第53話 セイラカフェ(メリージャ1)
【1】
旦那様と奥様が見えられた翌々日に、関わりのある方々が招かれてお披露目の宴が催されました。
来週には市長や商工会の偉い方をご招待して開店にパーティーをするそうです。
開店前だというのに翌日から貿易商や商店主の方々が次々に見えられます。わたしたちも見習いメイドとして頑張ってお仕事です。
今日も朝からお仕事を頑張りました。お昼下がりでグリンダさんは、メイドのリオニーさんとアドルフィーナさんを連れて、配達と明日の仕入れに行かれました。
ナデテさんとマリーは、厨房の片付けをしています。わたしとシャルロットがテーブルを拭いているとキレイな女の子がお店に入ってきました。
「あなた方が見習いの店員さん?」
「はい。···あっ、いらっしゃいませ」
「あなたのお名前は?」
「わたしは、アンヌ。あっちの子がシャルロット···でございます。」
「良くできました! それじゃあお茶とフレンチトースト···じゃなくて玉子シロップのトーストをお願いするわ」
わたしは、カウンターの横の銅の管の蓋を開けて注文を告げました。
「あなた方がお仕事は、辛くない?」
「楽しいよ! こんなキレイな服を着てお仕事出来るなんて嬉しくてたまらない」
シャルロットが女の子の横でクルリと回って見せる。
「この服は気に入ってるの?」
「うん、大好き。妹やお友達にも見せたいけど着て帰れないから残念」
「シャルロット! お話しは止めてお手伝いを······、お嬢様ぁ! いついらっしゃたのですかぁ」
ポットを持って入って来たナデテさんが嬉しそうに駆け寄ってきました。
このお姉さんが、セイラ様!? わたしもシャルロットも驚いて固まってしまいました。
マリーがオズオズとトーストのお皿を差し出します。
「怖がらないで、あなたのお名前は?」
「マリーと申します」
「それじゃあ、マリー、アンヌ、シャルロット、一緒にお話ししましょう。ナデテもお茶を入れたらこちらに座って」
「リオニーやアドルフィーナに見つかったらぁー、叱られちゃいますわぁ」
そう言いながらもナデテさんも嬉しそうにセイラ様の隣に腰かけました。
「お嬢様! いつ見えられたのです」
扉が開いてグリンダさんが帰ってきました。
「ずるいですわ、ナデテ」
「ナデテ、いつからお嬢さんとお茶をしてるの?」
リオニーさん・アドルフィーナさんも不満そうです。
「ゴメン。アドルフィーナ、リオニー。グリンダも一緒にお茶にしましょう。もうお店閉めちゃいましょう」
「仕方ないですわねえ。今日は早めに閉店です。リオニーとアドルフィーナは、買い物した荷物を片付けて。マリーとアンヌはクッキーが有るので持っていらっしゃい。シャルロットは閉店の札を上げてきなさい。ナデテは私とお茶の用意です」
グリンダさんが指示を出しました。
そしてわたしたちはセイラ様と色々お話をしました。
◇◇◇◇
久しぶりにリオニーたちに合った。
ゴッダードのセイラカフェにいた時から一カ月少ししか経っていないのに、すっかり貫禄が出て仕事できる感が漂っている。
割とおっとりしていたナデテさえもテキパキと見習いの三人に指示を出して動いている。お茶の淹れ方も堂に入ったものである。
先ずはリオニー達からメリージャでのカフェの状況のリサーチを行う。清貧派の聖導師や貿易商が主体の商人連合の関係者、ヴォルフ商会等の木工房系の人たちが、もう常連と言った感じで入れ替わり訪れている様だ。
お披露目からまだ五日しか経っていない。正式な開店は明後日なのに。
まあ立ち上りは目途は着いたしセイラカフェの情報収集場としての目的は達成できるでしょう。
開店すれば第一城郭の内にある市庁舎や商工会からのお客を増やして領主や貴族の情報も得られれば良いのだけれど。
そう言えば新人の三人は第三城郭の下町から通っているそうだ。三人お話だと第三城郭の住民は殆んどが脱走農奴で戸籍が無いので、住民の出自は判らないそうだが追手に見つかれば捕まる者が大半らしい。
グリンダやリオニー達の説明によると、農業国であるハウザー王国の南部諸州は、綿花や茶葉や香辛料と言った輸出関連の農園主と、本来の小麦や大麦の生産を主体とする貴族領主が大量の農奴を抱えて圧政を続けているそうだ。
そして新興農園主と領主との利権争いに聖教会が入り福音派でも農園派と領主派で対立があるそうだ。
国境沿いのメリージャと周辺の領地では国境貿易にかかわる税収で潤っている領主たちが多い。その為新興農園寄りの貴族が多く、流通や二次産業に従事する人手が慢性的に不足している事から農奴制を廃止し脱走農奴を受け入れている。
それでも旧領主や農園主の所有権は消えていないので見つかれば連れ帰られる。領主も雇い主も守ってくれるわけではない。
リオニー達は今ではラスカル王国の聖教会信者として身分を保証されているが、シャルロットたちはこの限りではない。
何か事が起こった場合はこの三人をどう守るか、そしてこの先雇い入れるチョーク工房の子共たちや教室に通うようになる子供たちについても保証が必要になるだろう。
暗い話はさておき、アンヌやマリーやシャルロットは、ここで働けて嬉しくて仕方ないと言う感じだ。
三人は数字も文字も覚えましたと言って、三人で黒板に基本文字と数字を書いて見せてくれた。
何よりもここのメイド服が誇らしくて仕方ない様だ。一生懸命グリンダの所作を真似している三人を見ると沈んだ気持ちがホッコリしてくる。
「もし良ければ、一度その服を着て帰ってはどうかしら」
メイド服を妹や友達に見せたいと言うシャルロットに声を掛けてみた。このメイド服は開店前の宣伝になるし、店員募集のアピールにもなりそうだ。
「お嬢様それはなりません!」
グリンダから厳しい声が飛んだ。
「セイラ様。そんな事をするとこの娘達の命にかかわります」
「盗まれるくらいなら良いですがぁ、殺してでも奪おうとする者もいますぅ」
アドルフィーナとナデテも続けて声を上げる。
「…そんなに酷いの」
私は絶句してしまった。たかだかメイド服の為にそこまでするような場所なのか。
リオニーが悲しそうに続ける。
「この娘達がこのお店に勤めていると言う事だけで金品を狙う奴らも居んです。日の有る内はともかく、日暮れになると危険なので帰宅は早めにさせています。遅くなる時は必ずミゲルかダンカンさんが送って行っています」
メリージャの聖教会は第一城郭の中、教室を開くとなると第三城郭からの通いになってしまう。それに狭い上に高級官吏や貴族の住む第一城郭内にチョーク工房など創る事が出来ない。
私は全くハウザーの現状が見えていなかった。
今ならば解る、ヴォルフ氏が工房を聖教会教室と切り離そうとしたことが。
カルネイロ代表やドミンゴ司祭がチョーク工房の報酬を麦粥にしたことも、現金報酬を持ち帰る危険性も考慮したのかもしれない。
もちろん”カモ”だ。カモシレナイだ。
ほぼ私利私欲まみれの発言だろうけども。
明日は私の提案で見習いの三人の家族を呼んで彼女たちの仕事ぶりを見てもらう事にした。
もちろん食事代はセイラカフェ持ちでだ。
簡単な手紙を書いて、三人に家族の前で読むように言って持たせた。
順番手紙を音読させてちゃんと読める事も確認できた。
今日の給料を受け取って三人は嬉しそうに手紙を握って帰って行った。
見習いメイドの三人が帰った後、みんなを集めてささやかな食事会が始まった。明後日の開店に合わせての打ち合わせも兼ねている。
招待しているお客は、商工会と聖教会の関係者そして市長が来るそうだ。
市長は想定外だ。メリージャの市長となると貴族家の出身だろうと思ったが、案の定ダンカンさんの説明では伯爵で領主様の甥だそうだ。
どうも父ちゃんたちが女大司祭様に謁見したことを聞きつけたらしい。目的は何なんだろう? 賄賂など用意してないぞ。
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