第114話 カスバート家(1)
【1】
カスバート家の村から少し先に小さな村が有る。
河縁の土地で石が多いので開墾に手間がかかる場所だった。無駄な労力も金もを使うつもりは無いので、開拓民がやってきた時も放置していた。
それがいつの間にか開墾されて広くはないが、麦畑が広がる様になってきた。
当主のマルクス・カスバートは収益が上がるならこの農地も取り込みたいと思うようになってきた。
ちょうど麻疹の発生で領内に被害が広がった事を契機に、領主のライオル伯爵家を通して村に圧力をかけて貰い借金を押し付けた矢先 その領主家が没落してしまった。
その上新しく来た領主家が水運業を始めた事で、小さな船着き場を持っていたその村が潤い始めた。
麻疹禍の折に押し付けた借金も滞りなく返済が進むうえ、今の領主家の査察官が目を光らせているので不当な取り立ても出来ない。
そこでカスバート家の船着き場の使用料を廃止して、あの村に行く積み荷を全て奪おうと画策し始めたとたんに村から全額返済の申し出が有った。
村に隣接する河縁の広大な荒地をすべて領主家に売ったのだという。
以前ライオル伯爵があの村に開拓を命じ開拓資金としてカスバート家が借金を押し付けた土地だった。
返済の受け取りを拒否するなどの手を考えていたが、領主夫人直属の財務官と公証人が村の代表者と共にやってきてなすすべもなく返済手続きは済まされてしまった。
今度の領主は夫人が公証人や計理士や代訴人の資格を有しているとかで、財務や法務の管理にはとてもうるさい。
女のくせに小賢しいとは思うが、領主夫人に逆らうのもはばかられる。悩ましい限りだ。
今の領主家に取り入ろうとも考えたが、前領主家との関係が深かった事も有って警戒されている。
親交のあったシルラ副司祭の伝手を頼って、織機の買取りの相談に赴いたが領主の娘がしゃしゃり出て不快なだけで何の収穫も無かった。
前領主家に色々と恨みが有るようで、取り付く島もない状態だった。
頼みの綱はシルラ副司祭だ。新任の司祭長は女性で獣人属で実務を解っていない学者崩れだと聞く。
もう一人の司祭も女性で、こちらは聖女ジャンヌの後ろ盾で捻じ込まれたただの治癒術師らしい。
今までの様なうま味は無いが細々と聖教会から利益を吸い上げる方法を算段する方法を考えよう。
そんな事を考えていると、弟のチコが渋い顔で部屋に入ってきた。
「兄貴、小作人が集まらねえ。去年の麻疹で追い払った小作人は帰ってきやがらねえし、新しく雇うにも領内が人手不足でさっぱりだ」
「バカ野郎! 我が家がなんであちこちの村に金を貸してる。借り入れの返済を盾に人手を出させろ。借金の利息分くらいは割り引いてやればいう事を聞くだろう」
「それがな兄貴、ウチが金を貸してる村や農家が軒並み借金の返済を申し出て来てるんだ」
「おい、どういう事だ! ハーポを呼べ、貸し付けの担当はハーポだろう」
三男のハーポが呼びつけられて借金の証書を持って部屋にやってきた。
「ハーポ、どういう事だ? 軒並み返済だなんて、どこから金が湧いて来たんだ? おかしいだろう、意味が分からねえ」
「兄さん、落ち着いてくれ。ライトスミス商会とアヴァロン商事が信用組合とか言うものを始めたんだ。そいつらが借金の借り換えを勧めてるらしい」
「らしいってなんだ! 借り換えって俺達から自分の所に借金先を変えろって脅してるっていうのか? ふざけるな、そんな横やり筋が通らんぞ」
「ハーポよう。村の連中がそんなどこの馬の骨ともしれん奴らからどうして金を借りようと思ったんだ。弱みでも握られたんじゃねえのか」
「わかんねえ。でも借り換えに奴らが乗り気なのは間違いないんだ」
「弱みかなんだか知らんが、とっとと調べてその話潰して来い。ハーポだけじゃあ頼りねえ。チコ! お前も一緒に行って叩き潰してこい」
【2】
二日後ハーポとチコが青い顔で帰ってきた。
初日、各村や農家を回ったが行く先々でなじられたそうだ。騙されていた、今まで食い物にされていたと農家や村の怒りは大きく話も聞けない状態だった。
その中でも比較的落ち着いて話ができる村をいくつか選んで、翌日又話に行って聞かされたことは驚くべき事実だった。
いつの間にか金を貸し付けている農家全てが信用組合の会員になっていたのだ。
その上各個に貸し付けていた借金はすべて、信用組合の借り入れ金として一つにまとめて組み替えられていた。
ハーポが交渉する相手は、各戸の無知な農家や農村ではなく信用組合という組織が雇った金融と投資のエキスパートだったのだ。
農家が借り換えた借金は、カスバート家の金利よりもずっと安く交渉に行った村に沿った返済の計画が緻密に組み立てられていた。
チコにはその内容は解らなかったが、曲がりなりにも王立学校を卒業したハーポにはそこに記載されている事の意味は理解できた。
そして何より驚いたのは、説明をしているのが村長でも村の古老でもなく成人式前の子供だということだった。
麻疹禍の起こった春にカマンベール領に追いやられ、そこの聖教会教室で学んでいたのだが、カンボゾーラ子爵領に赴任する修道士について生まれた村に戻ってきたそうだ。
鳥獣人だったその修道士は高等学問所にいるそうだが、この少年は村の聖教会教室でまだ学んでいるという。
「この子のおかげであんたらがどれだけ暴利を貪っていたかよく分かったわい。相場以上の値で種籾を売りつけたり使い古しの農具を買わせて借金を背負わせたり、今までよくぞ食い物にしてくれた。証文の内容も金利も嘘ばかりじゃないか。わしら読み書きが出来んと思ってバカにしておったのだろう」
口約束など証拠にはならない。証文に書かれた内容をごまかして読んで手形を押させてしまえばこっちの物だった。
あとは聴き間違えや記憶違いと押し通し証文と公証人を立てにいくらでも毟り取ることが出来たのに、これからはこの少年のような奴らがどんどん増えてゆくのだ。
あの聖教会教室にみんなが通うように成ってきているのだから。
ハーポは歯噛みする思いで話を聞いた。
少年の説明はつづく。
信用組合は参加した者たち全員が運営に参加できる。各農家は儲けが出れば組合に出資してお金を預けることで毎年一定額の配当を受けることが出来る。
出資金はまとめられて信用組合としての儲けが出る事業に投資されてその利益が配当として還元されるのだ。
更に投資金は必要になれば返金されるし、それを担保に組合から資金を借りることも出来る。
太刀打ちできない。
ハーポは血の気が引く思いで話を聞き、大急ぎで長兄のマルクスに報告に帰った来たのだ。
「信用組合と交渉することに成る。もう他の選択肢なんて残ってないんだ。貸し出した金は全額返済されて帰ってくる」
「お前! 何のために王都の王立学校に行かせたと思っているんだ! その信用組合とかと交渉して有利な条件で話をつけるのがお前の仕事だろう!」
「兄さん、無茶を言わないでくれ。相手は領都の高等学問所から来たやつだぞ。王立学校でもトップクラスの専門家に太刀打ちなんか出来ない。いくらあがいても最後は向こうの条件で承諾する以外に方法はないんだよ」
「くそっ! これで儲けがふいになったじゃないか。金貸しの仕事も続けられねえ。…領都の役人に訴えるとか出来ねえかな。シルラ副司祭に頼んで聖教会教室とやらをぶっつぶせないのか」
「落ち着きな兄貴。それは俺から当たってみるが損が出たわけでもない。おかげで現金もかなり戻ってくるんだ。別なことに使えば良い。それよりも春の草取りの人でのほうが先だぜ」
「ふん、分かったよ。まあ現金が戻ってくるんだ。条件を上げて小作人の募集にかかることにするか」
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