脅威の実力

 第二回戦の相手は、開始から腰が引けている。


 今度の相手も冒険者パーティーであった。六人編成の割とオーソドックスな形である。

 魔法士を中心に盾士が固め、三人の剣士とメイスの男。このメイスの男が曲者であろう。普通なら盾士を目指すのではないかと思われるような巨体に図太いメイスを構え、ガントレットまで装備している。関節の要所要所もがっちりと防具で固めて、兎にも角にも極めて硬そうである。

 基本戦術としては、彼が突進してきて相手の攪乱をするのが常套手段に見えるが、開始の合図の後も未だ動かない。


 魔闘拳士組のほうでは、チャムとトゥリオが前に出て睨めっこをしている。カイはフィノの横で薙刀を担いでしゃがみ込み、ニコニコと眺めていた。

 もしかしたらその姿勢が、「来るなら来い、いつでも出てやる」的に映っているのだろうか?


「…………」

「…………」

「何これ?」

「フィノに訊かないでくださいよぅ」

 周囲からは声援も飛んでいるのだが、戦場内は沈黙が痛い。

「始まってるよ?」

「分かってるわよ?」

「まさか先に笑ったほうが負けとか?」

「刃を突き付けて『笑え』って言えばいいのかしら?」

「物騒な睨めっこだなぁ」


 ここまでくると動くに動けない雰囲気さえ漂ってきたのだが、逆にその緊張に耐えられなかったのか、剣士の一人がススっと摺り足で前に出てきた。

 瞬間、笛のように空気が鳴った。気付けばチャムが剣を振り抜いて、流れるように正眼に構え直している。そして、ゆっくりと剣士の剣が根元から倒れていき、地面にストンと刺さった。

 まるで血の気が引く音が聞こえるかのような勢いで相手組の全員の顔色が青くなり、数歩分も退いていった。


「もう良いんじゃないかな、フィノ?」

 再び硬直状態に陥るかと思われたが、それを許さないように声が掛かる。

「……本当ですかぁ?」

「お客さんが暇しちゃうよ」

「解りましたぁ。雷射ライトニングショットマルチ!」

 六本の雷が全員を貫く。

 攻勢に出るか守備に走るか決めかねていた相手魔法士が、急な流れに魔法散乱レジストを展開する間もなくフィノの魔法が発現してしまったのだ。


「おい、今の見たか?」

 バタバタとその場に倒れる六人に審判騎士が試合終了を宣言し大歓声が湧き上がる中、出場戦士達は何とも言えない雰囲気に包まれている。

「一瞬じゃない」

「それも一発だけだったぜ?」

「それだけじゃないわ。あれって……」


 一般の観客達には雷光の閃く派手な魔法に見えたかもしれない。しかし、雷射ライトニングショットは本来単発魔法である。一本の雷を設定した位置から方向を制御して対象に当てる魔法となる。

 ところが獣人魔法士フィノは、六ケ所の対象が重ならないような設定地点から、六本の雷が影響し合わないような方向へ同時に制御して命中させたのである。

 これに伴う演算量は膨大なものになり、実行して成功させる難易度は魔法士ならば想像を絶するものであった。


 普通の魔法士ならば雷電球プラズマボール辺りを選択するだろう。ただ、この魔法は速度あしが遅くて魔法散乱レジストの展開を許してしまう可能性が高い。更に雷電球プラズマボールから放たれる雷電は飛ぶ方向が任意であり、六人ともなれば打ち漏らす確率も高い。

 それらを総合してフィノは雷射ライトニングショットを選択したのだが、その影響が戦士席をざわつかせている。彼らはそれの凄さが理解出来るからだ。


「やっぱりフィノが空気読めない子みたいになってますよぅ! 酷いですぅ、カイさん!」

 彼女はそのざわめきを誤解してしまっている。

「良いの良いの。気にしない気にしない」

「そうよ。頃合いだったわ。もう面倒臭くなってきてたもの」

「そうだぜ。問題無いって。この先勝ち抜いていきゃ、どう足掻いても試合相手は強くなっていくんだからよ」


 トゥリオはそう言っているが、果たしてそうなるかはカイは疑問符だった。


   ◇      ◇      ◇


 特別に設えられた観覧席で国王アルバートはにこやかな笑顔を浮かべている。内心、うずうずが垣間見える王妃ニケアの様子が不安で仕方ないのだが、隣のガラテアが何とか抑えてくれるだろうと期待している。


「きちんと加減しているではないか? 何の心配もあるまい?」

 後席のグラウドに問い掛ける。

「今のところは。この先は分かりませんぞ?」

「政務卿は心配性だのう」


 王国の懐刀の不安は消えていない。彼が懸念しているのはカイ当人だけにあらず、他の三人にも及んでいる。むしろ彼らのほうが、相手の実力が上がってきた時に問題になるかもしれない。

 折に触れて聞くに、彼らの実力もカイによって引き上げられている。相手に合わせて少し段階を上げたつもりが、過剰攻撃にならないとも限らない。カイは刃潰しの銀の薙刀を用いているが、他の皆は真剣のままなのだ。


 しかし、それはグラウドの杞憂に過ぎない。どんな状況になっても加減出来なければならないから真剣を使っているのだ。

 それは同等の実力者だからこそ伝わるものである。見抜いているのは、少し下の席に着いている勇者パーティーの面々だった。


「やはり強いな。ミュルカならどう攻める?」

 カシジャナンは、場数では遠く及ばない彼女の意見が欲しかった。

「微妙ね。あの変わった武器の間合いは相当掴み辛いと思うわ。槍と違って斬る武器だし」

「でも、あんな長柄なら簡単じゃない? 払って入り込めば圧は下がるわ」

「ララミィ、その距離は彼の本領である拳の距離よ。誘い込まれたようなもの」

「う……、そうだったわ」

 自分の迂闊に恥じ入って頬を染める。

「でもな、もしあいつらとやり合う事になるんだったら、魔闘拳士はたぶんあの武器は使わないんじゃないか?」

「あたしもそう思う。魔闘拳士は思ったよりずっと誠実よ。しっかり向き合ってくれていると思うけど」

 ティルトの感じた本能的な意見を肯定するミュルカ。


 それより、問題は自分達のリーダーのほうであろう。今も勇者ケントは、二回戦を勝ち抜いてきた獣人の子が抱き付いてきたのをあしらいながらも、笑顔で撫でている青髪の美貌を目で追っている。


(何なの? 今更思春期の少年みたいに夢中になって)

 内心の呆れが顔に出ないように努めながらも、その思いが募るばかりのミュルカ。まるで母親になってしまったように感じてしまう。


 状況が状況でなければ微笑ましいのだろうが、ケントが勇者である以上はその発言力は大きい。こうも真意を隠さないのは困り事の元にしかならない。魔闘拳士が懸念を口にしたのも仕方ないかと思えてしまう。


(真っ当な思春期を過ごせなかったのを可哀想だと思ってあげるべきなんでしょうね?)

 そうとも思うが、彼の長所を伸ばそうと甘やかし過ぎたかとも感じる。


 彼女にも正解はなかなか見えてこなかった。


   ◇      ◇      ◇


 戦場にはピリリとした緊張感が漂う。三回戦で魔闘拳士組と相対しているのは軍の精鋭隊員の六人である。


 隊長が初めて魔闘拳士を目にしたのは、ホルムト会戦の前夜だった。

 当時、一兵卒だった彼は魔闘拳士と共に南大門防衛戦に当たったのだ。あの時、電光石火で走り回って敵を打ち倒していく姿は今でもまざまざと思い起こされる。返り血で赤く染まりながらも、冷たい笑みを浮かべる壮絶な姿も。

 彼の憧憬と恐怖を一身に集める英雄の姿が、今も変わらぬ容貌のままで目の前に在る。あれからトレバ戦役でも戦場を共にした彼は、の英雄に一矢でも報いる能力ちからを付けられただろうか?


 それを確認出来る機会が今、訪れたのだ。

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