試合の意味
「結果的にはそうだが、何か問題でも? 審判騎士殿が違反の判定をしないという事は、正当な攻撃だった筈だが?」
カイの冷たい視線に耐えかねるようにナクラガは質問に答える。
「魔法攻撃の正統性を問い質しているのではありません。意図的に行った攻撃なのかを聞きたいのです」
苦い顔をしつつも魔法士は腕を組んだ。恥じる事など無いという意味だろう。
「仕方あるまい。起死回生の一撃に犠牲が伴っただけの話だ。お陰で勝ち抜けたのだから、連中も文句は無いと言うぞ? 訊いてみるがいい」
「生き死にの賭かった戦場でなら戦術的に頷ける部分は有ります。ですが、僕はこの武芸大会を、お互いの武技を競う場だと考えていましたが違うのでしょうか?」
「こ、こことて戦場だ! そう銘打ってあるではないか! 不平を言う相手を間違っているぞ、魔闘拳士!」
ブラックメダルの背筋を凍らせるほどの冷気がその瞳に宿っているのを見て取り動揺が走る。
「僕の見識が浅かったようです。解りました。戦場なのですね、貴殿にとって。では、そのつもりで僕も戦う事としましょう」
そう言い置くとカイは後ろを向く。
獣人娘達を促して、戦士席に下がっていった。
「お前、馬鹿だな。取り消すなら今の内だぞ?」
「何を取り消せと言う?」
美丈夫が言って寄越すがナクラガは強気の姿勢を崩さない。彼の矜持でもあるのだろう。
魔法士は、一人目の大剣使いが打ち倒された辺りから戦場の中央に移動を始めていた。確実に全員を吹き飛ばす位置に移動をしたという事は、既に仲間をも巻き込む大魔法の使用を決めていたという事だ。
それは戦場脇で成り行きを見つめていた彼らには、誰の目にも明白な事実だと分かる。
「おい、俺はお前を……」
「トゥリオ、こっちに来なさい!」
掛かった声に彼は頬を引き攣らせた。
「チャムまで怒らせてんじゃねえか? 次の決勝、生きてそこを……」
「トゥリオ!」
バウガルとガジッカの背を押して下がるチャムの目が吊り上がっている。フィノもそっぽを向いて歩み去っていくところだ。
「おお、おっかねえ。じゃあな」
静まった観覧席に一瞥をくれてナクラガも戦場を後にした。
◇ ◇ ◇
「甘いにゃ~♪ 美味いにゃ~♪」
戦士席の一画で、前に積み上げられた大量のモノリコートを貪りながらマルテは上機嫌だ。しかし、目尻の赤さが彼女の悲嘆の名残を窺わせる。
「甘さが染みる……」
「美味いな」
「ああ、美味い」
ペピンは全体に赤くなってしまった目をカイに向けて感謝を表し、バウガルとガジッカも自分達はやり切ったと言わんばかりに肩を叩き合っている。
「すみません。いっぱい鍛えていただいたのに醜態を」
ミルムももそもそとモノリコートを口にしているが、反省のほうが先に立つようだ。
「何でだい、僕は驚いたよ? 戦闘中に要所を読み切って、勝利の為に思い切った判断が出来た君の強さを」
「カイさん……、嬉しい」
自分の判断と行動が師に伝わっていたのが嬉しくて、彼女はまた涙ぐむ。彼に頭をポンポンとされ、胸の支えが取れたように青い甘味に嚙り付いた。
◇ ◇ ◇
(ここでなのか…)
観覧席では、その様子を眺めながら顔を手で押さえている人物が居る。
順調に進行してきたので事無きを得たかと思ってきた頃に、この事態が到来する。打てる手は少ないが保険くらいは掛けておきたい。
「ハインツ君、付き合いの長い君なら危険な状態は察知できるね?」
「ちょ! お待ちください、政務卿閣下! 自分ではあいつを抑えられませんよ!」
グラウドの頼みに悲鳴を上げるハインツ。
「そうか? では陛下から命じていただくか」
「ぬおお……、解りました。下に行きます。陛下、どうかお許しを」
「頼むぞ、ハインツ」
首をガクリと落とした近衛騎士は、駆け足で闘技場内に向かった。
◇ ◇ ◇
第一面の戦場は
放置されていた第二面の整備の為に時間が取られていたが、それも終了して開始準備が整えられつつある。
「おや、ハインツ。どうしたのです?」
戦士席の面々も合わせてぞろぞろと移動してきたところで、カイは見知った顔を見つける。
「どうしたもない。お目付け役だ、お前の」
「僕が何かするとでも?」
「そう考えている方々が居る。だからやり過ぎるな」
「善処します」
「いや、絶対やるなよ!」
審判騎士も定位置に着いて準備が整ったようなので、「では」と言い置いて戦場に向かった。
◇ ◇ ◇
待機している回復役魔法士の治療を受けて、ナクラガ組は全員復帰している。
「油断するな。確実に行くぞ」
指示を受けたナクラガの組の冒険者達は深く頷いている。
試合後の経緯を知らない彼らは気持ちを新たに挑む気らしい。もし知っていれば平常心とはいかなかっただろう。ただ、魔闘拳士パーティーの雰囲気が普通でないことだけは察していて、多少の疑問は抱いているようだった。
開始ラッパの後も静けさが保たれていた。ゆっくりと歩み始めたカイに警戒を強めるナクラガパーティー。チャムも同時に動き出し、トゥリオもフィノを伴ってジリジリと進出している。
数歩の間合いに入ったところで牽制に長剣使いが踏み出す。斜めに斬り下ろした剣閃は身を捻ったカイに容易に躱される。それは計算の内。返す斬撃で肩口を狙う。ところが風切り音と共にカイの右腕が振られ、長剣は中程から折れ飛んだ。
「くっ!」
折れた剣身がクルクルと舞って地に落ちる前に、剣士は残った柄を投げ捨てナイフを抜いた。
しかして突き込む手も銀爪に掴み取られるとグイと引き込まれ、腹に膝が突き刺さる。強烈な膝蹴りは剣士を腰を高く打ち上げ、空中でつんのめるような姿勢になった後に、そのまま地に落ちてピクリとも動かなくなった。
ここに来て、ナクラガの仲間は魔闘拳士パーティーの戦い方が今までとガラリと変わった事に気付く。
「な、ナクラガ……、何か様子がおかしいぞ?」
「構うな。お前達はいつも通り、それぞれの役目をまっとうしろ」
「それは解っているが、しかし……」
今の一撃は彼らの腰を引かせるには十分だった。
大剣使いが歯を食いしばって担いだ剣を一気に振り落とす。唸りを上げて走る大剣も、カイの銀爪に吸い込まれるように収まる。異音が響くと、その剣身は脆くも握り砕かれていた。
瞠目した大剣使いの胸に魔闘拳士の足刀が突き刺さり、吹き飛ばされる。
「どこ行く気? あんたの相手は私よ」
もう一人の大剣使いのフォローに回ろうと動いた最後の前衛は、細身の剣を目の前にかざされ出足を挫かれた。
「!」
彼の動揺は尋常ではなかった。何せその剣を目にするまで、足音はおろか気配さえ感じさせてもらえなかったからだ。
ザッと退いた剣士に、白銀の地に黒い刃を付けられた剣が円弧を描く。限界まで集中して大剣で弾いていくが、合わせた刃の音が妙な事に気付いた。金属を打ち合わせる甲高い音ではなく、擦り付けるような音がしている。
血の気を引かせて大剣の剣身を見ると、数多くの切れ込みが入っている。それ程までに青髪の美貌の打ち込みは鋭いのだ。
「ちっ! マズい!」
「逃がしてあげない」
一度、身を退こうとした剣士に、さらに上回る速度で青髪が翻り、手首に柄尻が落とされる。大剣を取り落とした彼は、紡錘形の盾の一撃を顔面に食らって倒れる。顔面を血みどろにして昏倒した男を冷然と見下ろす緑眼が有った。
ナクラガの衣は一枚一枚と剥がされていくのだった。
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