一年 春休み
第103話 学期末
【1】
「お嬢さま宜しかったのですか? サロン・ド・ヨアンナでセイラ・カンボゾーラの悪評を派手にばら撒いたと聞き及んでおりますが」
「別に構わないでしょ。私が言わなくても遅かれ早かれ誰かが言い出す事ですし、それならばこちらで筋道をつけてあげるのが親切と言うものよ」
「またその様な事を…。あの店は清貧派の巣窟ですよ。
「だからと言って私があの娘を褒め称えても誰も信用しないわ。私が毒を流せば後の選別はあちらが勝手にやってくれるのだから手間が省けると言うものよ」
「まあその通りでは御座いますが、その程度の事ならユリシア様やクラウディア様をお使いになられれば宜しかったのに」
「ええ、そうなのだけれど…私の口から一言言ってやらなければ気が収まらなかったのよ。本当に忌々しい娘だわ。それよりもあのメイド達のあの目つきが、ウフフフ今にも私を殺そうかとでも言いそうで面白かったわよ」
「悪趣味な。メイドを煽って何かあってはどう致します」
「あら、ライトスミスの…それもサロン・ド・ヨアンナのメイドよ。間違ってもそんな粗相はしないわ。その辺りの大貴族のメイドとは躾が違うもの」
「あら妬ましい事で御座いますね。その大貴族のメイドに私も入っているんですか?」
「ブエナは別よ。そうで無ければ私の側に置いたりしないわ。まあライトスミス商会のトップメイドと張り合えるのはあなた達くらいでしょうけれどね」
「過分なご評価をありがとうございますお嬢様。しかし負けるつもりは有りませんが、気を許せば足元をすくわれます。侮れるような相手ではありません」
「分かっているわ。今回もよくこんな搦手が思いついたと思うわ。枢機卿の座もあと二年はこのままでしょう。その間にひっくり返されない様にしなければ」
「あり得るでしょうか?」
「私なら聖女ジャンヌやセイラ・カンボゾーラ本人がその座に就任するストーリーを考えるでしょうね。でもセイラ・カンボゾーラそれを良しとはしないはず。もっと姑息な手を考えているのではないかしら」
「肝に銘じておきます」
【2】
継承式の翌週の朝の私のクラスはとても賑やかだった。継承式の話題でもちきりだったのだ。
招待状はクラスメイト全員に送られていた。欠席は四人、ジョン・ラップランド殿下とジョバンニ・ペスカトーレとアレックス・ライオルそして不登校のエドウィン・エドガー。
「ジャンヌ・スティルトン、今回は出席できなくて済まなかった。カロリーヌ・ポワトー伯爵も済まなかった」
「いえ、お立場も御座いますから仕方ないと思います。カロリーヌ様もご理解しておられますし」
「ええ、殿下のお立場上ご無理を申し上げたのは私の方ですから」
その一人、ジョン・ラップランド殿下が継承式の欠席を詫びている。
しかしなぜジャンヌに? 主催のカロリーヌが添え者扱いなんだよ。それこそ非礼だろう。
カロリーヌは現役の伯爵なんだから。
「王子殿下、非礼を詫びるなら順序が逆ではありませんか。カロリーヌ様は現役の伯爵様。それを差し置いて…」
「何を言う! 王立学校においては身分の上下に囚われず平等が原則であろう。平民であるからとジャンヌを侮るような発言こそ非礼だぞ」
この王子、なにを屁理屈をほざいている。自分こそ身分を嵩に忖度の塊の中で過ごしているくせに。
「セイラ・カンボゾーラ、そもそもどの口がそんな事を言っている。お前が誰かに敬意を払ったことが有るのか!」
「もちろん、人として尊敬できるジャンヌさんには敬意を払っておりますわ。イアン様のように媚びたりは致しませんがね」
「お前は一々余計な一言を…、嫌みを言わねば気が収まらない性格の悪さを矯正すべきだな」
「それはお互いさまでは御座いませんか」
「ファナ・ロックフォール! お前の仲間だろう。こやつを何とかしないか!」
「イアン様、貴方に命令される筋合いは無いのだわ。聞いている限りではどっちもどっちなのだわ。それならば誰にも助けを請わないセイラの方が上なのだわ」
ファナの木で鼻をくくったような返答に、イアンはファナの顔を睨みつけるとソッポを向いてしまった。
ヨアンナもそうだがファナとイアンは本当に仲が悪い。
上級貴族の婚約とは政略の為だというけれど、大丈夫なのだろうか。他人事ながら不安になってくるが、まあファナがイアンごときに潰される事も無いだろう。
ファナ個人の側近も多く持っているし(もちろんライトスミス商会を通して選りすぐっているのだから)、なによりロックフォール侯爵家の食品流通事業もキッチリ握っている。
ハバリー亭の大株主で事実上の経営権を握っているのもファナだ。
エマ姉をして、株式の過半数を握れないと歯噛みしている事業はファナ関連の事業なのだから。
これでフラミンゴ伯爵家に後れを取る事は無いだろうし、フラミンゴ宰相相手でも負ける事は無いだろう。
多分あの宰相の事だから実の息子を切り捨ててもファナを取るかもしれない。
「イアン…、頑張れよ」
私はイアンの肩を叩いて声をかけてやる。
「うるさい! お前が俺を憐れむな!」
「いい気になるなよ、セイラ・カンボゾーラ。いつまでも上手く行くとは思わない事だ。僕はお前のやった事を忘れた訳じゃない」
それ迄私たちのやり取りを側で聞いていたアレックス・ライオルがボソリと言った。
小さな声だったが暗く籠った声は低く響いてみんなの耳に届いた。
話し声が止まり全員の視線がアレックスに注がれる。
「ゴメン、煩くして迷惑をかけたわ。少し言動には気を付けるわ」
アレックスが私を憎んでいる事もその理由も判っている。別に彼に手を差し伸べるつもりも無いが、水に落ちた犬を打つつもりは無い。
私にその資格が有るとも思えないし、何よりこうしてAクラスに食らい付いている彼の熱意は認めている。
酒に溺れた彼の兄とは違うのだ。
更に何か言おうとしたアレックスを遮って声を上げた者がいた。
「セイラ様が謝る事は何もないではありませんか。そもそも全てはライオル家が蒔いた種でしょう。セイラ様は火の粉を払っただけでは無いですか」
私は驚いてその言葉を返したオズマ・ランドックを振り返った。
正論ではあるがそれは今言う言葉では無いだろう。
その言葉に触発されてアイザックやゴッドフリートも声を上げた。
「そうだね。君の兄だってやった事は筋違いだし犯罪じゃないか」
「黙れ! 三年間Dクラスで燻ぶっていたあんな男と一緒にするな! 僕はあんなやつとは違う」
アレックスが激高して立ち上がった。
「分かってるわ。あなたはマルカムやロアルドとは関係ない事も知ってるわ。だから落ち着いて。みんなもその話はやめましょう。ここで話す事でも私たちが論ずる事でもないと思うわ」
「「え、そうですね」」
アイザックとゴッドフリートは何とか聞き分けてくれた。
「でもセイラ様。それならアレックスさんがセイラ様を非難なさる事も筋違いではありませんか」
オズマはそれでも納得出来ないようだ。
「ありがとう。でもね、今話しても水掛け論だし、私と彼の問題だから今はここではやめにしませんか。アレックス様、私は入学するまであなたと面識は有りませんでした。だから過去の事は知りませんが、あなたが私を憎む理由は理解しています。あなたを気の毒だと思いますし、私にも他に方法が有ったかもしれません。でもこれは第三者を交えて話す事では無いと思っています。だからもう校内でその話は止めませんか」
「お優しい事だな。だが僕はセイラ・カンボゾーラそれに二年のアントワネット・シェブリ、この二人は許せない。いや許すつもりは無いから覚えておけ」
反論しかけるオズマを制して私も口を噤んで頷いた。
アレックス・ライオルは鞄に筆記具を詰め込むと振り向きもせず教室を出て行った。
「アーアッ、アレックスも大変だね。まあ相手がどちらも、特にセイラ・カンボゾーラは最悪だから腹が立つのは分かるんだがな」
ヨハン・シュトレーゼが髪をかき上げると溜息交じりに肩をすくめた。
「ヨハン・シュトレーゼ、貴方も自分の手下ぐらい管理できないのかしら」
「別に俺の手下でも何でもないぞ。同じ宮廷魔導士候補と言うだけで」
「その同じ魔導士候補生すら御せ無いとは、貴方の器も知れたものね。魔導士長の息子の名が泣くかしら」
「ゴルゴンゾーラ公爵令嬢、殿下の婚約者と言っても口が過ぎるぞ!」
「勘違いするな。こ奴の不遜さは俺の婚約者云々以前の話だぞ。唯我独尊を貫いてる女だ。何せセイラ・カンボゾーラの主人だからな」
そう吐き捨てる王子殿下と公爵令嬢は目すら合わせない。
しかしここの男共は罵倒の締めくくりに私の名前を使わなければ気がすまないのかしら。
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