彼らの進撃

 闘技場内はその人数にそぐわない静けさに包みこまれた。

 最後の魔法士がパタリと倒れ伏し、審判騎士が慌てて両手を差し上げて激しく交差させ、試合の終了を判定すると爆発的な大歓声が湧き上がる。


「だ、誰だよ! 魔闘拳士が弱くなったって言った奴は!」

 対して戦士席からは驚愕の声が巻き起こる。

「知るかよ! ジグラートの組がたった一人に瞬殺って何だよ!」

「冗談じゃねえぞ! 次勝ってもあれと当たるだと!?」

「お前、魔闘拳士組が本選だけ出場って汚ねえとか言ってたよな? 予選で潰されたかったのか?」

「勘弁してくれ……。もう終わった」

 興奮する者、悲嘆にくれる者、様々な反応が入り乱れていた。


「おいおい、ちっとは俺らの仕事も残してくれよ。つまんねえじゃねえか」

 戦場からは相手側の五人が担架で運び出されていく。

「まあ良いじゃない、楽出来たんだから。期待通りの派手な開幕になったかしら?」

「構成編んでる暇も無かったですよぅ」

「派手にやるのもここまでだよ。後は地味に勝ち上がっていこう」

 そう言いつつカイは、院の招待席に向けて大きく手を振っている。


 その一画は大盛り上がりで、興奮した男の子は両手を振り上げて幾度も飛び跳ねたり、差し上げた両手を合わせて喜びあったりしている。女の子も抱き合って喜んだり、中には泣き出したりしている子もいた。

 街が魔闘拳士敗北の報で埋め尽くされた状態に、彼らは相当鬱屈が溜まっていたようだ。それを一気に晴らしてくれたカイに賞賛の言葉を張り上げる。


 彼が戦っている姿を見た事がある子供はほとんど無く、今まで何気無く接してきたカイが間違いなく『無敵の銀爪』『魔闘拳士』であるのがハッキリと自覚出来たのが誇らしかった。


   ◇      ◇      ◇


 第一試合は特別に一面の戦場しか用いられなかったが、第二試合からは用意された二面の戦場が使用される。準決勝まではその二面が使用され、そこからの三試合はまた一面だけで行われる予定だ。


 試合は案外順調に消化されていく。実力も伯仲している者同士の試合が続けば、どちらか隙を見せた組かミスをした組がそこから脆くも崩れていく展開が多い。試合時間も大体一詩六分ほど、長くても二詩十二分は掛からない。


 忙しいのは、魔法で破壊された戦場を修理する兵達である。せっせと土を運んでならしたり色煉瓦を取り替えたりして、その後を魔法士達の土系魔法士に任せる。

 彼らにせよ、客席には家族の姿が有りもする。地道な作業とは言え、晴れ舞台となれば張り切らざるを得ない。


 そして整備の済んだ第二戦場に、一風変わった組が現れた。

 先頭の一人は一本の剣を腰に履いているだけだが、残りの四人は両側の腰に剣を履いている。この組は全員が剣士なのだった。


 一本差しの剣士は赤茶色の髪を背中に垂らし、軽鎧ライトアーマーを装備している。ただし、その赤茶色の髪からはピンと猫耳が立ち上がっており、灰色の地に黒い縞模様が走っていた。首元や晒した腕、覗いた膝元も同じ縞模様に彩られているが、碧眼の嵌った顔の獣相はあまり濃くないほうに見える。胸板ブレストプレートに盛り上がりを感じさせる彼女の名前は「ミルム」という。


 続いて落ち着かなげにしている双剣の剣士は、肩で切り揃えた金髪からやはり大きめの猫耳が伸び、薄黄色地に黒い縞がある。ミルムよりは鼻面が前に突き出しているし、大きな銀眼を持つ顔を縁取るように縞模様の毛が生えている。少し獣相が濃い目な彼女の名は「マルテ」。


 次に目を惹くのは白の印象が強かろう。薄桃色の短髪を揺らせ、純白の耳をせわしげなく動かしているが、本人は至って落ち着いている様子を見せる。マルテより少し小柄で両手を鞘に当て、神秘的な赤眼で正面を見据える彼女の名前は「ペピン」。


 更に白が続いた。白毛に覆われた身体はみっちりと筋肉が付いており、動く度にその陰影を目立たせている。黄緑色の髪は短く刈り込まれて、白い耳のほうがはるかに目立っている。黄色い瞳を自信ありげに細めて、悠然と歩いている彼の名前は「バウガル」。


 バウガルよりは細身にしなやかな長い尾を揺らめかせながら色煉瓦を踏み越えてきた身体は、しかして白毛の彼よりは背が高い。小柄なペピンでは胸くらいまでしかないだろう。黄色い毛皮に包まれた腕は柔軟な筋肉を秘めているように見える。焦げ茶色の短い髪を雑に流し、その緑眼で相手を睥睨する様は威圧感に満ちている。立ち止まって腰に手を当て、背筋を伸ばした彼の名は「ガジッカ」。


 登場したのは獣人騎士団の面々である。


「ひと回り大きくなったねぇ」

 その特殊さにさわさわとさざめく観覧席を背景に、戦場脇で改めて彼らを眺めていたカイが言う。

「今思やぁ、会った時はこいつらまだ子供だったんだな」

「その時期からカイさん達に鍛えられたからこそ、今の身体が有るんですよぅ」

「末恐ろしいわね、トゥリオ」

「そうそう追い付かせたりはしねえよ」

 引き攣った口元が動揺を表しているのをチャムは見逃さなかった。


 鞘鳴りの音がして全員が剣を抜く。獣人騎士団に対する相手は冒険者組だった。混成組の生き残りらしく装備もバラバラだが、それだけに個々の技量は高いと思われる。


「ヘルステッド達の登場だぜ」

 戦士席から囁く声が聞こえる。

「確かに色んなとこの腕利きを集めちゃいるが、寄せ集めだろ?」

「予選を見たが、使えるだけあって他の動きも頭に入っている。厄介だぜ、あれは」


 盾士と魔法士を残して四人の前衛が前に出る。中央には矛使い、両脇に剣士が陣取って両手ナイフ使いは遊撃に徹するようだ。

 対して獣人騎士団は、バウガルとガジッカを前に出し、後ろでミルムが指示出し、両翼からマルテとペピンが攻める策らしい。

 そして、開始のラッパが鳴り響いた。


 開始と同時に、勇躍飛び出したガジッカが突き出された矛を叩き落す。地を削る矛に、使い手は伝わった衝撃で愕然とする。返す剣の腹で側頭部を打たれて吹き飛んでいった。

 その挙動に合わせて剣士が突き進んできたが、その動きは彼の緑眼に捉えられていた。


 矛使いのフォローに回ろうとした剣士は、自分が白い閃光に突撃を受けている事に気付く。手練れの彼はすぐに対応に身を変えたが、その時には衝突の時を迎えている。振り上げられた双剣が同時に振り下ろされるを見た彼は剣と丸盾を交差させて受けるが、その衝撃で足が止まる。その瞬間に、蹴りが腹に突き刺さっていた。


 不利を察したナイフ使いは自慢の足を活かして一気に後ろに回り込もうとする。気付かせる暇を与えるつもりもなかったのだが、いつの間にかその眼前には赤眼の白猫が居る。更に回り込もとするが、彼女はピッタリと着いてきて引き離す事は敵わなかった。


「うみゃ ── !」

 一気に突進した縞猫に盾士がランスを突き出すと、トンとその上に乗り一気に駆け上ってくる。

「なにっ!」

 気付いた時には肩を踏まれていた。

「にゃにゃっ!」

 用意していた魔法を咄嗟にマルテに向けようとしたが、その時には低く沈んで視界から消えている。鳩尾に柄尻の一撃を加えられて、その視界も暗く染められた。


 その頃には他の仲間も打ち倒されているのに気付いた盾士は、前後左右を獣人達に囲まれているのを見ると、武器を下に落として降参の意を示す。審判騎士はそれを受けて獣人騎士団の勝利を宣言した。


「ヘルステッド達が一回戦落ちだと!?」

 戦士席の面々は開いた口が塞がらない。何だかんだと言えど、彼らの腕は認めていたのだ。


 拳を合わせる獣人達を見て、新たな脅威が生まれたのを実感したのだった。

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