ジャルファンダル動乱
道非ざる者
かなり北までやってきたというのは、朝晩の気温で感じられる。夜営をして目覚めた瞬間、ぶるりと震えが来なくなるほど温かい地方まで辿り付いたという事だ。
その代り、昼間の暑さも徐々に厳しくなってくる。彼ら四人の冒険者も、重ね着しないで昼間を過ごすようになってきた。装甲以外の部分は防刃性の高い衣服に頼ってきたのだが、今は二の腕半ばまでしかない上衣しか着けていない。
一見、暑さの為に防御力を落としているように見えるが実はそうではない。丈の短い上衣と共に、作製を続けてきた物が有るからだ。チャムとトゥリオはそれがお気に入りになり、戦闘中でもないのに身に着けている。
それは皮製の
ただし、二枚重ねになった皮の間には、長さ
それでいて柔軟性は失われていない。オリハルコン片同士の隙間が捻りや曲がりにも対応していて、
前腕の外側半分を覆う形状をしており、手首から肘までの長さがある。三カ所の布巻きシリコンバンドで装着する形だ。
それに、
色は皮の地のままの薄い灰色をしているが、元は滑らかな表面を加工して、格子柄の刻みが入れられて滑り止めになっている。
そして、
これはCの形の欠けの反対側に鋭角突起を持つ図形。それが三つ、鋭角突起を中心に向けるようにして、三角を描くように配置された紋章である。
一見、三枚の花弁を持つ花の模式化のように感じるが、どちらかといえば幾何学的に見える印象だ。鋭角突起付きCを上の左右に配置した、逆三角形が正規の形である。
この
もしかしたら、カイのマルチガントレットと同じ、手の甲の上に刻みたいと思ってくれたのかもしれない。
実はこれに、
すったもんだの末に出来上がった
フィノは戦闘時以外は格納しておくのを選択したが、チャムとトゥリオは日常的に装着するのを望んだ為に左腕用の物には細工が必要になる。
具体的には、反転装備化である。普段使いは
チャムは日常生活では
トゥリオは
そんな感じで一部装備更新をした訳だが、上衣から覗くチャムの真っ白な二の腕や、たまに縋るように腕を組んでくる時に当たる柔らかな感触に、カイは幸せを感じている。彼にとって苦労など簡単に報われるものなのだった。
◇ ◇ ◇
ディンクス・ローで派手に目立ってしまった彼らは、今は街道を外れて北に向けて
まばらに有る緑と灌木、乾いた大地が連なる光景は、ステップ気候に似た印象を抱くが、年間降水量はそれより多めで乾季雨季の区別も無い。その為、道々では意外と食用に向いた野草や果実なども採れたりする。
決して旅に不向きとは言えない道行きを冒険者達は楽しんでいたのである。
その時までは。
遠方に砂埃を認めた時は奇異な事も有ったものだと思っただけだ。街道でもない場所で、旅人同士が擦れ違うなど確率的には高くはない。それでも無くはない状況なので、挨拶と二言三言交わして終わりと思っていた。
ところが近付くにつれ、相手が存外に多数であるのに気付く。四十騎足らずが認められるが馬車列を伴っている訳でもない。旅行きには奇妙な集団だと言えよう。
警戒の色を強めつつ接近していくと向こうも明らかにこちらを認めたようで、指差してきていた。
「やるぞ! 男は殺せ! 女は楽しんだ後、殺せ! いただける物は全部いただくぞ!」
物騒な台詞が聞こえてくるに至っては、警戒を飛び越えて戦闘モードに突入である。
「ありゃあ冒険者だぞ! 締めて掛かれ!」
「おいおい! 上玉じゃねえか! こいつはとんだ拾いもん…」
すぐに殺すには惜しい。当分は連れ回して十分楽しもうとか考えていた男の胸に、黒い金属棒が生えている。
「マルチガントレット」
薙刀を投げつけたカイは、腕装備を装着しつつ凍り付くような視線を撒き散らしていた。
「がはぁっ!」
柄を握ったマルチガントレットがひと息に薙刀を引き抜くと、男は血飛沫を撒き散らしつつ地に落ちた。置き去りにして、何かを怖れたセネル鳥だけが駆け去っていく。
「ちっ! 長間合いの槍を使いやがるぞ! 一人で掛か…!」
仲間に警戒を呼び掛けようとした男は、薄赤い液体を頭に空いた穴から散らせながらドゥと崩れ落ちた。左腕のマルチガントレットを向けられた瞬間の出来事である。
新型マルチガントレットの大口径大出力の
「くそ! こいつら妙な魔法を使…」
「パン!」
破裂音と共にその男も口を閉ざす。額には小さな穴が開いており、たらりと血を流すと目を見開いたまま頽れた。
その後もパンパンと音が鳴る度に一人また一人と声も無く地に転がる。
「おらあ!」
これだけは男達の集団にも理解出来た。
赤毛の大男が振るう大剣は、いとも簡単に防具ごと人体を両断してしまう。大柄ながら機敏に走り回る黒いセネル鳥に助けられながら、縦横無尽に男達を切り伏せていく。
「
訳も分からないうちに倒れていく仲間に、戸惑いから立ち直れない男達は逃げ散らなかった愚を悟る事になる。
宙を舞った多数の紅球は様々な場所に着弾し、高熱を撒き散らし彼らを焼いていき、完全に掃討されてしまった。
「ここいらは辺境だから野盗連中もやりたい放題かよ」
転がる男を蹴って生死を確認しているトゥリオの言葉に、カイは首を捻る。
「そうなのかな?」
道理に
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