求めるもの
ガチャリと扉を鳴らして入ってくる者が居る。
「いらっしゃい。この前の続きの話かな?」
勇者パーティーの訪問を見透かしていたような様子に彼らは少し驚く。本邸から離れは見えないはず。
「この人のサーチ魔法に懸かったら、知られずに接近するなんて無理よ。もし敵意が有ったりしようものなら、飛んできていたでしょうね?」
「呆れたものね。そんな事まで出来る訳?」
肩を竦めてララミードが突っ込む。勇者パーティー顔負けの能力を発揮していると感じていた。
「ありがとう。そうか、君達にはもう一人仲間が居たんですね?」
そそくさとフィノが寄って行ってこれまでの経緯をカイに話していた。
それまで言い当てられていたらそれこそ化け物だと思ったが、さすがの魔闘拳士にも知り得ない事が有ったようだ。
「それで、空いた穴をチャムで埋めたいとでも言うのですか?」
「違う! 純粋に彼女の知識や戦闘力が俺達に必要だと思って頼んでいる!」
「おや。もしかしたら彼女の美貌に惹かれたのかと思っていたのですが、違うと主張するのですね?」
「当たり前だろ!」
ケントは憤慨するように腰を浮かす。
「そうですか。僕はチャムの美しさにも骨抜きにされているのですが、さすが勇者様は違いますね」
「ばっ!」
カイの軽口に、簡単に乗せられてしまうケント。図星を指されて興奮を抑えられないようだ。
「落ち着きなさい。堪え性が無いわね。この人はいつもこうなんだから」
カイに近付いていったチャムは、戒めるように彼の額を人差し指でトンと突く。その雰囲気はケントを憮然とさせるようなものだった。
中途半端なところで止まっていた会話を引き戻すように、チャムは「ともあれ」と切り出す。
「私があんた達の仲間になる事はないわ。私の願いとそちらの願いは噛み合わない」
念を押すような言葉だが、ケントはそれで諦めるような事はしない。思い込んだら一直線である。
「それなら俺達があなたの願いも叶えて……」
「バカっ! ケント! そんなん出来る訳無いでしょ!」
さすがにこれは問題で、ミュルカに強かに脳天を叩かれた。
「痛ぇ……」
「この勇者、本当に大丈夫かよ」
「ただのおバカさんですぅ。フィノはそう思ってましたけどぉ」
ケントは大口を開けて衝撃を露わにした。
「そもそも、なぜそんなにチャムに執着するのです? こんな美人がお二方もいらっしゃるのに」
一つ肩を竦めたカイは、心底分からないというジェスチャーをする。
「び、美人? あたしが?」
「そ、それは褒めたくなる気持ちも分からなくはないけどね……」
頬を染めながら、満更でもない様子を見せる。
「解った? こういう人なのよ。臆面も無く女性を褒めるんだもの」
むず痒さを感じつつも、何度も頷くミュルカとララミード。
「もちろんチャムが一番綺麗だよ。それが嫉妬なら僕は嬉しいね」
「はいはい、解ったから」
窘めるように手を振るチャムに、片眉を上げるカイ。
「いや、チャムさんに比べたら見劣りするだろ?」
「何ですって!」
「それは幾らなんでも傷付くんだけど?」
本人が認めるところだとしても、改めて言われたくはないものだ。
「解ってくれるか? こういう奴なんだよ。無神経というか何というか」
「お前ぇ、苦労性だな」
トゥリオに慰められるようでは先が思いやられる。
「頭来た! あたし達、そっちに入れてもらってもいい?」
「バカ野郎! ケント、謝っとけ謝っとけ!」
ティルトは慌ててケントをどやしつけ、チャムとフィノは処置無しとばかりに大きな溜息を吐くのだった。
「少し苦言を呈させていただくと、君はあまりに脇が甘い」
自覚が有るのか多少はムッとしながらも頭ごなしに否定はしてこないケント。
「解ってるって、そんなもん。でも、俺はお前みたいに策略家にはなれないんだよ」
「僕も、君の仲間もきっとそこまでは求めていません。ただ、一歩立ち止まって考えてくれるだけで良いと思っていますよ?」
「そうだ、ケント。人には向き不向きが有る。或る程度は僕達でもフォローは出来る。だが、お前がどんどん前に行ってしまうと追い付けない」
真っ直ぐなところはケントの良いところだとも思っている。カシジャナンは、上手に立ち回って纏める事が出来ない自分にも歯痒さを感じていた。
「頼れるところは頼ってくれ。最後に命を賭けるのはお前なんだから、それ以外は皆が頑張るから」
「ジャナン……、済まん」
「そこまで思ってくれる仲間を大事にする事です」
「当たり前だ! 大事に思っているって!」
ケントもそこは譲れないらしい。
「ではもう少し強かになる事です。権力者は君という強力な手駒を動かす為なら、その大事な仲間を利用する事も厭いませんよ? そういうものです」
「じゃあ、お前は仲間を守る為に権力者にも立ち向かうって言うのか?」
「当然です。武威で根本的に解決出来る問題は一部に過ぎません。全てを自分で解決出来ると思うほど驕ってはいませんが、先回りして有利になれる場を作る努力は惜しんだりはしませんよ」
「くっ!」
悔しげではあるが、そこまでは自分に出来ないと思っているらしい。それくらいには自分が解っているなら望みはあるとカイは思う。
「あたし達に足りないのは人を見る目よ。その辺りは伸びしろが有ると思いたいわ」
「それは成長って云うより心掛けの問題よ。努力すれば何とかなるはず」
思いやりを見せてくれるチャムに、ケントは希望の目を向ける。
「あなたはどうあっても見守ってはくれないのか?」
「無理ね。求めるものが違うのよ」
それは希望を断ち切る言葉だった。
良い時間になってしまったのでケント達は辞去しようとしたのだが、チャムとトゥリオは夕食を共にする事を勧めた。このまま凹ませて帰らせたのでは後味が悪いと思ったのだ。
目を見合わせた彼らも言葉に甘える事にし、談笑の中、夕食は進んでいった。
「それじゃ、あの託児孤児院っていうのは慈善事業でさえないっていうの?」
話の流れから、その設立理念に言及する事になっている。
「ええ、形式として福祉的側面は否めませんが、事業でなく仕組みと捉えています」
「えーっと、つまりあの子達の自活の場を作りたいだけ?」
「それも少し違います。僕は院の子供達を特別だとも可哀想だとも思っていません。社会から見放されがちな弱い立場の子供達に生活の場を与えると共に、自然に社会に馴染める状況を作っているだけだと思っています」
飲み物を口にしたカイは「将来的にも」と付け加える。
「耳障りだとは思いますが、魔王を倒しただけでは平和は来ないと思いますよ?」
「それは認識の違いだと理解して良いか?」
何か言いたげなケントを手で制して、カシジャナンが尋ねる。
「そうです。君達は魔王を倒す事が出来るかもしれませんが、街角で震える孤児達を救うとすればせいぜい一人か二人が限界でしょう?」
食事をさせるか金を握らせるのがいいところだという。
「僕は手の届く範囲であれば全て拾い上げたい。それこそが平和への一歩だと思っています。目指す平和の意味が違うのですから、求めるものが違うのも然りでしょう?」
「…………」
それには彼らは答える事が出来ない。それは使命とは相反する考えだからだ。
「興味深い話だったわ。納得出来るものと出来ないものがあるけど」
後片付け中のカイとフィノを残して、見送りに出たチャムとトゥリオにケント達は礼を言う。
「そうね。私達とあんた達では見つめる先が違うのよ」
「あいつが見ているものが、チャムさんの求めるものなんだな?」
「近い、と思うわ」
ケントは身を引かざるを得ないのかと思い始めるのだった。
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