは偉いという風潮が醸成されてきた。


 それからしばらくしてエマ姉がまた動き始めた。

 ジャンヌ募金と銘打って銀貨一枚で燕麦を買い付けて困窮する北部領地に送る募金活動を始めたのだ。

 一口銀貨一枚の募金で燕麦買い付けて北部困窮領に送ろうと言うものだ。


 エマ姉は食糧事情が良好で北部や東部、そしてハッスル神聖国にまで穀物を輸出している南部から小麦を買い付けて、それと交換で北部領より燕麦を安く仕入れて、極端な食糧不足で穀物価格が高騰している北部教皇派領の相場価格で供給するのだ。

 エマ姉の募金に託けた利ザヤ稼ぎだ。


 あざといのは募金の名前にジャンヌの名を冠しただけでなく、買い付けた燕麦を王立学校で北部教皇派閥の領主貴族子女に現物で贈呈したのだ、ジャンヌの名を隠れ蓑にしてオズマを代表として。

 贈呈を受けた貴族子女は全校生の前で清貧派の聖女と平民の商人に頭を下げなければならない上に、大量の燕麦を渡されて領地へ運べと言われているのだ。

 そして燕麦は自領で配給されたという事実を王立学校生に公表せねばならないのだ。もちろんその運送はオーブラック運送商会がすべて担当している。

 北部の領地は自領で収穫した燕麦を王都に運んでまた自領に戻して農村に配給する。その輸送費はすべてオズマとエマ姉の懐に入るのだ。


 全校生の募金で集まった燕麦はかなり大量であった。

 どの領地も酪農の飼料として喉から手が出るほど欲しい燕麦を農民に供給するのは嫌なのだろうし、何より各困窮村を巡って燕麦を手渡して行く手間は大変な物だ。

 しかしここまで王都で、それも王立学校で大々的に手渡されれば着服する訳にも行かない。

 王立学校生の見ている前で北部領地の手配した荷馬車にオズマの手配した馬車から次々に燕麦が積み替えられて行く。

 多分これでアントワネットの施した村の数十倍の村に燕麦が届くだろう。

 そして微々たる量のアントワネットの喜捨はすぐに忘れられてゆくだろう。


【2】

 今や平民寮では北部領に施しを行ったという達成感が充満している。

 エマ姉の悪どい利ザヤ稼ぎなど殆んど気づいている者はいない。

 始めから気づいていたのはファナ・ロックフォール、そして途中からはヨアンナも気付いた様でエマ姉とは別にジョン王子の名で押麦を大量に購入し北部の困窮領の農村へ直接送りつけている。


 播種前のこの時期は一番食糧が不足する。

 困窮した農民に恩を売るには一番最適な時期なのだが、エマ姉が送った燕麦は多分ほんの少量づつ農村に放出されて終わりだろう。

 一人銀貨一枚、王立学校生が全員が支払っても金貨で五~六枚程。十枚にも及ばない。

 運び込まれた燕麦も馬車で十台ほど、学生の目からすれば大量に見えるが困窮した農村なら複数の村となると三日程度は食べて行けるくらいの量でしかない。

 単なるおためごかしのセレモニーなのだ。


 ただエマ姉に調達する食糧を籾のままの燕麦にさせたのは私だ。

 栄養価と量だけならフスマならもっと大量に送れる。押麦やオートミールなら燕麦より見栄えも良く直ぐに食べる事が可能だ。

 エマ姉は始めは全粒粉オートミールを考えていたようだが利ザヤの大きい燕麦になってホクホクである。


 しかし燕麦ならば違う価値があるのだ。

 農村に行き渡れば種籾になる。極寒の時期を生き延びる事だけで耐えた北部農村では種籾まで手を付けている農家も多いだろうが、播種期を直前にして種籾として保存する事が出来る。

 領主たちはともかく農民はその意図に気づくはずだ。

 何より雪融けを迎えてジョン王子より食料が直接供給されているのだから燕麦に手を付けるものは少ないだろう。


 別に王都市民や貴族たちに向けてのアピールだけなら幾らでも方法はあるが、北部教皇派閥領地の困窮農村に王立学校とジョン王子の名を冠して支援が入る事は大きいのだ。


 教導派聖教会は事さらアントワネットの名を強調するだろうし、王都市民はしばらくすれば他領の事など忘れてしまうだろう。

 しかし農村はジョン王子とジャンヌの名を忘れない。

 この冬命を繋ぎ来年の食料の確保の目途も立つのだから。


 燕麦を乗せた馬車は寄付を受けた各領地に向かって王立学校を出発した。私たちの思惑を乗せて。


【3】

 二月は王立学校は春のファッションコンペやら何やらをこなしつつ過ぎて行き、三月を迎えた。


 その頃には年明けから続いていたジョン王子派と教皇派の確執も沈静化してきた。

 とは言いながらも別に和解した訳でも無ければ対立が解消した訳では無い。

 清貧派ジョン王子支持派と教皇派国王派閥との確執は深いままだ。


 ただジョン王子の人望や能力、そして最近は指導力に注目が集まりその勢力を拡大している。

 要するに清貧派と教皇庁支持の教導派の陣取り合戦が小康状態を迎えているというだけの事だ。


 サロン・ド・ヨアンナでのパーティー以降の一連の騒動で大きくリードした清貧派だが、教導派の動き如何では覆される可能性もある。

 何よりも国家元首は国王陛下であり、その強権が振るわれれば今はジョン王子支持に回っている中間派諸貴族もいつ寝返るかわからない。


 そんな微妙な状態の中、教導派聖教会の動きが有った。

 いや、具体的にはジョバンニ・ペスカトーレが動いたというべきなのだろうか。

 王都大聖堂から発表が有ったのだ。

 来週の安息日に王都大聖堂でジョバンニ・ペスカトーレ司祭が訓話を行うと言うのだ。


 この告知は王都中に張り出されて大々的に喧伝された。

 ただ識字率の低い王都では教導派の市民は告知板を読めない者が多いのだ。読んでいるのは聖教会教室を出た清貧派の信者たちが殆んどだった。


 多分当日に集まって来る市民中には多くの清貧派信者も集まって来ているだろう。

 一つ間違えばまた騒乱に発展しかねない危険性をはらんでいる。

 これは事前に予防線を張る必要があるが、ジョバンニ・ペスカトーレが何を言うのかが判らない。


 ジョバンニ自体は癇癪持ちのサイコやろうではあるがバカではない。おまけにバックにはあのアントワネット・シェブリ伯爵令嬢がついているのだ。

 何を仕掛けてくるのかはわからないが、一筋縄fで行く様事は起きないだろう。

 露骨に市民を煽って清貧派信徒に暴動を起こさせて弾圧に出る可能性も多分にあるのだ。


 私は手駒のカフェメイドやサーヴァントを動員して不測の事態になった場合に鎮静化に勤めいらぬ血を流さないように対処しなけらば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る