武技とは異なる武
特殊双盾に激しい衝撃が走った。
魔闘拳士の攻撃を防げたと思った盾士だったが、その事実に目を疑う。そこには四指の間隔で穴が開き、銀爪が飛び出している。彼の抜き手は盾をものともせず貫いたのだ。
押すも引くも適わずにいると、その銀爪が粘土か何かに食い込んだように、ゴリゴリと盾を引き裂いていく。
「ひっ!」
堪らず悲鳴を上げて腕抜きから腕を外すと、掴み取られた特殊盾は放り捨てられた。当然そこには魔闘拳士の姿が有る。再び鈍い音が響くと、今度はもう一方の特殊盾の裏には五指が突き出していた。
その盾も捨て、腰のナイフに手を伸ばした時には顔面を掴み取られている。あまりの痛みにナイフを取り落としてガントレットを掴んだ。
「が……、ああ!」
そのまま吊り上げられて足までが浮き、バタバタと暴れ回るが銀爪は緩まなかった。
もう一人の盾士は相棒のフォローに回りたかったが、次々に襲い掛かる魔法を防ぐのに手いっぱいだった。
普通に放たれるだけでなく、隙間を突くように様々な角度から襲い来る多彩な魔法は、一瞬の油断も許さない。魔法で女剣士の接近を防ごうとしている魔法士ナクラガの援護も期待は出来ず、防戦一方になる。そうしている内に、相棒は地面に後頭部を打ち付けられ動かなくなった。
危機を察したのか、ナクラガは
鋭い痛みが走った右腕を見れば、特殊盾を貫いた切っ先が腕にまで達している。噛み殺した悲鳴で何とか耐えようとするが、幾度も痛みが襲い掛かるに至っては限界が見えてくる。そうでなくとも左の盾は銀爪に少しずつ引き裂かれつつある。思い切って盾の下部、剣状部分を地面から引き抜き斬り掛かろうと試みる。
「遅い!」
美しくも残酷な響きを持つ声音で評されると同時に、鳩尾に紡錘形の盾の先端が食い込んでいる。
「がっふ!」
奇妙な声を立て盾士は膝から落ち、蹲って失神する。そして、そこには全てを剥ぎ取られたナクラガだけが残っていた。
「役立たずどもが!」
謂われなき非難を仲間に浴びせ、魔法士はズルズルと後退していく。しかし、銀爪が喉元に突き付けられると、その足さえ動かなくなってしまった。
「き、貴様……、これまでと戦い方が……、全然違うではないか!」
浅い呼吸を繰り返しながらナクラガが言う。過呼吸寸前といった感じだ。
「当然です。ここは戦場なのでしょう? これは試合でなく蹂躙です。命を賭ける場所では武技を競わず武威を行使します」
「屁理屈を!」
「言われたくはないですね。そちらが出した条件ですよ?」
「…………」
「本来ならば、ここでその首を刎ねます」
ニヤリと笑いながら冷たく言い放つ。
「カイっ!」
「分かってますよ、ハインツ。それはルールで禁じられているので、やりはしません。理解出来ましたか? これが戦場です。あなたが望んだ場所ですよ?」
更に呼吸が速くなると、一転静かに視線を虚空に彷徨わせた後、ヘタリと崩れ落ちた。パクパクと開閉される口は、しかして何の言葉も紡ぎ出さない。
審判騎士が駆け寄って揺り動かすがまともな反応は返って来ず、戦闘不能と判断して魔闘拳士組の勝利を宣言した。
◇ ◇ ◇
拡声魔法士の到着を待って、審判騎士は彼らの優勝を宣言しようとしたが、その前にカイが口を開いた。
「優勝は辞退します」
「なんだと?」
「はい、辞退しますので彼らの優勝で構いません」
回復魔法士の治療を受けているナクラガ達を示した。
「僕達は横入り参加ですし、ホルツレイン国民でもありませんので、この武芸大会の優勝にはそぐいません。どうか納得していただきたいと思います」
そう言って彼は観覧席に向かって深々と頭を下げた。その潔さに観客から賛辞が雨あられと降ってくる。
「ごめんなさい。応援してくれてありがとう」
前以って話し合われていたらしく、チャムも続いて謝罪を口にする。
「済まんな。俺は満足しているぜ」
トゥリオは腕を差し上げて応える。
「ありがとうございましたですぅ」
フィノもペコリと腰を折った後に笑顔を振り撒いていた。
「それでは優勝はナクラガパーティーとする!」
優勝が宣されるも一部のブーイングを招いただけで、魔闘拳士パーティーへの声援が大勢を占めていた。
◇ ◇ ◇
賞金授与式の後に行われた優勝者ナクラガパーティーと勇者パーティーとの特別試合は一向に盛り上がらなかった。
武装類こそカイが
強者に圧される恐怖を思い出してしまった身体は碌に動かず、守勢一方になる。勇者ケントの斬り込みは一応特殊双盾に阻まれて時折り魔法が飛んでくるが、機敏に戦場内を駆け回る前衛三人には効果を示さない。カシジャナンのかなり加減した魔法が炸裂すると防御陣は大きく揺らぐが何とか耐え切っている。
そうこうしている内にナクラガ組の前衛は一人また一人と倒れていき、再び見たような状態に陥った。
栄誉を手にした筈の魔法士の目に光は無く、もはや機械的に防御と攻撃を繰り返しているようであった。そんな攻撃が通用する訳もなく、魔法で揺るがされた隙に斬り込まれて聖剣を突き付けられ、敢え無くナクラガは降参を宣言する。
全く覇気の感じられないまま、戦場を後にするナクラガパーティーを前に、勇者パーティーは虚しい気持ちを抑え切れないのであった。
◇ ◇ ◇
大会終盤の盛り上がりの欠如は、ホルツレイン首脳陣を渋い顔にさせる。それ以上に懸念すべき事項が有った。
「ダール商務卿、どうにか彼らに社会貢献度の高い依頼を優先的に回してやれないものだろうか?」
職務上、冒険者ギルドを積極的に支援しているダール侯爵に、グラウドは名誉挽回を願う。彼なら多少は無理も利くだろうとの考えからだ。
「うむ、このままとは参りませんでしょうな、政務卿。そのように取り計らいましょうぞ」
ダール侯爵にしても有力パーティーがこれで潰れてしまっては困るのである。
魔獣数量調整の最前線で働いている人間の離脱は、生産や流通に直接影響を及ぼす。座視する訳にはいかないのだった。
◇ ◇ ◇
勇者ケントが消化不良のまま、第二面戦場の外側を眺めやると、そこでは真剣勝負に不似合いな光景が展開されていた。
魔闘拳士パーティーを中心に、獣人騎士団とその他の参加パーティー、特に女性陣が多数集まってお茶会となっているのである。酒精こそ控えられているが、
給仕に手が回らなくなって観覧席からはレスキリが招き入れられ、一緒にやってきたリドもやっとご主人の肩に収まってモノリコートをコリコリと齧っていた。
「はー、美味しいわー、この牛乳。ねえ、売りには出さないの?」
カップを口にして溜息を吐く女冒険者が尋ねる。
「悪いわね、まだ収量的に販売出来るほどじゃないのよ。生産体制は整いつつあるから将来的にはってところだけど、流通を考えたら保存の容易なスモークチーズのほうになりそうかしら」
「こっちでも良いわ。今、お酒が欲しくて堪らない……」
「おい!」
他の女冒険者の台詞を妨げるように声が掛かった。
「お前達は何をしている!」
面倒臭いと言わんばかりにカイは振り向いて答える。
「ちょっとしたお疲れ様会でしょうか?」
「そんな事をしている暇が有るなら、真の勝者として俺達と立ち会え!」
指を突き付けて宣言する。
「そして、俺達が勝ったらチャムさんは勇者の仲間になるんだ!」
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