勇者パーティーvs魔闘拳士パーティー(1)

「しつこいですね、君は」

「うるさい、これが最後だ!」

 カイに向けて怒鳴ると、勇者ケントはチャムに向き直る。

「どうかお願いします。魔王を討滅した暁には俺の全ての力と名誉を賭けて、あなたの願いを叶えます。世界中の国に協力させてもいいです。俺達がこれから成す事にはそれぐらいの価値が有る筈です。それにはあなたの力が必要なんです!」

「困った子ね……」

 チャムは小さく呟く。


 彼の言に従うならば、彼女は次の魔王が現れるまで願いを叶えられない。それまでケントは生きていないだろう。それを告げる訳にもいかず、チャムは困り果てる。


「分かりました。女性の身の振りようを賭けるなどという礼を失する行為は僕の本意ではありませんが試合をしましょう」

 何と答えようかと考えていたら肩に手が置かれ、カイが頷いて見せた。

「う、そういう意味じゃない! 俺の希望を態度で示したいだけだ! お前の側に居る意味など無いと彼女に納得させる為に、完全勝利を見せてやる!」

 ケントは拳を固めて訴える。一歩も引く意思は無いというアピールだろう。

「言っておきますが、今陽きょうは子供達が見てくれているので負けませんよ?」

「当然だ! 本気で戦え! じゃないとすぐに終わるぞ?」


 垣間見える勇者の傲慢にカイは一つ鼻を鳴らした。


   ◇      ◇      ◇


 当人達の熱量とは別に観覧席は大盛り上がりの様子を見せている。


 それに胸を撫で下ろしたのは国王アルバート以下王国首脳陣である。武芸大会そのものが尻すぼみのまま、市民にわだかまりを感じさせて終わっては適わない。それこそ国王本人が命じてこの対戦を実現させようか画策していたところで、勇者本人からの申し入れが有ったとなれば渡りに船。


「皆聞け!」

 拡声魔法士を呼び寄せて立ち上がったアルバートは声を上げる。

「余の名に於いてこの試合を許す! これこそ真の強者を示す戦いとなろう! 心して見よ!」

 割れんばかりの大歓声に迎えられたこの宣言に、彼は気を良くして再び腰掛ける。市民からは「国王陛下ばんざい!」の声も混じり、それに手を上げて応えた。


「上手に負けさせましょうか?」

 政務卿が囁きかける言葉に国王は首を振った。

「良い。あれに任せよう。好きにさせよ」

「御意」

 それでなくとも隣の王妃ニケアからの、(水を差すな!)という視線が痛くて敵わない。


 本来であれば、する必要もない「勇者に土を付ける」という事態は憂慮すべきであろうが、それは後から何とでもしようと考えている。

 グラウドならば捻り出してくれるだろうと視線をやれば、彼は彼でカイの様子を窺いながら何やら難しい顔をしている。


(早まったか?)


 国王アルバートは額に汗を滴らせた。


   ◇      ◇      ◇


 獣人騎士団の応援を受けつつ、再びリドをレスキリに託して立ち上がった。


「マルチガントレット」

 装備をして手に馴染ませつつ色煉瓦を踏み越える。

「まったく。粘着質は嫌われますよ?」

「俺は俺の信じたようにする。お前だってそうだろうが?」

「やりようが有るでしょう? 女性には言葉を突き付けるのでなく、花束の一つでも差し出せば心象は変わるでしょうに」

 ケントの背後では、ララミードとミュルカが(無い無い)とばかりに手を振っている。不器用で初心ウブな彼にそんな期待は抱いていないようだ。

「な、何だよ。そんな恥ずかしい事出来るかよ」

「その程度の想いですか? 僕は常々伝えるべきものは伝えようとしなければ伝わらないと思っています。彼女への想いは本気ですからいつも態度と言葉にして伝えます。遠回しに気が引けるほど恋愛に器用ではありませんから」


 ララミードとミュルカは指をくわえてチャムをじっと見る。その目は明らかに(羨ましい)と伝えてきている。チャムは(な、何よ!)と唇の動きだけで返すが、軽く頬を染める彼女に二人の目は欠け盆みかづきの形になった。


「俺だって本気だよ! だからこうやって公衆の面前で告白じみた事を我慢して言っているんだ!」

「だったら君が欲しいってそのまま伝えるべきでしょう? 使命にかこつけて理由付けなどなどせず、『惚れさせて見せるから俺について来い』とか男らしくはっきり言えばいい。僕は初対面のそのに『傍に居て欲しい』と伝えましたよ」


 ララミードとミュルカが(マ・ジ・で?)と口を大きく動かしただけで訊いてくる。さすがにチャムも耳を赤くして大きくコックンと頷いた。これには二人だけでなくフィノまでもがニンマリとしている。


「お前……、すごいな」

「むしろ君に呆れますよ」

 この台詞にララミードとミュルカはうんうんと頷いてから、ケントを蹴る動作をする。後ろでティルトとカシジャナンは目に手を当てて天を仰ぐしかなかった。


 苦笑いしつつも審判騎士が「そろそろ良いかな?」と問い掛けてきた。

「すみませんでした。僕達はいつでも結構です」

 後ろを振り向いて目配せを受け取ったカイが答えたのに続き、ケント達も頷いて見せる。

「では、始め!」


 開始ラッパと共に試合の幕は切って落とされた。


   ◇      ◇      ◇


「行くわ」

 勢い込んで飛び出したケントの前に飛び出したのはチャムであった。

「どうしてあなたが!?」

「私の事は私が決めるわ。あんたに決められたくないの。それにここでは私があんたを抑えるのが正解」

「くっ! 汚いぞ、魔闘拳士!」

 彼女を振り切ってカイの方に向かおうとしたケントの前にチャムは回り込む。

「この戦場でなら付き合って差し上げると言っているのよ? 女の誘いを断るなんて男の風上にも置けないわね」

「違う! あなたとは戦いたくない!」

 悪戯げに笑うチャムだったが、ケントは取り合わない。聖剣を下げて必死に切り抜けようとしている。

「つれないわね。試合相手としてのあんたには興味津々なのに」

「止めてくれ! 魔闘拳士がっ、あいつがやれって言ったのか!?」

「違うわ。私があんたの相手をするって言ったの。勝つ為によ。見てみなさい」


 ケントは見回して、初めて自分達が孤立しているのに気付いた。


   ◇      ◇      ◇


 開始早々、ケントの前にチャムが動いたのを見てミュルカとララミードはフォローに回ろうとする。彼では青髪の美貌に対してまともに戦えないだろうと思ったからだ。

 ところが、ミュルカの前に立ちはだかったのはカイである。白焔ようこうを反射する銀爪が横切るのを見た彼女は背筋がゾクリとする。正面から対してみると、とてつもない威圧感だ。ミュルカの行き足が止まったと思ったら、既に彼は前には居ない。


 細剣レイピアを前に掲げて走るララミードがケントの背中を横目に見つつ回り込もうとすると、金属音と共に切っ先が跳ね上げられる。前方を通り過ぎた黒髪が沈み、しゃがみ込んだ姿勢から回転して足を掛けてくる。


「速っ!」

 彼女は何もかもに驚かされた。


 ミュルカに対して動いたところまでは確認していた筈なのに、今は自分の前に居る。まさかと思って見やるとミュルカは健在だったのだが、いかんせん自分の身体が止まらない。躓いて前屈みになったところをウエストを抱き留められた。


「嘗めてんの!?」

 そう言い放った途端、勢いよく後ろに放り投げられる。

「なぁっ!」

「ひゃん!」


 ミュルカに受け止められたララミードは、足留めの道具に使われたと知る。すぐさま態勢を立て直した彼女らの前には、ふわりと微笑む魔闘拳士。二人は、彼が見逃してくれる気は無いのだと悟り、覚悟を決める。


 細剣レイピアと長剣の柄を握り直すと、頷き合って魔闘拳士に向かって振り上げた。

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