勇者パーティーvs魔闘拳士パーティー(2)

 カシジャナンは迷ってしまう。勇者ケントの援護に、女剣士に魔法を使えば彼が怒り出しそうだ。ミュルカ、ララミードと魔闘拳士の戦いは、目まぐるしく立ち位置が変わっていて魔法を使う隙など無い。自然と相対すべきは獣人魔法士となるのだが、相手もそう思っているのかこちらにロッドを向けたまま睨み付けてきていた。


 思えば、印象という意味では一番嫌悪を感じさせているだろう。魔闘拳士に深い尊敬の念を抱いている彼女の前で、繰り返し対立姿勢を取ったばかりか、傷付けてもしてしまっている。その恨み辛みは根深いと思って間違いなかった。


(とは言え、加減してこの局面を落とす訳にもいかないな)

 二局面は拮抗状態を保てている。魔法戦で形勢が傾けば、そこから崩れていく可能性は低くない。

(様子見しつつ、か?)


氷結弾フリージングブリッド

 まずは牽制の一撃を入れてみる事にする。

氷結弾フリージングブリッドマルチ!」

 スルスルと移動した相手の盾士トゥリオに氷塊を弾かれると、こちらにも氷塊の雨が降ってきた。

「だあっ!」

 泡を食ったティルトが大盾を掲げて防ぐ。ガツンガツンと派手な音が響き無事に防ぐ事は出来たが、盾士は目を丸くしている。

「おい! 反撃食らってるぞ!」

「解っている。小手調べだ」


 一瞬の間を置いて、同じ魔法、それも複数起動の魔法を返された。魔法が同じだったのは偶然だろうが、破壊力は向こうが上。タイミングは計られたようだ。


風刃ウインドエッジ

風刃ウインドエッジマルチ!」

 ティルトの大盾がまた削られる。魔法防御の高い名品でなければ長くは持たないかもしれない。


(ずいぶんと飛ばしてくるな。魔力が持たないぞ? どうしてそこまで正面からの打ち合いに拘る?)

 どうやらそれほど怒らせてしまっているようだ。おそらく先刻のケントの台詞も彼女の神経を逆撫でしたのだろう。


熱矢ヒートアロー

熱矢ヒートアローマルチ!」

 ティルトの大盾の表面が火の粉に覆われている。さすがに不機嫌そうに窺う視線を寄越した。


(これは……。意図的に付いてきている。それも複数起動の魔法で。まあいい。意固地になっているなら、魔力切れに追い込んでやればいい)


 ティルトには悪いが、その方向で進めれば獣人少女を傷付けずに済みそうだと思った。


   ◇      ◇      ◇


「やめっ! くっ!」

 非常にやり難そうな勇者ケントに対して、チャムは嬉々として斬り掛かっていく。


 長大な剣身を持つ聖剣に比べれば彼女の剣の長さは半分ほどしかない。普通に考えれば間合いの差で勝負にならない筈だが、ステップと鋭い斬り込みで再三に渡り入り込まれかけていた。


 入り込ませまいと踊る切っ先は、チャムによって弾かれ軌道を変えていく。出来た隙間に入ると、次の一撃も弾いて前に出る。ケントは阻もうと刃筋を合わせて掲げてきているだけなので、彼女にとっては叩き落し易い目標でしかない。そんな事をずっと続けているのだ。

 涼やかな金属音が連続し、チャムがまた自分の間合いへと持ち込んでいく。ケントには防戦の意思しか見えない以上、何度やっても同じ結果にしかならないだろう。


(仕方のない子。目を覚まさせてあげるわ)


 柄元の幅広の部分を翳して受け切り押し戻そうとするケント。視界が僅かに遮られたその瞬間、機敏にサイドステップしたチャムは、ケントの左横にいる。身を翻して高速の刃で斬り上げると、鋭利な切っ先は頬を掠めている。彼女が駆け抜けていった後に、勇者の頬には一筋の血が流れていた。


「本気……、なのか?」

 頬を伝う生暖かい感触に手を伸ばした後、ケントは瞠目して青髪の美貌を見る。

「本気も本気よ。私では、例え試合でもあんたを倒すだけの力は無いわ。まず勝てないわね。でも、抑えておくことは出来る」

「抑える? 俺を?」

「そうよ。あんたを抑える事が出来れば私達は勝てるの。それくらい分かるでしょう?」

 勇者の目付きが変わる。意図しての事かは分からないが、剣気がその身から溢れ出してくる。


(刺激が強過ぎたかしら?)

 振り上げられた聖剣が唸りを上げて剣閃を引く。振り下ろされただけで地面に斬線が走った。

(あれを貰えば一撃でお終いね)

 身を躱した横合いで、チャムはそう感じる。緊張感はいや増すばかりだが、そうでなくては面白くないと感じる自分も居る。自嘲すべきだろうが、そう感じられる自分が嫌いではなかった。


「あなたはそんなにも俺が嫌なのか! この勝負の景品みたいに言ったのは悪いと思ってる!」

 小走りに後ろに下がるチャムに合わせて剛剣が追い掛けてきた。


 横薙ぎが走り、後ろに地を蹴って躱す。滑るような小さな跳躍で距離を取ると、すぐにつま先立ちで大地を掴む。ここで重心がブレてバランスを崩すとそれだけ命取りになるのは間違いなかった。


「あなたは剣士としても素晴らしい! 歴史に名を残す価値のある方だと思っている!」

 斜め下から斬撃が走り、上体を動かさざるを得ない。後ろの左足を摺り足で滑らせ、腰を落として波に乗るように退いていく。斬り上げた後にケントが片手で返した剣身を腰を折って躱した。

「でも、このままじゃあいつの影に埋もれてしまう! 俺はそんなのは嫌だ!」

 しっかりと腕を振った斬撃が右へ左へと襲い掛かってくる。思いっ切り後ろに跳びたい衝動に駆られるが、我慢して大地を掴み続ける。直線的な動きはあまりに危険だった。

「俺が輝かしい場所に連れていく! 絶対だ! 約束する! そこであなたは輝くんだ!」

「誰も頼んでいないわ」

 刃筋にフェルナル・ギルゼを滑らせたチャムは反論する。

「私のすべき事は地味で地道な手段の繰り返しになるの。謂わば土台を作る作業。栄光なんて無用の長物よ」

「分かっていない! いや、あなたこそが分かっている筈だ! 栄誉に伴う力はとてつもなく大きい! 小市民の望みなど塵芥ちりあくたに感じられるほどに!」

「ジギリスタの司祭にでも吹き込まれた? それはとても危険な考えよ。お捨てなさい」

「嫌だ! それがあなたの為に使えるなら掴んでみせる! 大きな力を!」


(少し酔っているわね)

 ケントの表情には熱に浮かされたような様子が見られる。心から信じたいと思っているのだろう。


「あんたには見えていないのね? 私が何を掴もうとしているのか解らない? 私が掴もうとしているのは、強大な魔闘拳士ちからよ!」

「そんな訳無い!!」


 大上段に振り上げられて真一文字に斬り下ろされた聖剣は、しかして火花と共に軌道を変えられ地を穿つ。その様を見届けたチャムは妖艶な笑いを浮かべて問い掛けた。


「見たい?」


   ◇      ◇      ◇


 突き込まれる細剣レイピアの連撃を銀爪が軽く弾いていく。重さの無い攻撃は大きな効果など望むべくもないがそれの意図するところは違うのだ。踏み足が軽い音を立てると、瞬息の間に襲い掛かる躍動的な姿勢から放たれた斬撃が紙一重で鼻先を掠めていった。


 役回りは見事に分かれている。ララミードが牽制役でミュルカが放つのが本命である。しかし、それが分かっていようが躱すのは容易ではない。両者ともに斬撃の鋭さは常人の比ではないからだ。

 ララミードの突きはその一撃とて弾き損ねれば確実に肉を抉っていくだろうし、ミュルカの素早い上にしっかりと体重の乗った斬撃は手足の一本くらい当たり前に持っていくだろう。


「なるほど、簡単ではなさそうですね?」

「当然よ。嘗めない事ね」

 挑戦的な視線と言葉で挑発してくるララミードに、カイは一つ頷いて返すと口を開いた。


重強化ブースター

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