第45話 ふるい掛け

【1】

 派閥女子たちを中心にジョン王子の婚姻の話は一気に王立学校内に流布された。

 変な尾ひれがつかない様に話の趣旨は紙に書いて各寮に数枚ずつ配布して見える所に張り出させた。

 当然その紙にはジョン殿下の婚姻の決定を告知すると記載されている。

 簡単にジョン王子殿下の名前とヨアンナの名前、そして婚姻の場所である王宮聖堂での式典の簡単なスケジュール。


 その後にエヴァン王子とエヴェレット王女の共同主催で行われる次週のお披露目式の概要も記載されている。

 こちらは少し詳しくハウザー王国の来賓として二人の王宮聖堂への参列を後押ししたい旨協力を願う事が記載されている。


 これでこの催しに参加する学生は獣人属容認派として周りからみられる事になる。

 教皇派の生徒は絶対に参加できないのだ。

 多分教皇派大貴族の生徒が中間派の下級貴族たちを切り崩しにかかるだろう。

 別にそれはそれで構わない。

 これからの風向き次第で変心する者は変心するのだし、いまは確実にこちら側である者を見極めたい。


 さらに派閥集会の内容や告知の掲示の詳細を派閥女子を中心にあちこちで説明させている。

 その時にジョンを呼ぶ敬称はか次期国王という言い方に統一させている。

 これを聞き咎められた場合は少々気が早かったと言って謝る様にも言ってある。


 まだジョンが王太子に決まった訳でもない。

 どちらかというと王太子になる為の婚姻である。

 ただこうする事により言葉としてジョン王太子が摺り込まれ印象付けられて行く。

 いつの間にか既成事実化してしまえば好都合なのだ。

 言い間違いの言い訳は立つ。継承権一位の王子なのだから王太子と呼んだところで何らおかしなことでも無いではないか。


 王太子というこの表現に引っ掛かりの有る者も参加する事を躊躇う事だろう。

 それを認めてしまうとリチャード王子即位の芽を摘む一因になりかねない。

 リチャード王子支持派と思われる者は絶対にこの集まりには参加できないのだ。

 教導派貴族の選民思想と言うものは本当に救いようが無く愚かしい。

 だからこの程度の事で足元をすくわれてしまうのだ。


【2】

「エヴェレット王女殿下、この度の殿下御主催の催しぜひぜひ参加させて下さいまし。王宮聖堂に未来のラスカル王とハウザー女王が並び立つ姿をこの目で見れるならそれは末代までの自慢ですもの」

 翌日の学校の授業前はクラス中が張り詰めて空気で覆われていた。そこにいきなりメアリー・エポワス伯爵令嬢がブチかましたのだ。


「エポワス伯爵令嬢! 何を戯けた事を申しておるのだ! 未来の王とはいったい誰の事を指して…。何より王宮聖堂に…神聖なる王宮聖堂に…」

 メアリーのいつものエヴェレット王女への賛辞に、ジョバンニ・ペスカトーレが血相を変えて噛みついたが、直ぐに尻すぼみに終わる。


 幾らなんでも他国と自国の王族の前で言える事と言えない事は有る。

「まあ、そうでしたわ。エヴァン王子殿下を差し置いてご無礼をご容赦くださいませ。少々女王を仰ぐという事に憧れも御座いましたもので、こうして口に出すべきでは御座いませんでした。ですが来賓席でエヴァン王子殿下やエヴェレット王女殿下と共にリチャード王子殿下も並ばれるとあれば少しばかりは派手な想像も進むと言うもの。ジョン王子殿下とヨアンナ様のお二人の御結婚も楽しみで御座いますわ」

 メアリー・エポワス! あの父親以上に食えないやつだ。未来の王が誰かとは言わず上手く煙に撒いたが腹の中で思っている事は丸わかりだ。

 ジョン王子派という立場を明確にせず教導派に軸足を残したまま、お披露目会の参加を既成事実化してしまった。


「この蝙蝠女め!」

 マルコ・モン・ドール侯爵令息の呟いた悪態を聞き咎める風もなく鼻でせせら笑うとマルコを無視して私たちの方に歩きだした。

 私にはこの女は蝙蝠では無く捕まえたウサギをいたぶり殺す女狐に見える。


 私たちの側に来るとメアリーは私の方を向いて言い放った。

「ねえチビ助子爵令嬢、私の席はエヴェレット王女殿下のお近くに用意して頂戴」

「ええ、ご希望に沿うように差配いたしましょう嵩上げ伯爵令嬢様」

 しばらく薄笑いを浮かべた私とメアリーのにらみ合いが続く。

 この女の希望通りエヴェレット王女のすぐ近くの席にしてやろうじゃないか。お前の嫌いなむさくるしい騎士団員の真ん中に。


 しばらく睨みあった後メアリーはエヴェレット王女のもとに去って行った。

「なかなか策士なのだわ。セイラとの確執を見せつけて必ずしもこちらに組しないと言いたいわけなのだわ」

 そう言うとファナがにんまりと笑う。


「エポワス伯爵令嬢殿、俺からも礼を言う。なんであれこう言って祝福して貰えるとはこれほどうれしい事は無い」

「ジョン王子殿下にそう言って頂けると光栄で御座いますわ」

「私からもお礼を申し上げるかしら、エポワス伯爵令嬢様」

「王家の臣として当然の事ですわ」


「そうやって王族には誰にでも媚びを売るのだな。節操の無い事だ」

 マルコ・モン・ドールが聞こえるように当て擦りを言う。

「あら、王族に敬意を払う事は貴族として当然のことだわ。それともあなたは王族に敬意など持たないとでも仰りたいの」

「べっ…別にその様な事を言っているわけでは無い。ただ言いたいのはお前の家は国王陛下に仕える近衛騎士家ではないか!」

「私もそんな事を聞きたくもないわ。私は近衛騎士団の副団長の娘よ。王族に敬意を払うのは当然ではないの! 我が家は今の国王陛下にも、これまでもこれからのも国王陛下にも、忠義は変わらない微塵も変わらないわ」


「そんなもの、どこまで信用できる。ましてやお前が偉そうな事を言おうと女の身で何が出来るというのだ」

「なんと言われようと私は、我が家はこれ迄もこれからも王室に忠誠を誓うわ。今の王室にもこれから先の王室にも忠誠を尽くすのよ。王室にもね」


 マルコ・モン・ドールは戸惑った顔をしているが、その言葉の真意に気づいたジョバンニ・ペスカトーレの顔にはサッと朱が差した。

「ふっ不敬だぞ!」

「何が? 何を持って不敬だと?」

「…まだ、まだ国王陛下がご存命の今、先の王室とは…」

「王室はこの先も続いて参りましょう。何よりご壮健でご聡明な二人の王子がおられてこの先もご安泰では御座いませんか。その王室に永遠に忠誠を尽くすのですわ」


「素晴らしいよ。僕は感服したね。やはりエポワス嬢は近衛騎士家の鑑だよ。御令嬢では有れどその心意気は近衛騎士の物だと思うよ」

 エヴェレット王女の賛辞にメアリーは気を良くして微笑んだ。


「だから何なのだ! 所詮女ではないか」

「そう申されるなモン・ドール殿。我らハウザー王国では女性騎士もいる。かくいう僕も女性騎士なのだから」

「お言葉ですが王女殿下。わが国では女性の騎士は認められておりません。ハウザー王国と我が国では国情が違うのです」


「なんでだ? なんでハウザー王国で出来てラスカル王国ではできないんだ? 俺には良く解らんが」

 マルコ・モン・ドールの言葉にイヴァン・ストロガノフが疑義を呈する。

「脳筋のバカには解らんだろうが、前例がないのだよ! 前例が」

「ならばメアリー・エポワスが前例になれば良い。そうなれば前例が出来るぞ。そうなればセイラ・カンボゾーラ、お前も近衛騎士団に入団できるぞ。良いなそれは! イヴァナも喜ぶだろうから親父に図ってみよう」

 私はお前に関わりたくない! メアリー・エポワスの後塵を拝するのはもっと嫌だ! イヴァナにこれ以上懐かれるのも迷惑だ。


「それは良いかも知れんな。今後女性の要人も増えるだろう。その警護に男性騎士ばかりつける訳にも行かん。なあヨアンナそう思わんか?」

「そうね。セイラなら不埒な男などパンチ一発で沈めてくれるかしら」

「しかしあ奴はその上にケリ迄入れようとするから少々女性騎士としての優雅さに欠けるのではないか? ならメアリー嬢のような優雅さを持った騎士が先例になる方が良いのではないかな」

「当然でございますわ。お望みなら私はいつだって先例になりましょう」

 はー? メアリー・エポワス、お前ごときが私に勝てるとでも思っているのか?


「戯けた事を! 戯けた事を! いつまでも戯れ言を言っていればいいのだ! バカバカしい!」

 ジョバンニ・ペスカトーレは入学直後の事を思い出して怒りに身を震わせながらも癇癪をどうにか抑えてソッポを向いた。

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