準決勝開始

 色煉瓦の向こうで倒れていたコーデロンの手を引き立ち上がらせる。彼以外は担架で運び出されようとしていた。


「やはりお強い」

 見上げた黒髪の青年にそう声を掛けるコーデロン。

「君達もさ。薙刀を収めて決めに行かないといけないと思わされるとはね」

「本心からであればとても光栄な事です」

 先程まで銀爪に包まれていたその手は温かく、柔らかな視線が心遣いを感じさせる。本気ではないのだろうが、真剣に向き合ってくれていたのは事実だろう。彼はそれで納得しようと思った。


 握手をして別れたカイは、戦場を降りようとしている仲間達がマルテ達の激しい歓迎を受けているのを見る。

 跳び付こうとするマルテの首根っこを掴むミルムとハイタッチを交わすチャム。バウガル、ガジッカと続けて腕を合わせているトゥリオ。ペピンに纏わりつかれて恥ずかしげにしているフィノ。この勝利には充実感が伴っている。


 カイは色煉瓦を踏み越えつつ、観覧席を見回しながら片腕を差し上げて歓声の波を一身に受けた。


   ◇      ◇      ◇


 三回戦開始前には昼食を挟んでいたので、マルテ達も元気そのものだ。重なる勝利に喜色も露わで戦場に飛び出し、勝利をもぎ取って返ってくる。


 三回戦が終わると残るは僅か八組。開幕当初の八分の一にまで減って試合の消化もそれだけ早まっていく。ここからは、試合間の間隔インターバルも取られるようになっていた。

 四回戦も順当に勝利し、修復された戦場を眺めながら四人は軽く飲み物を口にしつつ休憩していた。


「今度は引き出されなかったわね?」

 三回戦終了後に、フィノを孤立させたのをこっぴどく叱られたトゥリオは顔を青くして弁明する。

「あの時も一応は気にしながら動いたって言ったろ? 敵を引き付けとくのも俺の役目だし、それに抜かれたのはカイだろうが?」

「この人は四人受け持ってたの! あの手練れ達相手じゃその内一人抜かれたって仕方ないでしょ? それを押さえてしまうのがあんたの役目!」

「大丈夫でしたから、もう良しにしましょうよぅ」

 三回戦終了後は、ちょっとムッとした顔をしてトゥリオに背を向けていたフィノだが、可哀想になったのかもうフォローに回っている。その分、彼の肩身は狭くなってしまうのだが。


 彼方で大きな歓声が湧き上がった。

 マルテがとんでもない跳躍力を発揮して、喜びを表しているのが見える。彼ら獣人の身体能力の高さも強さも、これを機に更に広まっていくことだろう。

 旧態依然とした獣人差別主義者と云えど、その気風の中で彼らが王家の側に控える事を表立って批判したりは出来なくなる筈だ。ホルムトでもごうを出て生活する獣人冒険者の姿も多く見かけるようになってきている。彼らがそうそう辛い思いをする事は無くなっていくと思いたい。


 カイ達の陣取る第一面の戦場の試合も終了した。これで四回戦も終了し、次からは準決勝である。それはこの第一面で行われる事になっており、闘技場内組の観客が三々五々移動を始めている。


「勝ったにゃー!」

 飛び込んできたマルテを抱き留めてやり、自慢げにピンと立っている耳の間を撫でる。そうすると耳はヘタリと寝て、気持ち良さげに目を細めた。

「おめでとう。もう一つ勝ったら僕達と当たるね?」

「にゃっ!」

 途端に縞々の尻尾がブワッと膨らみ、ピンと立つ。

「そ、そうだったにゃ……。喜んでばかりもいられないにゃー! ミルムー!」

「そうなった時は胸を借りるしかありませんよ。まず、次の試合に勝ってから考えましょう」

 カイ達にしても次を勝たねば決勝進出は無いのだが、負けるつもりは毛頭無い。

「楽しみ」


 ペピンがカイの背中にへばり付いて、耳元でそんな事を言ってくる。彼女がこんなに意欲を見せるのは珍しい。人前で戦って見せて、それが歓声で迎えられるのが白猫少女を興奮させているようだ。


 滅多にない経験を楽しんでもらいたいと彼は思った。


   ◇      ◇      ◇


 準決勝の魔闘拳士組の相手は、攻め手を途絶えさせれば一気に持っていかれるとでも思ったのか、あまりに積極策を採るが故に引き込まれ、フィノの魔法の的になっていく。

 またたく間に前衛を全て失った後は脆い。カイとチャムに攻め立てられて盾士魔法士共に時を置かず無力化された。


「ナクラガの組もとうとう準決勝か。さすがだな」

 戦場整備の後に、入れ代わりに上がったのは獣人騎士団の五人と相手の冒険者パーティーである。

「この組み合わせは面白いぜ。相手はあの獣人連中だからな」

「そうだな。破壊力高い上に統率力まで有るからな」

「バカ言え、籠城のナクラガだぞ? あのガチガチを崩せるかよ」

「何かやらかしてくれそうなんだがなー、あの猫ちゃん達は」

「あたしは当たったから分かるわよ? あの子達が刃潰しの剣使ってなかったらと思うとゾッとするわ」

「こいつぁ、攻対守の激突だな。見逃せねえ」

 戦士席も賑やかだ。既に敗退した者ばかりだが、見届けたいと思うほど入れ込んでいる。


 リーダー・魔法士ナクラガが率いるパーティーは、ホルムトでは有名だ。ナクラガ自身がブラックメダル冒険者である事もあるし、周囲を固めるメンバーも手練れのハイスレイヤーが揃っている。

 最高難易度の依頼でも悠々とこなし、冒険者ギルドからの危険な調査依頼は真っ先に声が掛かるパーティーである。下手な貴族よりも資産が有ると言われ、それぞれが街区に屋敷を構えて、ちょっとした名所になっているほどだ。


 煌びやかな防具で身を固め、武器も見るからに逸品と分かるものを装備している。身軽そうな長剣使いが一人居るが、後二人の前衛は大剣使いと一見攻撃的な布陣に見える。

 しかし特徴的なのはナクラガの両横を固める二人の盾士だろう。二人で周りを固めて本命は魔法攻撃なのだろうが、その盾士の装備している大盾が変わった形状をしていた。


 大盾の先端が、刺突や斬撃が可能であろう剣の先端を模した形になっている。30メック36cmほどの長さしかないが、無論攻撃に用いる事も可能だし、地面に突き刺して固定を可能にもしている。それによって大型魔獣の突進にも耐えられるようになっている。しかも、二人共その大盾を両腕に装備しているのだった。

 魔法防御にも優れた特注品で、それだけで完璧な防御をしてナクラガが攻撃に専念出来るような編成になっている。つまり、前衛は魔獣を引き寄せて固める役目を担っておリ、止めは大魔法で一気に決めるのがこの冒険者パーティーの戦術なのだ。


 戦場内にそれぞれ陣取った二組の睨み合いが始まり、開始の合図を待つだけとなる。それを見て取った審判騎士はゆっくりと上げた手を振り下ろし、吹き鳴らされるラッパで戦いが始まった。

 同時にマルテとペピンが飛び出し、大剣使い二人に対していく。本来ならバウガル、ガジッカがその役回りに入ると思われたが、二人は防御の盾士の攻略に回る作戦らしい。ミルムは長剣使いを巧みに引き回しつつ、全体を見て鋭く指示を出す。


「マルテ! 突っ込まない! 隙を突きなさい! ペピンは距離を開け過ぎ!」

 足裁きと剣でいなしつつ、防御陣の穴も探している。


(硬い。隙が無いなぁ。やっぱり熟練の冒険者は難しい)

 バウガルとガジッカは単なる力任せではなく、位置を変えながら打ち込み、突破口を探そうとしているが、見出せないでいるようだ。長引いても持久力で負ける心配は無い筈だが、いつ魔法が飛んでくるか分からない緊張感は、皆の精神を削っていく。あまり長丁場にはしたくないとミルムは考えていた。


 その心理をナクラガに見抜かれているとは彼女も思っていなかった。

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