祭典への誘い

 ホルムトの城壁内には闘技場がある。それは五代前のホルツレイン国王マルスタフが建設させたものだ。


 続くトレバ皇国との国境線での小競り合いに倦んだマルスタフは、国威発揚の為に力自慢をそこに集め競い合わせた。その中で、真に力有るものを拾い上げ、国境線での警備に登用した。

 それだけでは徴用に近い構図である。の王がそれと一線を画したのは、登用の先で戦功を立てた者には、手厚い俸給と地位を約束したところであろう。

 故に平民からの登用が活性化した革新的な時代であり、騎士爵が乱発された時代でもあった。国庫を圧迫したのは事実であるが、その英断が国境線の維持に大きく寄与したのも事実である。

 しかし、その尚武の時代は長続きしなかった。爵位持つ者を増やすには限度があり、国庫にも限度があり、領土にも限度があった。それだけの話だ。


 マルスタフは今では英明なる王とされているが、彼が遺した騎士爵乱発という負の遺産も後世に引き継がれている。

 しかし、その騎士爵の内、力を維持出来なかった多くの家は軍務大臣ガラテア・レンゼ侯爵の手によって淘汰された。ホルムト会戦によって多大なる戦果を上げ、軍部でも大きな権限を得た彼女は、無駄を厭うて国王アルバートへ排する上申をしたのである。名目上だけの騎士爵に陥っていた各家は爵位を失い、新たな道を模索しなければならなかった。

 それによって少なくない恨みも買ったガラテアだが、自身も一方ひとかたならぬ武人である彼女はどこ吹く風を貫いていた。


 もう一つの負の遺産である闘技場は今も維持されている。そして永きの刻を経て、本来の目的で陽の目を見る時がやってきたのだった。


   ◇      ◇      ◇


 この、カイ達の自宅を訪れたのは、ロアンザ宅から王宮に上がる前のグラウドであった。

 軽食でも出そうとしたレッシーに辞退を申し出た彼は、さっぱり目の緑茶ピッケを所望する。どうやら朝からロアンザ手ずからのしっかりとした朝食を摂った後らしい。


「どうしたんです? こんな朝早くから」

 自身もお付き合いで緑茶ピッケを口にするカイはおもむろに尋ねる。

「折を見て話しておかねばならない事があってな、ついでというやつだ」

「なんでしょう?」

(外すか?)という四人の視線に彼は首を振って続ける。

「君達にも大いに関係している。陛下は今度の武芸大会に魔闘拳士パーティーの参加も望んでいらっしゃる。それの内々の要請だ」

「陛下は何をとち狂われたのですか?」

 甚だしい不敬に、皆から苦笑が漏れた。

「そんな事をしたら全く盛り上がらないでしょう。僕は容赦しませんよ? 完膚なきまでに叩き潰します」

「そう言わず加減しろ。何より闘技場での本選からの出場で良いという事だ」


 勇者来訪記念の武芸大会は、城門外の軍練兵場での予選が予定されている。そこで審判の騎士達の監視下で競い合い、数戦を勝ち抜いた者が闘技場の本選に出場できる仕組みが公示されていた。


 大会は実戦的な組単位を基本とした団体戦であり、一組の人員は六人までとされている。

 3ルステン36m四方の戦場内で戦い、その枠から弾き出された者と枠内でも失神した者は失格。相手組の全員を失格とさせるか、降参を宣言させた方が勝者となる。

 試合は真剣を用いて行われるが、相手を死に至らしめるような攻撃は強く戒められており、審判騎士に危険と判断されるほどの怪我を相手に負わせた者も失格とされる。魔法の使用も可能だが、これも規定範囲内の威力のものしか認められず、失格の対象になる。

 つまり、斬り結んで相手を押し出す。或いは打撃で押し出す。魔法の衝撃で押し出す。その辺りに限定された戦いになるという事だ。


 これらの条件から基本戦術としては、武器で牽制しつつの衝撃を与える魔法で吹き飛ばすのが主になるだろうと思われる。戦略的には一名から二名の魔法士と、残りが近接戦闘役というのが順当な構成になろう。

 これは軍事行動を基本としたものでなく、冒険者などのパーティー戦闘方式を模したものであり、勇者パーティーの人員にも配慮されていると言えよう。来訪記念なのだから当然と云えば当然なのだが。


 本選からの出場という事は、相手取るのは練達者ばかりであろう。軍なら指揮官を中心にした精鋭分隊、冒険者ならハイスレイヤーがずらりと並ぶというところか。


「相手にならないわね」

 そう言わせるだけの自信がチャムにはある。

「まあそうだろうな。そもそも無敵の銀爪に挑もうっていう猛者がどれだけ居るか」

「記念に戦いたい人はいっぱい居るんじゃないですかぁ?」

「そういう認識で良い。特別枠みたいなものだ」

 程良いところで辞退しても構わないと言われても、それはそれで何とも言えない気分になる。

「この機会に取り上げてもらって栄達の道を望んでいる方も大勢いるでしょう? その方達に申し訳ない気分になるのですけど?」

「軍務卿にせよ、ルーンドバック卿を始めにした騎士達にせよ、その目は節穴ではない。途中敗退したとて見込みがある者には声を掛けるだろう」

 カイが参加表明しようものなら、ガラテアなどは自分から出場してきそうな気がして怖い。

「この大会は、市民への娯楽提供の意味合いが強い」

 参加する側よりは観覧する側を重視しているのだという。そこに魔闘拳士が参加しないというのは、逆に盛り上がりに欠ける結果になるだろうとグラウドは考えているのだ。


「カイ、出てあげましょ」

 引き気味のカイに困惑顔のグラウドを慮ってか、チャムが譲歩を申し出る。

 もっともカイにすれば、それが彼の腹芸であることは承知の上の事であるので、苦々しい思いは捨てきれない。青年の弱点を熟知してのこれである。


(この腹黒おやじめ)

 そう視線で語り掛ける。

(悪くはせんから乗っておけ)

 ニヤリと笑う顔がそう物語っている。


「トゥリオは出てみる気ある? フィノ、お願いしてもいいかな?」

 ソファーの背もたれに背を押し付け、瞑目して大きな溜息を吐くと、こめかみをトントンと叩きつつ改めて見回す。

「いいぜ。一丁、腕試ししてみたいところだ」


 彼の返事は予想出来る。こういうお祭り騒ぎは嫌いではないだろうし、何だかんだいっても腕自慢なところは否めない。

 問題は獣人少女のほうだ。とんでもない数になるであろう観客の前に引き出されて、そこで試合をするとなれば、痛いほどの視線が刺さってくる事は間違いない。彼女はそこに立てるだろうか?


「はい、頑張りますぅ」

 あまりに意外な答えに皆が目を瞬かせる。鼻息荒く、大変な意気込みである。

「カイさんが負けた話で持ち切りの空気なんか、フィノが魔法で吹き飛ばすてやりますぅ。もう我慢ならないのですぅ」

「ありがとう、フィノ。でもそれは気にしなくても大丈夫なんだよ?」

「本当にいい子ねぇ」

 チャムに頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられてくすぐったそうにするフィノ。

「嘗めて掛かってくる人達なんかフィノが殲滅してやりますぅ」

「いや、殲滅は止めてあげて」


「では、その旨、陛下にお伝えしておくぞ?」

 緑茶ピッケを飲み終えてレッシーに礼を言い、グラウドは立ち上がった。

「仕方ありません。でも、変な仕掛けはご免蒙めんこうむりますからね?」

「それは私の関知するところではないが、一応御忠告差し上げておこう」

 そう言い置いて彼は辞去した。


「やりましたー! 当陽とうじつはレッシーが必勝の栄養食をご用意いたしますから!」

 ここにも一人、鼻息荒い人間が居た。

「ん? そのはお祭りみたいなものだし、露店もたくさん出るだろうからそこで済ませるよ?」

「何でそんなつれない事を ── !」


 魔闘拳士命のメイドは、彼の足に取りすがって必死にアピールするのであった。

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