勇者のお宅訪問

 トゥリオは地に倒れ伏して痙攣している。

「おおおおおおお……」

 部分的に焦げてしまっているところが何が起こったのかを物語っているようだが、なぜそうなったのかまで推察出来る者は少ないだろう。

「こ、これは効くぞう」

「ごめんなさいですぅ。ちゃんとセーブしたつもりだったんですけどぉ」

「あんたがちゃんと避けないからでしょ? フィノがこんなに魔力使って練習に付き合ってくれているんだから、さっさとその剣使いこなしなさいよ!」


 練習していたのはトゥリオの魔法剣である。

 芝生に座り込んだフィノが軽めの単発魔法を、正面で剣を構えて待っている彼に投げつける。最初の頃は起動音声トリガーアクションを意図的に使って、それに対応する相克属性魔法剣で防ぐ訓練をしていた。

 慣れてくるに応じて属性を変えて順繰りに魔法を放って、魔法剣を切り替える練習にする。それにも対応出来るようになってきたら、今度は起動音声トリガーアクションも使わず、任意の属性で魔法が投げ付けられるように変わっていった。

 この最終段階はかなりきつかったらしく、最初はギリギリ何とか防いでいたが、数発目の雷撃が相克属性を間違えた剣を素通りしてトゥリオの身体を直撃した。感電して悶絶した彼はそのまま崩れて立ち上がれないでいる。


「本当は、フィノがいなきゃこんな訓練なんて夢のまた夢なんだから励みなさい」

 チャムのものと同じこの魔法剣記述刻印は、思念起動思念切り替え方式である。必要な時、瞬時に発現、切り替えが出来るようにならねば意味が無い。

「頑張ってやってるぜ、これでも」

 まだ節々が痺れるのか、各所を捻ってコキコキと鳴らしつつトゥリオが弁明する。

「こんなもん、今まで使った事なんてねえから慣れねえんだよ」

「当然ね。これほど便利な武器、買おうと思ったら目が飛び出るような値が付いているわよ。おいそれとは手を出せないくらいのね」

「だから、それに見合うように鍛えろっつーんだろ? 分かってるって」


 彼女でも、腰の剣の魔法剣制御に神経を裂くだけでなく、盾のプレスガン、剣身射出器ブレードドライバーと、魔力を一点に集中する思念制御武装が多く、その扱いの習熟にも時間を費やしている。

 幸い、自宅の周囲が木立で隠されているので、秘密で訓練出来る場所には困らないで居られるが。


(本当によくやるわよね)

 カイはマルチガントレットを両腕に装着している。片腕だけでも光条レーザー風撃ソニックブラスト光盾レストア光子魚雷フォトントーピードがあり、それぞれの出力まで思念制御しているのだ。それも時に超高速で動きながらである。人間技ではない。

(私達の組手の相手ばかりして、訓練している様子も見せないのに)

 今は本邸のルドウ基金本部で執務机に着いている仲間には、頭が下がる思いである。


「べふっ!」

 再び立ち上がったトゥリオがまた氷塊を胸に受けて珍妙な悲鳴を上げて転倒した時、ブルーが駆け込んできて来客を報せる。

「キュルーイ!」

「ん? 誰か来たの? 本邸のほうじゃなく?」

「キュイ!」

「解ったわ。ちょっと中断ね」

 それが誰であれ、そうそう手の内を見せる訳にはいかず、訓練はお預けにしなければならない。


「あー、あんた達なのね……」

 ぞろぞろとやってきたのは勇者一行である。王家番の姿は見えない。騒動以来、ルドウ基金本部敷地内は禁域のようになっている。

「こんなとこに住んでるの? 結構、豪勢な暮らしをしているじゃない?」

「そうかしら?」

 公女から見ればそんなでもない筈で、多少の皮肉は混じっているものと思われる。

「もっともあの本邸はルドウ基金本部で、私達が住んでいるのは、この奥にある離れの一軒家よ」

「あいつはあなたにそんな暮らしをさせているのか?」

 カイだけが本邸で起居し、仲間は離れに住まわせていると勘違いしたらしい。まるで従者扱いだと憤激の様子を見せ始める。

「違う違う! あれは本当に基金が占有しているの! 離れで四人で暮らしているのよ」

「いい加減、早とちりは止めてくれ。ひと言ひと言ひやひやさせられていたんじゃ、命が縮む」

 カシジャナンに叱られて、ケントは直立不動で口を噤んだ。相当絞られたらしい。

「まあ、いいわ。せっかく来たんだからお茶くらいご馳走してあげる。いらっしゃい」

 トゥリオの背後に隠れて睨み付けてくるフィノを気にしつつ、皆は木立を縫って移動を始めた。


 ほうぼうにセネル鳥せねるちょうの姿が見られる木立を抜けると、大きめの一軒家が見えてきた。勇者一行はそこが元は使用人住居として使用されていた離れなのだとチャムに聞く。

 ソファーを示されて掛けた五人は、居間の様子をきょろきょろと窺う。居室は二階になっているようで、一階部分は実に変わった構造をしていた。

 最も目を惹いたのは、裏手に付いている大扉である。どういう意図のものかと思っていたら、その扉を押して入ってきたのは紫色のセネル鳥だった。ギョッとした彼らは、続いて青黄黒と入ってきた三羽と合わせて観察されているのに気付く。どうやら警戒されているらしい。


「あなた達、そんなに睨まないの。たぶん暴れたりはしない筈だから」

 チャムに戒められたセネル鳥達は思い思いに中を歩き始める。大扉前の部分こそ土間になっているが、柵も何も無く床に上がれるようになっていて、自由に行き来出来るようになっていた。

「絶対に暴れたりはしないから!」

「疑われるのは仕方ないから我慢しなさいよね。この子達の主はカイなの。この前、そっちの君があの人に何をしたかを考えれば、追い払われなかっただけマシだと思って」

 弁明するミュルカに、チャムはセネル鳥の行動の理由を説明する。


 それを聞いてカシジャナンは難しい顔になる。野生のセネル鳥は英雄に傅くという話は東方を起源にしている。もし、この属性セネル達が自ら魔闘拳士に仕えているのだとしたら、彼は本物の英雄だという事だ。それを思うと恐ろしくて訊く事も適わなかった。

 もしかしたら自室に引っ込んでしまうかと思われたフィノも、険しい顔つきのまま居間に残っている。それはそれでミュルカは落胆を隠せなかった。


(完全に嫌われちゃってるわねぇ)

 戦場を転々としてきた元傭兵の女は、様々な戦場で獣人と肩を並べて戦ってきた。彼女にとって獣人は背中を預けられる戦友なのだ。こうも毛嫌いされるのは非常に傷付く。


「しょうがないか……」

「そんながっかりするなよ」

 事情を知っているティルトが肩を叩いて小声で慰めてくれた。


 そうしている内に、メイドが現れて彼らの前にお茶を並べていく。カップの中では薄茶色の液体が揺れていた。

紅発酵茶タルドー牛乳ミルク入りよ。苦手な人が居たら言って。淹れ直してもらうから」

 特に問題無いようで、皆が口にしている。

 そして、お茶の供に出てきた皿の上の物に視線が集まる。その青い物体は間違いなくモノリコート。女性陣の目がキラリと輝く。すぐさま口にして仰け反った。

「美味っ! 何これ?」

「ちょ! あり得ない! でも有るしっ!」

 繰り返し口に運んでは顔を蕩けさせている。しかも、砂糖の入っていないミルクティーのほのかな苦みがモノリコートの豊かな甘みを引き立てている。

「うちのは自家製だけど、ちょっとしたものでしょ?」

「とんでもないわ、これ」

 先陽せんじつ、特別製だと言われて出されたものより一層深みのある味と滑らかな舌触りだった。


「この前の話なんだけど?」

 魅了される女性陣に切り出すタイミングを削がれた感じになりながらも、思い切ったようにケントは踏み出す。

「俺達の仲間に加わってもらえないだろうか?」

 しかし、青いセネル鳥にもたれ掛かりながらカップに口を付ける青髪の美貌から放たれた言葉は全く違う台詞だった。


「あんた達、もう一人仲間が居たでしょう?」

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