拒む理由

「仲間になれっていう話よね。断るわ」

 青髪の美貌は見回しながら続ける。

「いや! ちょっと待ってくれ! なぜそれを!?」

 チャムがもう一人仲間が居た事を指摘した衝撃で、五人ともが腰を浮かせている。カシジャナンは震える手を伸ばして、理由を求めた。

「切れた経路が有るわ。その先に居たのが彼だか彼女だかでしょうね」

「けい……、ろ?」

 彼女が性別まで当てられなかった事が余計な混乱を起こす。東方からの情報で六人組だと知った訳では無いという意味だ。

「私があんた達の仲間になりたくない理由の内、一番大きなのはその魔法」

「魔法!?」

 驚愕の限度を越えているのか、鸚鵡返ししか出来なくなっている彼ら。

「そうよ。勇者の固有魔法。まさか神のご加護で強くなったとか思っていないでしょうね?」


 チャムは説明した。

 勇者とその仲間は、或る経路で繋がっている。勇者以外の個々には神の恩恵は無く、勇者のような能力強化は為されない。

 ただし、勇者には経路を繋ぎ、各々の能力を上昇させる固有魔法が授けられる。信頼関係を結び合った仲間には経路が開かれ、神力による能力全体の底上げが行われるのだそうだ。

 その経路は、能力上昇だけでなく仲間との結び付きを更に強固にし、連携を強める力が有る。それだけに経路そのものもかなり強固であり、対象が失われた後も明確な痕跡が残るのだという。


「何故そんな事を知っているの?」

 疑わしい目付きでララミードが問い掛ける。明らかに訝しんでいる気配だ。

「私の家系は代々勇者に関する研究もしていてね、その強化に纏わる情報も記録が残っているの。勇者に関して色々知っているのはそのお陰」

「そんな家系が有るなんて初めて知った」

「よく考えても見て。強い者が勇者に選ばれる訳じゃない。勇者に選ばれた者が強者になるの。もしその強化が、模倣出来ない神の恩恵じゃなく魔法によるものだったらどうなる? その仕組みを解明すれば誰でも強化が可能になるのよ? 研究する者が現れても不思議じゃないでしょう?」

 それが解き明かされ、万人の強化が可能なら魔獣は天敵たり得なくなる。確かに研究する者が居たほうが自然だと言えよう。チャムの言葉は方便に過ぎないが。

「その痕跡が俺に残っているって言うのか?」

「そうよ。仕組みを知っていれば、その魔法的痕跡は目に視えるものなの」

 チャムは勇者ケントを見つめながら言う。

 勇者パーティーの面々は、目配せを飛ばし合いながら躊躇いを見せる。こうまで言い当てられれば黙する事に意味は無いのだが踏ん切りが付かない様子だ。

「心配しなくても吹聴したりはしないわ。それに東方では知られている話でしょう?」

「その通りよね。居たの、ジェラナという仲間が。彼女は斥候士スカウトだったわ」


   ◇      ◇      ◇


 六人になった勇者パーティーは魔王の情報を求めて東方の各地を巡った。そしてとある場所で出会ってしまったのである。

 それを勘付いたのはケントだけだった。しかし、それは紛れもなく彼らの敵だった。魔人である。

 社会に溶け込むように暮らしていたその魔人は、ケントの指摘を受けると本性を露わにして襲い掛かってきたという。そして壮絶な戦いが始まった。


 驚異的な身体能力で縦横無尽に動き回る魔人は、どんな攻撃も通用しなかった。ただ、ケントだけは避けるように立ち回っているように見える。聖剣を怖れているのだと気付いた彼らは、魔人をケントのほうへ追い込むように連携を始める。

 しかし、素早さでも膂力でも劣る五人では、その作戦は難航を極める。時折りケントが強引に斬り込んで牽制もしたが、魔人は強かで常に逃げ道を用意しているようで、決定打は与えられないでいた。


 そして、その時がやってきた。

 泥沼の戦いに終止符を打つべく、不意を突いて前に出たジェラナを魔人の腕が変化した暗黒の剣が捉えた。

 目を見開き、大量の血を振り撒きながら彼女はクルクルと舞って地に落ちる。涙を溜め込んだ目と弱々しく差し伸べられた手が、その無念を表していた。

 勇者は激発した。爆発的な突進を見せたケントは、ついに魔人の身体を聖剣で捉えて斬り裂く。彼の頬から胸元にかけてを薄く斬り付けながらも、魔人はその身体を黒い粒子に変えて消えていく。

 

 五人の仲間はすぐにジェラナに駆け寄った。カシジャナンが治癒キュアを何度も唱えるが、彼女の命の灯は消えゆこうとしている。

 大きく深く斬り裂かれた胸は凄惨な切り口を見せ、彼女に言葉を発する事さえ許さなかった。

 ジェラナはケントの頬に力無く指を這わせ、ポロポロと涙を零す。意思を伝えようとするかのように何度も繰り返される瞬きは、最後の一回とともにその目蓋が二度と開かれる事は無かった。


 五人の慟哭が、長い長い間周囲に響き渡っていた。


   ◇      ◇      ◇


「彼らにとっては大切な幼馴染だったのよ」

 語り終えたミュルカはそう付け加える。

「安穏に旅をしているように見えるかもしれないけど、あたし達も辛い思いをしてきたわ」

「そう。それはご愁傷様だったわね。でも、そういう危険な使命だっていう覚悟はあるのでしょう? 絶対に誰一人失わずに終わらせられるなんて甘い事は考えていないでしょうね?」

 チャムからは冷たい言葉が発せられた。それは過去を知ってるからこその言葉だったが、怒らせるには十分なものだ。

「あんた、何様!? 研究者の家系だか何だか知らないけど、わたし達の気持ちなんて全然分からないでしょう!? 魔人との戦いがどれだけ大変だったかあんたに分かる!?」

「分かるわ」

 ララミードの爆発も、青髪の美貌を揺るがせる事は適わない。

「だって、私達も魔人と戦ったもの」

「え!?」

「本当なのか、それは!」

 勢い込んで問い掛けてくるが、彼女は淡々と答える。

「メナスフットに行ってみなさい。大勢の目撃者が居たから、すぐに知れる筈よ」

「よくも無事で。まさか君達も仲間を失ったとか?」

「いいえ、私達はずっと四人。カイは血だらけになっちゃったけど、誰一人失う事無く魔人は滅したわ」

 最後のひと言が、それが真実であることを物語っている。魔人がどういう消え方をするか知らなければ出てこない台詞だ。

「一体どうやって?」

「そんなに難しい話ではないわ」


 チャムが聖属性魔法剣を使える事、そして魔人が強力な光属性の魔法にも弱い事が彼らに伝えられた。

 勇者パーティーの面々は、魔闘拳士が強力な光だと思われる不可視の攻撃を放ったり、光の剣を発現させたことを思い出した。

 更に、獣人魔法士さえもが強力な光属性の魔法が扱えるとも聞かされれば納得せざるを得ない。


「でかい口を叩くだけはあるって事か、あいつ」

 ケントは黒髪の拳士の事を思って、そんな言葉を漏らす。

「あの人は色々と昔の事も有って、仲間とか大切な人を失うのを酷く嫌うの。それも有るし、何より……」

 チャムはケントを真剣な目で見つめて続ける。

「私はその魔法が嫌い」

「俺の魔法? 経路を繋ぐってやつが?」

「それよ。誰かの力をお裾分けしてもらって強くなったって、私には何の意味も無いの。私には成し遂げたい事が有る。その為には自分を高めなければならない。他力本願な強化なんて百害あって一利無しなのよ」

 彼女は敢然と言い放った。

「魔王を滅せばそれでお終い? 元のちょっと剣が使えるだけの女に逆戻り? 冗談じゃないわ。そんなの耐えられない。それじゃ何も成し遂げられない」

「それは魔王を倒すより大切な事なのか?」

 ケントは信じられないというように言い募る。その、勇者として純粋な台詞にチャムは首を振った。


「カイは引き上げてくれるの。遥かな高みへ」

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