急迫の強兵

 生粋の兵士だけに浮ついた雰囲気は感じられない。皆が引き締まった顔で真剣勝負に挑もうとしていると分かった。


「出世したんですね?」

 問い掛けられた隊長コーデロンは驚きに息が詰まったようだ。

「覚えていてくださったのですね?」

「恐ろしくて仕方がないのに、歯を食いしばって民の為に必死に戦っている人の顔をそう簡単には忘れられませんよ」

「光栄です。こうしてあなたの前に立てるが来るなんて望外の事でした」

 悪い気はしない。

「気にはなっていたんですよ? ハインツは順当に出世していますが、他の方はどうなさっているのかとね」

「俺も頑張ってここまで来ました。うちの連中も鍛え上げてあります。あなたを苦しめる事が、あの時簡単に殺される筈であった俺の恩返しです」

「分かりました。楽しみにしています」


「知り合い?」

 気を遣って開始を遅らせている審判騎士のほうを窺いつつ、チャムは問い掛ける。

「うん、ホルムト会戦の頃のね」

「十近くも前の事じゃねえか? それなら結構練れてるだろうな」

 兵に振り返って指示を与えているコーデロンの後姿は歴戦の兵士であると物語っている。

「気を付けたほうがいいですかぁ?」

「いつも通りで良いよ」

「ええ。でも、戦術的には優れていると思っていたほうが良いかもね」

「解りましたぁ」


 コーデロンはこの分隊の長ではない。実は百人隊長である。平民が現場叩き上げで登れるとしたら、次の千人将が限界だろう。

 彼の歳で百人隊長に上がれたのも妬まれるほどの大出世だと言われたが、未だ野望は尽きない。愛する故国と家族を守るべく、もう一歩上を目指すにはこの好機を逃したくない。ここで騎士達や王国の至高の方々の目に留まれば道も拓けるだろう。

 その為には、この選りすぐった五人を見事に運用して、良い戦いをして見せなければならない。

 彼は胸に期するものを抱いて、指示を終えて英雄に振り返る。


(やるね)

 コーデロン組は、盾士である彼を中心にして後方に魔法士二名と、前衛の剣士三名を展開している。

 開始のラッパと同時に、魔法士の一人は魔法散乱レジストを展開。もう一人が、カイとチャムの目前に岩弾ロックバレットを降らせる。もし当ててきたら弾いて前に出るところだが、当ててこないところが憎い。出足を削がれる形になり、速攻が掛け難くなる。

 膠着状態に陥るかと思った瞬間、カイはスルリと前に出る。剣士の横を擦り抜けようとするのを、二人が止めようと反応した。


「構うな! 前!」

 すぐさま指示に反応した剣士は、カイが乱した陣形の後に追い打ちを掛けようとしているチャムに気付いた。左右の二人がそれに対応し、中央の一人が抜けたカイを追う。

 大盾に石突が叩き付けられ、「ガツン!」という音と共に凄まじい衝撃がコーデロンを襲う。背後から牽制の一撃を入れようとした剣士は、目前を横切る石突にたたらを踏んだ。と、同時に盾には斬撃で削られる音が響き、コーデロンが長剣を振るう暇は与えてもらえない。


(さすが!)

 剣士が薙刀の鉤に絡め取られないよう小刻みに斬撃を加えて牽制する。そのカイの背を魔法が襲うが、光盾レストアが発現して防がれた。

 両手が塞がったところでコーデロンが長剣を振り翳して前に出る。絶好の機会に恵まれたと思ったが、破裂音と共に風撃ソニックブラストで剣士が跳ね飛ばされ、同時に後ろ向きに地を蹴ったカイが大盾に裏拳を打ち込む。出足を衝撃に襲われたコーデロンは、身体を浮かされ尻餅をつく。


 中央に立って彼を見下ろすカイの視線には強者の風格が漂っていた。


    ◇      ◇      ◇


 悟られたと気付いた後のチャムの反応は早かった。

 視線を向けられた時点で身を沈め足を払う。それはバックステップで躱されたが、もう一人の剣士に対する時間は稼げる。低くクルリと一回転して切っ先を突き付け、牽制してから立ち上がる。もう一人を視界に入れるように立ち位置を変えると火球を躱し続ける姿が見える。フィノの牽制に感謝しつつ、正面の敵と剣を合わせた。


 剣士は積極的に斬り込んでこないで、間合いを外しつつ一撃離脱を繰り返す。チャムももう一人を頭に入れながらの戦闘の為に深くは踏み込めず、思い切った攻撃が出来ない。二人共が彼女にそう思わせるほどに手練れだった。


(意外と厄介ね)

 魔法や強力な武装が制限されると、兵士というのはこれほど難しい相手かと思う。

 集団で有機的に連動し、それを日頃から身体に叩き込む訓練をしているというのは、状況に瞬時に反応出来るという事である。冒険者のように個人技に重きを置いた戦闘に慣れている相手とは根本的に違うのが良く解った。

 人の集団の力というのは、極めれば単なる足し算以上の効果を生む典型例のようなものだろう。


 釘付けにされるチャムに業を煮やしたトゥリオが大剣を振り被る。その猛撃に剣士は丸盾で受けて応えたが、腕ごと弾かれた。

 返す大剣に長剣が削られるが、盾を装備する左腕は痺れてまともに動いてくれない様子だ。ここぞとばかり連撃を加えると、剣士は防戦一方になる。一歩、そしてもう一歩と前に出て攻め立てると、その表情は苦しげなものになってきた。


「トゥリオ!」

 急に掛けられた声に視線を走らせると、横を抜けていく兵士の姿が横切る。

「ちぃっ! しまっ!!」


 いつの間にか出過ぎていたトゥリオとフィノの間には、大きな距離が開いていた。


   ◇      ◇      ◇


 慌てて立ち上がった剣士がカイに斬りかかる。その斬撃は長柄で弾かれ身体が泳いだ。追撃を掛けようとするカイに、立ち上がったコーデロンは長剣を掲げて迫る。すると、即座に振り返った彼が薙刀の鉤で受け、低く抑え込まれてしまった。しかし、それは好機だ。


「今だ! 行け!」

 コーデロンは、相手の盾士が部下の手で釣り出されてくるのを冷静に観察していた。カイの薙刀が自分の長剣を捕らえている今こそが突っ込ませる好機。指示を受けた部下の剣士は猛然と駆け出し、魔闘拳士組の魔法士に攻撃を掛ける。


 ただコーデロンは、その部下を悠然と見送ったカイに不安を覚えるのだった。


   ◇      ◇      ◇


 トゥリオの舌打ちが聞こえた時には、剣士がフィノまで半ルステン6mの距離まで迫っている。彼を止められる位置には誰も居ない。


「ひっ!」

 彼女が見せた怯えた表情に剣士は戸惑いの表情を一瞬よぎらせるが、止まりはしない。訓練を受けた兵士にはその選択肢は無いだろう。

「済まん」

 小さく呟いて剣を逆手に持ち帰ると、その柄尻を打ち込もうとする。

「いやぁっ!」


「ゴッ!」

 派手な音と共にロッドの先端が剣士の頬に食い込んでいた。

 あらぬ方向に首が捻られ、吹っ飛ぶ頭部に引かれるように身体が浮く。錐もみをしながら宙を飛んだ剣士はドサリと地面に落ち、もうピクリとも動かなかった。

 それも当然だろう。かなり大きめの魔石が嵌められ、オリハルコンの爪で固定されているロッドの先端はかなり重かった。


「ぶふっ!」

 呆然とするコーデロン以下部下達を余所に、カイは吹き出した。

「フィノは魔法士だけど獣人ですよ? 女性と言えど相当な膂力の持ち主だとは思わなかったんですか?」

「あ……!」

 その時には薙刀を格納したカイの拳が大盾を打ち抜いている。ベコリと凹んだ盾と共にコーデロンの身体は浮き、蹴りの追撃を受けて吹き飛ばされた先は色煉瓦の外だった。


 身を翻して、カイは一人の魔法士の腹部に肘を入れて昏倒させる。もう一人の魔法士には横殴りに氷の礫が混じった暴風が襲い掛かり打ち倒された。その向こうでは、目に涙を浮かべたフィノがロッドを差し向けている。大き過ぎる隙に他二人の剣士も、チャムとトゥリオによって気絶させられていた。


 審判騎士は厳かに魔闘拳士組の勝利を宣言した。

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