英雄の帰還(1)

 ハインツ・リーガンモーツは近衛騎士である。


 普段は王宮に詰め、必要に応じて王族の方々の警護に付いて動くのが任務だ。伯爵家でも三男坊のハインツは、ただの跡継ぎ予備として碌を食むのを善しとせず、敬愛する王家の方々のお役に立つべく自らを鍛え続けた。

 身分からすると近衛は十分に手の届くところなのだが、厳格なる規律と極めて高い忠誠心を問われる近衛騎士は狭き門である。


 自らを律して高める努力を惜しまなければいつかは、と考えていたハインツだが思わぬところにチャンスが転がっていた。

 ひょんな事から知り合った友人が繋ぎになって王家の方々と親しくさせていただく事が出来、決死の思いで懇願して近衛騎士団長の厳しい試練も潜り抜けて何とか今の地位に立てたのだ。

 その友人とはもうずいぶん長い間会えていないが感謝はいくらしてもしきれないほどだ。本人を前にすれば照れくさくて言えない言葉はいくらでもある。


 任務中の近衛騎士でも常にずっと王家のどなたかに付いているわけではない。

 政務中であれば警備は部屋前の王宮衛士の管轄なので出しゃばれば要らぬ軋轢を生む。そういう時には指示が有ったり自発的であったり様々だが、きらびやかな鎧を纏って騎馬で王都内の巡回などをする。

 それは単に警備業務なのではなく、その姿が民衆の、特に男の子達の憧憬の対象であり、ひいてはその騎士たちが警護を行う王族の方々への尊敬へと繋がっていくのだ。だから近衛騎士達は必要以上に胸を張って行進し、時には民に言葉を掛ける。


 それが王家の人気を保つ一つの任務なのだった。


   ◇      ◇      ◇


 そのもハインツは一人の同僚と王都ホルムト内をゆったりと巡回していたのだが、どうやらホルムトを訪れて街門を潜ろうとする者の数が極端に多かったらしく衛兵達は時に確認が必要な事項を持って右往左往していると聞いた。


 都大門まで出向くと人員不足で列整理もままならなまま長大な列を成している来訪者達が遥か彼方まで見える。同僚と苦笑いを交わすが大きなトラブルは見受けられない。

 本来ならそこまで手を出さないのだが、外来者にもホルツレイン王宮の威勢を示しておくのも悪くないと考え、列整理の助太刀を申し出た。

 決して仲が良いとは言えない衛兵達にもこれは感謝と歓迎を持って迎えられた。


 列の横をゆっくりと進み、列を乱そうとする者や順番を巡って喧嘩になりそうな者達を諫めて回る。さすがに明らかに身分の高そうな騎士に逆らう者など出て来ず、時にはこんなのも良いもんだとハインツは思っていた。

 次の瞬間まで。


 見つけてしまった。まだ距離はあるとはいえ見間違えようのない顔を。

 箱馬車の上で膝に女の子を抱えて呑気に周囲を眺めている黒髪の男。その忘れようのない男を見ると、常に冷静を心掛けているハインツの頭に血が上った。


「何してるんだ、お前は! 今までどこ行ってたんだ!」

「やあ、ハインツ」

 駆け寄って激しく詰め寄るのだが、相変わらずの人を食ったような風情で答えてくる。

「何って言われると商隊警備?」

「誰がそんな事を訊いている。こんなとこで何をしているんだって訊いたんだ!」

「そんなに怒らないでくださいよ。普通に冒険者の仕事じゃないですか?」


 それで「ごもっともで」と言う訳にはいかない。(そうだ、こいつはこういう男だった)と改めて思い出すハインツ。しかし、見つけてしまった以上、このまま放置はあり得ないので切り札を切っていく。


「では、こう言えば良いんですか。民と同じ列に並ぶのはやめていただけませんかねぇ、ルドウ男爵殿?」

「あら、あなた、爵位を持っていたの?」

 騒ぎに箱馬車の扉を開けて顔を覗かせたすごい美人が割り込んできた。

「名だけで何の実も無い位だよ。それも貰ったって言うより押し付けられたような感じの」

 本人はそんな事を言っているが周囲の人間にとってはそれどころではない。特に傍に居たオーリーは。

「カイ、お前…、いやあなた様は貴族様だったのですか!?」

「だからやめてくださいって言いましたよ。僕はただのカイですって」

「いや、でも本当ならそういう訳にもいかないし…」


 驚きすぎて言葉が変になっているオーリーにカイは抗弁するが、この場合はオーリーが正しい。

 貴族に一般市民が対等に接するなど不敬も甚だしい。この世界の社会はそういう風に出来ているのだ。

 とりあえず置いておいてカイはハインツの対応に戻る。


「この通り依頼遂行中なんで君に連れていかれるのは困るんですよ」

「……。仕方ない。そのまま着いて来い。隊商主、我らの先導に従うように」

「横暴だなぁ。嫌われちゃいますよ、ハインツ」

「俺はお前ほど好き勝手言ってない」


 さっきの美人がお腹を抱えて笑っているのだが、ハインツにとっては全く笑い話じゃないので軽く睨んでおく。美人は(許して)とばかりに手を振って寄越すが笑いの発作が治まる様子はなかった。



 一般民の列の横を素通りし、都大門を通過してホルムトに到着するとオーリーは冒険者達に依頼終了証明書を手渡し、解散を宣言した。

 もう襲われる心配はまず無い上、強そうな騎士様まで居る。何よりカイを解放しなければ話が始まりそうになかったからだ。


 「今回は面白かったぜ」「また会おうな」などと口々に言い置いていく冒険者達とグータッチして無事な別れを祝う。

「じゃあ、私らもここで。世話になったな、カイ」

「あ、オーリーさん達はもうちょっと付き合ってくださいね」

「…勘弁してくれんかな」


 自分達もこの複雑な状況からやっと解放されると高を括っていたオーリーに容赦ない宣告をしたカイは、ハインツに「仕方ないから付き合いますよ」と言っている。貴族様からの指示では逆らえないので、オーリーは従業員達に常宿に部屋を取って休んでいていいと伝える。


 この後、自分にどんな運命が降りかかるのか分からなくなったオーリーは、連れられて行く先に王宮を認めて暗澹たる気分になるのだった。

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