第104話 船旅の女子会

【1】

 春休みは一連の事件のゴタゴタが尾を引いており、ゴルゴンゾーラ公爵家もロックフォール侯爵家王都に張り付いている。

 サン・ピエール侯爵家は一族が王都と領地とポワトー伯爵領の往復を繰り返しているそうだ。

 カマンベール子爵家もルカ中隊長がクロエを監禁同然に寮に閉じ込めてしまったのだ、ウィキンズすら寄り付けないほどに厳重に…。

 あのシスコン兄貴にも困ったものだ。


 私はと言うとシャピに送る為の治癒術士や講師を人選するために帰領しなければならない。

 出来ればカロリーヌにも直接人選してもらいたいが、今は問題山積の領地を離れる訳には行かない。

 グリンダにシャピに向かって貰って、二人で聖教会教室とセイラカフェの立ち上げ準備に奔走してもらうことにした。

 エマ姉は王都とサン・ピエール侯爵領の有る分岐点の街、州都プリーニとシャピを行った来たりして中堅や小売の商店主の系列化を密かに進めている。


 そして今私は川船の中にいる。

 シャピからロルフそしてカンボゾーラ子爵領の領主城の街に続く、川船の定期運行が始まっているのだ。

 カロリーヌやエマ姉そしてグリンダ達と馬車でブリーニまで出ると、そこで別れて私は南に向かう川船に乗り込んでいる。


 もちろん一人では無い。

 ロレインとマリオンは当然だが東部に住むフランまで乗り込んでいる。

 そして今回はアヴァロン州に帰るサレール子爵令嬢とサムソー子爵令嬢もいる上、南部に帰るマリボー男爵令嬢までいる。

 加え今回はカンボゾーラ領に滞在する予定のジャンヌも一緒だ。


 南に向かう川船は女生徒たちに加えてメイドも乗り込んでいるため女子の貸切状態である。

「夏の休暇の時はご挨拶とお礼も兼ねて是非ご同行させて頂きたいわ」

 カロリーヌが羨ましそうに、名残惜しげに見送ってくれた。


 下級貴族寮でも顔馴染みのみんなとの雑魚寝の船室である。

 日頃とは違うメイドも主人も関係なく一室、同じ部屋で同じものを調理して食べて飲んで世間話をしてというのは、貴族令嬢たちには新鮮なようで初めての令嬢たちは興奮気味だ。

 冬の帰寮の時にロレインと、特にマリオンが自慢しまくっていたのでフランがむくれていたのだ。

 サムソー子爵令嬢もマリボー男爵令嬢もだが、いつもは冷静沈着なレーネ・サレール子爵令嬢すら興奮してキャピキャピとハシャギまくっている。


 船内で一泊して翌日の朝にはレ・クリュ男爵領に到着した。

「なんだよ。私が一番早く降りなけりゃならないじゃないか。もう一泊したかったよ」

「へへん、私はカマンベール領でも一泊して東部に帰るわ。何ならクオーネまで出る川船も体験してみようかな」

「わざわざ遠回りしなくても王都から東部までなら中央街道を馬車でもいいじゃないか。お金持ちは羨ましいねえ」

「馬車よりもずっと乗り心地が良いもの。これからは川船の時代に成るわよ。運べる人数も時間もまるで違うと思うわ」

 フランが感慨深げに言うのを受けて私はマリオンに助言する。


「カマンベール領から一日の距離なんだから、貴方のお父様には船着き場を整備して必ず船が泊まるように工夫するよう進言するべきね。少々資金を投資しても先に集積場所を整備して道を繋げてしまえばそこが集積点に成るんだから」

 何やらマリオンよりフランが熱心に聞いている。

「それってモンブリゾン男爵領から道を繋げればうちも可能かな? ミモレット子爵領を介さずに南部や北部と取引ができるかな?」

「やり方次第ね。資金もかかるし隣接する領地との交渉も有るわよ。でも可能性は有るわ。関連領地同士で株式組合を立ち上げるとかね」

「道路工事の組合? どうやって収益を上げるの?」

「運送のための組合よ。腹案も有るわ。道路整備のための方法なら相談にのるわよ」


「セイラ、ならレ・クリュ男爵領の相談ものっておくれよ。父上と話をして見るから。この船着き場とセイラの領都との水運について。最近は街が大きくなって名前がついたんだってね」

「そうなのよ。何か義父上の名前にちなんでフィリポって呼ばれてるらしいわね」

 ちなみにカマンベール子爵領はあの船着き場の街が大きくなって水の街ア・オーと呼ばれ始めている。


【2】

 船は午後にはモルビエ子爵領でロレインを降ろして、日暮れ前にはカマンベール子爵領フィリポの領主城に到着した。

 わずか三月の間に倉庫や平屋の商店が増えて、城下の街はあちこちで建築工事が進んでいる。


「私はもう一泊船でも良かったですわ。冬にはマリオンも船にやってきて一泊したんでしょ」

 馬車の窓から外を眺めながらエレン・サムソー子爵令嬢がつまらなさそうに呟く。

「ごめんね。新興の子爵家としては初めての私のお客様に礼を失した行動をとる訳には行かないんですよ。私たちは良くても集まっている商人や旅客の口に戸は立てられませんから」


「でも残念ですわ。フランとジャンヌ様とはここでお分けれですからね」

「決めた! 私は明日クオーネ迄一緒に行くからね」

「それは良いですわ。アヴァロン州に入ると船便も沢山出ていますし一度見てみると宜しいですわ」

 レーネ・サレール子爵令嬢が自慢げにフランに説明を始めた。


「まあ、大きなお城ですね」

 リナ・マリボー男爵令嬢が外を見上げて言った。

「ええ、無駄に大きいお城だったから今では三分の二は役所や聖教会工房や貸事務所になっているわ」

「…貸事務所? ですか?」

「ええ、月契約でこの街に進出してきた商人や建て替えの為に事務所が必要な方々に貸しているの」

「領主が住むお城にですか」

「ええ、有るものは活用しなければ勿体無いでしょう。我が家の三人…もう直ぐ四人になるけれどその家族が暮らす部屋と家事使用人サーヴァントの部屋が有れば十分ですもの。後は接待や公務に使うホールや食堂と厨房と客間が有れば十分だわ」


 実際にはプライベートスペースと公共スペースも分けてしまったので、カンボゾーラ子爵家の一家が使うのは城全体の二割ほどしかないのだ。

 これでもカマンベール子爵家の領主館より広いのだから。まあカマンベール子爵家の領主館は反対に小さすぎるのだろうけれど。


 その大きすぎる城に馬車は入って行く。

 交易品が豊富に饗されてカンボゾーラ家の料理人達が腕によりをかけた料理にみんなはとても喜んでくれたが私は素直に喜べない。

 この領地の名産品が何一つないのだから。

 交易品の集散地としてこれから我が領は栄えて行く事になるだろうが、これでは領民は潤わない。


 税収が上がっても領民には還元されず不満は高まって行くだろう。アヴァロン商事や系列の新興の商会と旧態依然の地元の商会との軋轢も大きくなる。

 ポワトー伯爵領もだが我がカンボゾーラ子爵領も問題は山積しているのだ。

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