獣人騎士団の猛攻
(バウガルとガジッカだけで隙を作るのは無理。ここは前衛から崩すべき?)
特殊双盾の防御は強固で、打ち崩せそうな気配はない。マルテとペピンは大剣使い相手でも同等の戦いが出来ている。もうひと押しで崩す事は可能だとミルムは考えた。
(ここの拮抗を崩したほうが戦局を有利に進められるはず。集中!)
まずは自分がこの剣士を倒して援護に回るのが一番有望だが、それは相手も同じ事を考えているようだ。ミルムの隙を伺いつつ、あまり積極的な攻めには出てこない。
本来なら全体を見つつ指示出しもしなければならないが、仲間を信頼して目の前の敵に専念する事にした。
ミルムの攻撃が大胆になった事で察したのか、相手の剣士も動きが激しくなってきた。
それはそうだろう。ナクラガの組は現状拮抗している戦力の上に魔法という優位性がある。この局面は逃げ切ったほうが利口な選択と言えよう。その中で、こちらが隙を見せれば決めに来る筈だ。
(どうする? 距離を取ってくるなら無視して援護にも回れる)
しかし、それはミルムが背後にも敵を抱える結果になる。好手とは言えない。
(来る! 躱さなきゃ! 待って! もしかして?)
剣士を追って盾士の防御陣の横を通り抜ける瞬間、魔法士ナクラガがこちらを見ているのに気付いた。通り過ぎたところで、剣士がミルムの斬り込みを躱し、体を入れ替える。
(やっぱり!)
足を滑らせながら反転し剣士を見ると、丁度ナクラガが見えない位置になっていた。
(間違いない!)
そのまま思い切り突進する。
(見せる! 隙を!)
剣士は受けに回る姿勢を取っていたが、瞬時に横っ飛びして見せた。
そこにはミルムに迫る氷の槍が出現している。普通ならば絶対に躱せない距離だ。
(でも、分かっていれば!)
高速で飛んでくる氷槍を紙一重で避け切る。
(そしてここが一番の隙)
観客席から「おおっ!」と大きな歓声が上がる。絶対に躱せないと思った者がほとんどだったのだろうが、それを躱して見せたミルムに驚いているのだ。ミルムとて予期していたから出来た芸当だが、相手の剣士には分らない。完全に驚きの表情に彩られている。
(ここ!)
崩れた態勢を無理矢理引き戻し、動揺で彷徨う剣士の剣を叩き落す。返す刃を捻り、剣の腹を相手の顔面に叩き付けた。
折れた歯が舞っているが危険攻撃には見做されない筈。もんどり打って後頭部から落ちた剣士はもう動かない。
(やった!)
それが戦局が大きく傾いた瞬間だった。
ナクラガ組の一人が失格になって、闘技場全体が唸って揺れる。
(やり切った。仕掛けに掛かっているように見せて、誘い込む手。カイさんが良く見せてくれたから咄嗟に出来た!)
ミルムの中には歓喜が湧きあがっている。しかし、まだだ。試合が終わった訳では無い。こういう時に陥りがちな油断もカイに戒められている。
(締める!)
グッと奥歯を噛んで更に駆け出す。リーダーのナクラガが呆然としている内に戦局を決めてしまわなければならない。
マルテと斬り結んでいる大剣使い。そのがら空きな背中に迫って、切っ先近くの腹で膝裏を叩いた。ガクリと膝を突いた剣士に、マルテが左の剣を叩き付ける。右にブレた大剣を右の剣が弾き飛ばす。
「うにゃ ── !!」
返す右の剣の腹が大剣使いの側頭部を捉えて捻じ曲げる。反動で首は元通りに戻るが、男の茶色い瞳がグルリと裏返り、その場に
「続きなさい! マルテっ!」
「にゃー!」
碌に確認もせずにペピンの元に走る。
(保たせて! バウガル、ガジッカ!)
横切り様に願いを込めて視線を送る。再々魔法攻撃にも耐えて切り傷を作っている二人はチラリと視線を返し頷いた。
追い抜いたマルテが地を這うように低く斬り掛かる。ペピンの剣を弾いて反転した大剣使いは、マルテの剣を迎撃して受け切った。間髪入れずに襲い掛かるもう一方の剣も捌いて見せる。先程のもう一人よりは使えるようだ。
だがその男にしたところで、振り向いた先に既にペピンの姿が無いとなれば目を剥く。横から迫る剣気に反応出来ただけ褒められるべきだろう。
「おおおーっ!」
振り上げられたペピンの双剣を、気合もろとも大剣で両方弾き飛ばす。双剣と共に横に流れる白猫の身体を見送り縞猫に対しようとした彼は、白猫の向こうからもう一人の縞猫が迫っているとは思わなかった。
ミルムはそのまま頭から突っ込み、柄尻を男の鳩尾に打ち込んだ。
「げぼあっ!」
体重を乗せたその一撃に耐えられるものではない。大剣を放り出して、腹部を押さえて大地をのた打ち回る。すぐに後頭部をペピンに一撃されて沈黙の憂き目に遭った。
◇ ◇ ◇
「決まったかな?」
カイのその台詞は周囲の者はもちろん、闘技場全体が同様に感じたかもしれない。
「順当にいけば終わっているわね」
「ん? 後は崩して料理するだけだろ?」
「みんな、頑張りましたですぅ」
大勢は決したように見えた。
◇ ◇ ◇
マルテとペピンを率いて防御陣に走るミルム。
彼女は決して手を緩める気は無かった。それもカイやチャムから学んでいる。決めるべき時は一気に決めに行かなければ思わぬ反撃に遭う事になる。
(さっきより中央寄りになってる?)
少しでも距離を取ろうとしているのか、二人の盾士に固められたナクラガが遠退いている。
「そんなあからさまな魔法!」
生み出された氷槍が数本ミルム達に襲い掛かってきた。三人はステップで容易に躱し、全く速度を減じる事無く突き進む。
「ペピンはガジッカ、マルテはバウガルに付きなさい! 連携!」
息が合うペアに分けて、それぞれ盾士と二対一の体制を作り、自身も防御陣に取り付く。盾士の向こうでは魔法士が構成を編んでいるようだ。額に汗を浮かべて瞑目し、集中しているのが分かる。
(大魔法? 皆が防御陣に取り付いているのにどうやって使うというの?)
既に盾士達の動きはぎこちない。今までと同じ強撃の上に、新たに加わった彼女らがチクチクと隙間を狙って剣を差し込もうとしている。もう幾らも保たないだろう。
(どちらにせよ、すぐ決める!)
ミルムがそう思った瞬間、魔法士がロッドを差し上げた。
「
その
至近で受けたバウガルとガジッカは宙を飛び、背中から大地に打ち付けられる。マルテやペピンも同様に飛ばされ、空中で態勢を整えようとするが、爆風と衝撃波に翻弄されて地に足が付かず転がる。
相手魔法士がやった事の意味を察したミルムはあまりの暴挙に虚を突かれ、無防備に吹き飛ばされて宙を舞う。逆さになった視界が、ニヤリと笑うナクラガを捉えていた。
獣人騎士団の全員が落ちたり転がり出たりした先は、色煉瓦の外であった。それを見た審判騎士は、ナクラガ組の勝利を宣言する。
◇ ◇ ◇
自然と涙が零れた。
必死に不利を逆転すべくギリギリの戦いをしてきたのに、あんな出鱈目な方法で終わりにされてしまった。この敗北を納得しなければならないのだろうか?
「汚いにゃ! こん……」
声を上げようとしたマルテの口を塞いだ手がある。
「ルール上は問題無いからね」
彼女も、手の主を見上げるとポロポロと涙を零し始めた。彼は優しく起して抱き締める。ミルムにも手を貸して立ち上がらせた。駆け寄ったペピンも彼に縋って嗚咽を漏らしている。
バウガルはトゥリオに、ガジッカもチャムに助け起こされているが、まだ呆然としていた。
見回せば、二人の盾士も戦場外に転がっている。装備の重い彼らでは当然衝撃に耐えられず気絶している。カイはナクラガを見つめて口を開いた。
「仲間を捨て駒に使いましたね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます