第3話 五番目の属性

【1】

 レイラたち夫婦が、聖導女に連れてこられたのは小さな談話室だった。

 聖導女はオスカーとレイラにソファーに座るように促すとその向かいに腰を下ろした。

「単刀直入に申し上げます。あなた達の娘様は光の属性です」

 レイラは驚きのあまり息を飲んで聖導女様を見据えた。


 オスカーは怪訝そうに、

「そんな属性は聞いたことがねえんですが?」

 と疑問を口にする。

「あまり知られてはいませんが、稀にある二つの聖属性の一つです」

「聖属性?」

「ええ、光と闇の聖属性と言われて、光は生を闇は死を司ると言われています」

「わたくしは、聞いたことがあります。聖属性の者は聖職者になると、」

「ええ、正確には女性なら聖女に男性なら聖人に認定されます」

「待ってくれ、セイラは聖教会に取られてしまうというのか」

「ええ本来であれば」

 聖導女様は意味ありげな口ぶりでそう言った。


「そもそも聖属性は洗礼式で発現することはありません。早くても十二歳の聖年式、たいていは十五歳の成人の礼拝のころに発現するものです。セイラ様の発現は早すぎる上に魔力量もとても高いのです」

「それならば尚更、聖協会に入れられるのではありませんか」

「そんなことは認めねえ。セイラは俺とレイラの娘だ」

「落ち着いてくださいライトスミス様。ですからお話しているのです」

「あなた、落ち着いて。多分聖導女様はそうならないように私たちにお話しされているのですわ」

「ええその通りです。未成人の聖属性者は聖教会に引き取られ聖人・聖女として教育されます。ですが成人後の聖属性発現者は王立学校に入れられて進路を選ぶことができるのです。王室も聖属性の保持者を召し抱えたいのですから。二百二十年前のムルウ戦役でのダナン将軍や近い時代では六十二年前のアスハム宰相などが聖属性の保持者でした」

「聖導女様、貴女は聖教会で聖女に成る事を反対なされているのですか?」


「ええ、ハッキリ言ってその通りです」

「いったいどうして? いや、セイラを聖女にしたい訳じゃあ無いが、聖職者のあんたが何故反対するんだ?」

「聖教会は、いえ聖教会の幹部たちは腐っているからです」

「「ええ!」」

 聖導女の発言に夫婦は固まってしまった。


「末端の聖導師や聖導女には心根の正しい者もたくさんおります。でも本山の司祭や大司祭は違います。当然その上の枢機卿や教皇についても同じです」

「それは、不敬ではありませんか?」

「ええ、わかっておりますが事実なのです。今の本山の大司祭たちは教皇や枢機卿の子供たちなのですから。枢機卿たちも高位貴族出身の前教皇や前枢機卿の実子なのです」

「まさか、聖職者が妻帯していると…」

「その通りです。妻帯が禁止され生涯不犯の誓いを掲げた上位聖職者が複数の妾を持ち隠れて妻帯して酒色に溺れているのです。その上で爵位を大金で買って子供に与え司祭や大司祭に据えているのです」


「わたしは清貧派の聖導女です。今の本山の教導派の聖職者を嫌というほど見てきました。九年前に亡くなられた先代の聖女様は慈愛に満ちた素晴らしいお方でした。その聖女様を、聖女様の治癒の力を道具として使い、貴族から大金を取って成り上がったのが今の教皇です。聖女様は十二歳で光の聖属性を発現なされて、十三歳の時からそのお力を使いつぶされてわずか二十四歳で身罷みまかられたのです」

 聖導女はそう言うとハラハラと涙をこぼした。


「わたしは当時聖女様付きの見習いとしてお側で見てまいりました。伯爵家の出身であった先代の聖女様でさえこの有様なのです。何の後ろ楯もない平民出身のセイラ様がどのような目にあわされるかお分かりになるでしょう」

 聖導女様の言葉にオスカーは青い顔で息を飲んだ。

「幸いにして聖年式の参拝に行くかどうかは自由です。特に聖教会の寄付金のかかる行事ですから一般の平民はあまり参加しません。王立学校への推薦を望まなければ行く必要のない儀式です。ですから属性を隠して成人式までお待ちなさい。そうすれば王室に召し抱えられることも可能です。聖教会に引っ張られたとしても、王立学校の間に知識と人脈を作れば取り込まれないよう踏ん張ることもできるでしょう」


 聖導女の心遣いにレイラは涙してしまった。

 オスカーは跪き聖導女様の手を取ると頭を垂れて

「聖導女様、お名前をお聞かせください。あんたのお心遣いを一生忘れねえ為にも」

「シスタードミニクと申します。セイラ様に何かあればいつでもご連絡ください。ご相談に乗りますから」

 その言葉にレイラも深々と首を垂れるのだった。


【2】

 シスタードミニクはライトスミス夫妻に、しばらく気を落ち着けて今後のことを相談するように告げると部屋を出て行った。

 十二歳で木工場の徒弟見習いになったオスカーは学が無いから難しいことは解らない。それでも今、シスタードミニク様から聞いた話は真実だと思うし、彼女の助言はもっともだと思った。


「レイラ、聖導女様の、ドミニク様の話は本当だと思うか?」

「ええ、わたくしも先代の聖女様のお話は聞いたことがございますわ。毎日休まず各地の貴族や軍人のお屋敷を回られて治癒魔法を施していらしたと。聖女様が身罷られた折には、お祖母様がとても悲しんでおられたのを覚えております」

「ということは子爵様も聖女様のお世話になったのか?」

「いえ、聖女様の治癒には多額の寄付が必要だったので伯父様の様な子爵家では無理でした。上級貴族や高級官吏の方々や、上級軍人や大商人などのお金持ちしか受けられませんでした。ですから一般の方々は知らない方も多かったのですわ」

 そう考えると聖女の話は間違いないように思える。


「妾や妻帯の話はどう思う」

「それはよくわかりませんが、王立学校で枢機卿の孫だと言ってえらく威張っておられた方がおられたのは覚えておりますわ」

「貴族なら面識もあっただろう」

「わたくしなど男爵令嬢と言っても、お父様を亡くして出戻った未亡人の娘ですから貴族扱いなどされませんわ。ですからお名前もよく存じ上げませんでしたの」

「レイラの話を聞く限りじゃあ、ドミニク様のお話はとても信憑性がある。間違っていないと思う」


「後はドミニク様をどこまで信用できるかですわ」

「多分、清貧派とエ~と教導派とか言ったか、それとの派閥争いもあると俺は思うんだ。セイラが聖女として祭り上げられたら教導派の金蔓になるだけだ」

「教導派の司祭様の耳に入ればセイラは取り上げられるとわたくしも思いますわ」

「それにドミニク様は信用できると思う。下町での炊き出しや孤児院での寄付集めなどでいつも目にするしな。俺たち平民を気遣ってくれているのは確かだな」


「今はドミニク様の言葉に従って、セイラには黙っておこうと思うのですわ」

「そう言えば、魔力量も多いと言っていたなあ」

「わたくしは歴史の授業で習いましたが、アスハム宰相やダナン将軍は高位の魔術師としても有名でしたわ」

「先代の聖女様は十三歳から治癒魔術を使っていたといったな」

「ええ、でもすでに十二歳で発現してから一年間、魔術教育を受けておられるはずですからそれより早くに魔法を使えたと思いますわ」

「それならセイラも使える可能性があるわけだ」

「そ、それは駄目ですわ。何かの拍子に魔力量が知られてしまえば、属性も知られてしまいますわ」

「ああ、セイラの属性は火属性。それから魔力は絶対使わせない」

「セイラにもそう告げて言い聞かせますわ」

「あいつは利口な娘だから、ちゃんと説明すればわかるだろう」

 二人は決意を込めて頷きあった。


【3】

 妻は癌で亡くした。

 娘が小学校三年生の時だった。

 一年半の闘病の末、残してくれたのは娘に託した無念の思いと大量のレシピだった。

 理系で柔道馬鹿の体育会系仕事人間だった(俺)は、その時から妻のレシピを必死で覚えた。

 せめて娘が妻の味を忘れずにいてくれるようにと。


 そして七年目、娘が高校に進学した年の冬。

 娘の心臓に異常が見つかった。

 拡張型心筋症、心臓移植が必要な難病であった

 健気に頑張る娘を支えるため、毎日病院に通い娘に寄り添うように努めた。娘の差し入れにお菓子を焼き、一緒にゲームをして、遅れている高校の勉強も一緒にやった。

 おかげでスイーツレシピとゲームについては詳しくなってしまった。ゲーム廃人の島崎君や腐女子の坂本君からラノベや薄い本などをプレゼントされ、娘に呆れられたりもした。


 そして一年後、あの事故である。

 母親を亡くし、そして父の(俺)も死んでしまった。

 せめて(俺)の臓器が娘の命を繋いでくれていることを願ってやまない。

 たった一人にしてしまったが、せめて(俺)の分まで生きてほしい。

 それがせめてもの(俺)の人生の証でもある。

 四十五年の生涯で辛い事も沢山あったが、妻と娘のお陰で精一杯生きてこれた。

 すべての臓器は娘に託す。

 この先娘が笑って生きていけるならばこの人生に悔いはない。だから私は生まれ変わったこの世界で精いっぱい生きてゆこう。

 とは言うものの、おっさんの記憶を持ったままで幼女として生きられるのか!? 軍人になって出世して、安全な後方勤務でも目指すか?


【4】

 聖導女様との話が終わったようで、両親が部屋に戻ってきた。

 父ちゃんが私を抱き上げて、肩の上に乗せる。

「お前は火属性だそうだ。その上、人よりも魔力量が多くて目を回したらしい。それにビビって泣くなんて、ざまあねえな」

 聖導女様に何か言われたのだろう。不安を押し殺して、私を元気づけようとする父ちゃんの気持ちが、今の私には良く解る。


「父ちゃん、ありがとう」

 いつものような軽口はたたけない。

「ばっ馬鹿野郎。何言ってやがる」

 父ちゃんは、真っ赤になって口ごもった。

「あらあら、あなたお顔が真っ赤ですわ」

 お母様が楽しそうに笑う。


「でも、成人するまでは魔法を覚えるのも魔力を使うのも絶対に禁止ですわ」

「そういうことだ。不用意に何かして事故やケガに繋がることがある。誰かが使っていても絶対マネしちゃあいけないからな。お前だけじゃなく、みんなに迷惑をかけることになる。約束だからな」

 私の魔力はずいぶん多いようだ。

 きっと危険が伴うことを聖導女様にいろいろ言われたのだろう。

 父ちゃんの不安そうな素振りはそのせいだったようだ。

「ああ、父ちゃんとお母様と私と三人の約束だ。絶対守るよ」

「ええ、三人の約束ですわ」

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