荒野の接敵
マンバス千兵長率いるジャルファンダル討伐軍一個大隊の前には、見るも無残な遺体が横たわっている。
斥候隊からの報告で宿場町からやや西寄りに進路を取った大隊は、数百ほどのガッツバイル傭兵団の攪乱部隊を追跡していたのだが、その経路上らしきところでその遺体を発見したのだ。
「嬲り殺しだな。連中、遊び半分か?」
その遺体は、身体中至るところに細かな切り傷を負わされており、血に塗れている。失血死したのか、激しい痛みでショック死したのか判然としないほどの惨状だ。
「騎馬五十で編成して先行させろ。敵を発見し次第、足留め。報告を走らせろ」
「はっ!」
復唱を確認したマンバスは、犠牲者を一瞥し苦い顔を作る。
彼もこう後手にばかり回る戦いに慣れていない。見えない敵に翻弄されるのはストレスが溜まって仕方ないのだろう。
配下の十兵長が五十騎を率いて走り出すのを横目に、犠牲者を弔う指示を出したマンバスはその他の者に休憩を命じる。
「どう?」
大地に手の平を当てている黒瞳の青年が目に入った。
「視えない。この辺りは通りが悪いね」
「鉱物が乏しいのかしらね?」
彼らが何をやっているのか分からないが、馬車の魔法士隊がざわついているところを見ると魔法的な何かをやったのだろう。多少、気にはなるがそちらはディアンに任せておくべきと自重する。必要なら何らかの合図が送られる筈だ。
弔いの終了報告を受けたマンバス千兵長は全軍に前進指示を出した。
◇ ◇ ◇
「何だよ、ディアン。俺達に張り付いて。お前、他の冒険者に嫌われてんのか?」
トゥリオは並走する騎馬を茶化すように笑い掛ける。
「何言ってんだ。俺の友情を小馬鹿にしやがって。普通ならこっちじゃ西方人は風当たりが強いんだぞ?」
「うん? 風除けになってくれてるって意味か?」
「決まってる。そんな如何にも西方の出ですって風貌しやがって」
確かにトゥリオが最も西方人の特色を有しているだろう。
チャムのような青髪もたまには見掛けるし、獣人は従軍冒険者の中にも多い。カイに至っては、帝国兵に混じっても区別が付かない。
「そんな言ったってよ、こればっかりはどうしようもねえだろ? 染めろとでも言うのか?」
「悪目立ちしたくないならそれも一つの手だろうさ」
燃え立つような赤毛の頭を掻く大男に、馬上からそうだと言わんばかりに肘を飛ばす。
「これで表も歩けなくなるようなら俺は…」
「接敵。マルチガントレット」
「了解!」
「何だ!」
「衝突したぞ! あいつのサーチ魔法だ!」
「感知系か!? 指揮官殿っ!」
職業軍人だけあって反応は機敏である。
「全軍、駆け足!」
「応っ!」
騎馬隊と騎鳥隊、セネル鳥乗りの冒険者も加速する。
(まずはその腕前、見せてもらおうか?)
先行するセネル鳥四騎の後姿をディアンは観察する。
報告に駆け戻ってきていた二騎が既に速足になっている本隊に驚きつつも、指揮官に並走しつつ報告をしているのを耳にする。前方の灌木地帯を迂回したところで激突しているらしい。
「あの向こうだ!」
彼の注意喚起にトゥリオが左手を挙げて応える。そのまま右手で手首に触れると、その左腕には大盾が展開された。
(『倉庫持ち』? いや、そんな感じはしなかったな。あれが例の反転リングってやつか?)
西方からの噂で漏れ聞こえてくる新発明の名が頭に浮かぶ。
(便利なものだな。量産出来ればどれだけ行軍が楽になるか)
そういう発想に至る時点でディアンも武人なのだと言える。すぐに経済効果へと繋がらないのだ。
ひるがえる青髪の向こうでも左手首の操作で盾が展開される。
(いやに嵩の有る盾だな。予備の小剣でも仕込んでいるのか?)
妙に分厚さを感じる盾を見ての感想だ。しかし、その後にディアンは目を瞠る事になる。
(槍だと!? おいおいおいおい! どういう事だ?)
カイと名乗った青年が横に差し出した右腕のガントレットに、黒い槍のような武器が握られる。
よく見ると奇妙な形状をした長柄の武器。それは『魔闘拳士』の名の通り、拳を武器とする戦士だろうと考えていたディアンを戸惑わせるに十分な衝撃を与えた。
(まさか俺はとんでもない勘違いをしているんじゃないだろうな? あれが魔闘拳士だってのが根本的に間違っているとか止めてくれよ)
嫌な考えが頭をよぎるが、カイが魔闘拳士だと名乗った訳でもないし、本人に確認する訳にもいかない。だが、彼の配下で動いている諜報員は、
(有り得ん。ならばどういう事だ? もっと近付くしかないか)
そう考えたディアンは馬腹を蹴った。
◇ ◇ ◇
敵数は二百五十ほど。ガッツバイル傭兵団の攪乱部隊だろう。既にウィーダスの後方攪乱は不要なのだが、予想される討伐軍の目を逸らす目的で暴れ回っているのか、単に憂さ晴らしに暴れ回っているのかは不明である。もしかしたら兼ねているのかもしれない。
(どちらにせよ各個撃破の機会を与えてくれているなら利用しない手はねえ。遠慮なく駆逐させてもらおうじゃねえか)
そう考えていると、横にスルリとディアンが並んでくる。
再会した時にも思ったのだが、彼はかなり優秀な馬に乗っている。パッと見で分かるほどだ。それなりの価値がある筈で、買えば相当値が張る筈だ。あまり金に困っっていないと言ったのは本当らしい。
戦士なら馬も装備の一つである。その優秀さ如何んで場合によっては勝ち負けが決まってしまってもおかしくはない。投資をするに越した事は無いが、武器や防具に比してつい後回しにしがちな部分であるのも事実。そこに金を掛けるという事は、裕福なのか戦士として優れているかどちらかだろう。
カイのように、セネル鳥を仲間として対等に接し、道具という意味ではなく大切にするなど異端中の異端でしかない。普通はどれだけ大事にしようと、そこには主従の意識がある。
チラリと斜め後ろを確認すると、黄色いセネル鳥の背で
(よしよし)
フィノを接近戦に連れ込むのはどうも本意ではない。彼女自身、厚い装備を好まないし、魔法士には本来必要の無いものだ。
しかし、今回ばかりはそうもいかない。一応同行しているが、カイ達もトゥリオ本人も帝国軍を全く信用していない。後方に置くのは危険極まりない。何かの拍子にカイの正体が露見し、下手に連中が彼女を人質に取ろうとしようものなら、出来上がるのは三千の死体の山だ。
仕方なく身近に置いて守るしかないのだが、それにしても
(もちろん抜かせる気なんて微塵もねえがよ!)
背負った鞘から大剣を抜く。
(見事に回り込んで足留めしてくれているな。その辺りはさすがと言うべきだ)
軍事に秀でた大国だけある。実によく訓練されていると思った。
幅広の大剣の重量感はそれだけで威圧になるのだろう。こちらを指差し、受け止める態勢を作ろうとしている様子が窺える。
「だが遅え!」
トゥリオがひと振るいするだけで、人体部品が宙を舞う。
敵がザッと退いて出来た空間の中心で、獣人少女を後ろに抱えた美丈夫は堂々と大盾を掲げた。
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