武芸大会開幕
武芸大会参加にカイが出した条件は、院の子供達の招待席枠の確保だった。
(絶対に負けるつもりが無いのだな)
この条件を聞いた時のグラウドの感想だった。
嫌な汗が背中を伝う。国王アルバートはご満悦だが、彼が徹底してやると決めたならば、どんな騒ぎになるか分からない。事態の収拾という名の尻拭いをしなければならないとすれば自分も動かざるを得ないだろう。
国威発揚が意気消沈に化けない事を祈るのみである。
◇ ◇ ◇
武芸大会本選は、二往一巡目の
観客は、希望者が集まった街の角々で行われた抽選によって選ばれており、当選者に配られた紙札が城門の通行証になっていた。
当初の予想を遥かに超えた希望者の数に、一万枚の紙札は増刷された物である。その所為で、闘技場の観客席六万人分は綺麗に埋まり、残りの一万人は闘技場内部の杭とロープで仕切られた区域での観覧になる。近くて良いかと思われるが、傾斜が設けられていない闘技場内部では、前列の辺りしか設置された戦場内は見えないであろうと思われる。
二千人足らずの院の子供達は、一段高い観覧席の前のほう、かなり良い席を設定されて、今かと今かと大会の開始を待っている。
この
国王からのお言葉を賜る為に、本選出場を決めた戦士達が居並ぶ。金属同士が擦れ合う音に満ちた場所で、その一画だけはぽっかりと浮いている印象を見せていた。
純白の装備に身を固めた四人の男女。その独特の雰囲気に注目を集めているが、当人達は気にしている風は見えない。堂々としたその様子は余裕を表しているようだが、周囲の者はここぞとばかりに観察に余念がない。
(勇者に負けたばかりで弱っている筈だ。絶好の狙い目だぜ)
(いつまでも天下取れると思うなよ。
(奴を倒せば、くふふふ。栄達は思うがまま。金もがっぽがっぽ。女なんて向こうから擦り寄ってくるってもんだ)
(旬も過ぎたろう? さっさと引退して商売にでも精を出すんだな)
(相変わらずガキみたいな顔しやがって……。まさか?)
皮算用に怠りないが、訝しむ者も少なくない。
(魔闘拳士様、いつもながら可愛らしいわ)
(あら、凛々しいトゥリオ様に比べたら、物足りないんじゃない?)
(男臭さが無いところが良いの!)
(ああ、青髪の女神様。お変わりなく美しい。憧れるわぁ)
(はぁ、獣人魔法士ちゃん。お家に持ち帰って愛でたい……)
フィノの背筋を凍らせるような感想まで混ざっている。
◇ ◇ ◇
「この地に集いし、猛者達よ!」
壇上に上がった国王が、本選出場戦士に向けて呼び掛ける。その前には予選を勝ち抜いた精鋭六十四組三百五十余名が整列していた。
軍からも十数組が参加しているが、大部分は傭兵か冒険者である。予選では、六名という制限枠を有効利用すべく、新たに
やはり急拵えのメンバーでは連携に隙が有り、明白な弱点となったのである。本選に残ったのは、個々の力が跳び抜けたパーティーだけであった。
その為、元からの五人パーティーやカイ達のような四人パーティーが混ざり、六十四組で四百名足らずとはならなかったのである。
「そなたらは厳しい戦いを勝ち抜き、選ばれし者達である」
アルバートの声は拡声魔法を通して闘技場内に朗々と響き渡る。
「我がホルツレイン、尚武の気運は低かれど、決して弱国ではないと自負しておる。それはトレバ戦役の結果を見れば明白である。我が国は弱くはない!」
彼の煽り文句に戦士達は腕を掲げて応え、観覧席からも歓声が上がる。
「魔王の出現が予知されし、暗雲垂れこめし世界に於いても、我らは臆したりはせぬ! ここに控えし勇者殿と手を携え、見事吹き払う力有りと信じておる!」
王の期待を耳にし、両腕を掲げてがなり立てる戦士の姿も少なくない。
「猛者達よ! その力、ここに示せ! 栄光を掴め! 頂に立ちし者は、勇者と同じ場に立つ事を許されるであろう!」
闘技場内の熱狂は頂点に達している。
(陛下はこういう事も意外にお上手だからな)
カイは、アルバートの人心掌握術に舌を巻く。
彼の王器は担がれる者のそれだ。決して先頭に立って率いるものではない。勇猛な王は士気を高めるかもしれないが、国としての纏まりを求めるならば彼は最適な人物だと思われる。
だからこそ、グラウドやガラテアのような傑物が首を垂れるに値すると思っているのだ。
「今ここに、勇者来訪記念武芸大会の開会を宣言す!」
「お ── !」
上空で魔法の火球が炸裂し、武芸大会は開幕した。
◇ ◇ ◇
「妾もそろそろ下に降りて良いかえ?」
王妃ニケアの呼び掛けにギョッとするアルバート。
「
「つまらぬのう」
そして、悩みの種も尽きない。
◇ ◇ ◇
本選開始から、いきなり魔闘拳士パーティーの試合が組まれている。この辺りは完全に意図的だろうが、それに苦情を申し立てるつもりなど無かった。
戦場は、平らにならされただけの地面で、枠は地面と同じ高さに埋められた色煉瓦で囲われていた。
戦場内で待ち構えているのは、割と有望と目されている冒険者パーティー。そこへ、純白の装備を纏った四名が色煉瓦を踏み越えてくる。
ざわり、と観覧席がざわめいた。
先頭の黒髪の青年が、槍を肩に担いで入ってきたからである。
「何っ! 槍だと!? あいつ、拳士じゃ?」
観覧席のケントはポカンと口を開けている。
魔闘拳士はマルチガントレットこそ装備しているが、総金属製と思われる白銀の槍を携えている。
「あれは『薙刀』と云うのだそうです。カイ兄様は最近、よく使っていらっしゃいますわ。拳士としてよりは落ちるとおっしゃりますけど、わたくしなどでは差が分からないほど見事ですわよ?」
「結構使えるという事なのですね。あの間合いで」
セイナの解説を受け、カシジャナンも衝撃から戻ってきた様子を見せる。
「彼は本当に色々手札をもっているのねぇ」
他の者達も口々に驚きの言葉を並べていた。
そうしている内に開始時間が訪れたようだ。審判騎士が高々と右腕を挙げ、隣のラッパ手が構える。
振り下ろされた腕と同時に高らかにラッパが吹き鳴らされ、試合開始が告げられた。
瞬間、冒険者パーティーの前衛剣士二人が飛び出した。後衛に残ったのは盾士一人とその後ろに構える二人の魔法士。速攻で攻めて距離を開け、間断無い魔法で押し切る戦術らしい。
観客が(速い!)と思った刹那、一人の剣士の前には魔闘拳士の姿がある。動き出しが全く見られなかった。
石突が鳩尾に突き刺さったと思いきや、スルリと横を擦り抜けて首筋に峰が落ちる。薙刀がクルリと回転すると、スイと地面を這ってもう一人の剣士の足を払う。後頭部に石突が落とされたと思ったら、もう魔闘拳士は盾士に迫っていた。
ドンと石突が地に突かれると、宙を舞った彼の姿は盾士の後ろにある。後頭部に裏拳を放ち昏倒させると、防御する魔法士のロッドを跳ね上げ、その回転のまま石突が腹に吸い込まれる。ロッドを差し出して放たれた魔法を低く搔い潜ると、切っ先が跳ね上がり首筋に峰の一撃が入っていた。
この間、実に
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