刃持つ犬
死体をあらためる。別に冒涜するつもりはないが、不審感が否めない以上遺体に訊いてみるしかない。ついでに金銭の類は剥ぎ取っていく。後で通り掛かった集落にでも野盗の持ち物として押し付け、役立ててもらえばいい。喜ばれる事はあっても気味悪がられる事は無い。腕試しの武芸者などが良くやる事だ。
「何これ?」
チャムが死体が首にぶら下げていたものを掲げる。
冒険者徽章でも吊るしていないかと思ったのだが違う物が出てきたのである。
チャムとフィノには死体あさりをさせたくはなかったのだが、それを伝えようとしたら睨まれてしまった。半笑いで、背中の汗を感じつつ引き下がる。このパーティーの女性陣は変に気真面目で困る。
「こんなの居るの?」
彼女の見つけた金属板。そこにはナイフの一本角を生やした犬の意匠が彫られている。
「居ないわよ? 角の生えた狼なら居るけどね」
「野盗なんかが連帯感を高める為に犬を使って欲しくないですぅ!」
ソウゲンブチイヌの獣人であるフィノは鼻を鳴らす。彼女がそんな仕草をするのは稀にしかない。よほど腹立たしいと見える。
「とんだとばっちりだよな」
トゥリオも死体から剥がした何枚かの金属板を眺めながら言う。裏には名前らしきものまで彫ってあった。
「果たしてそうなの? 作るのにはそれなりにお金も掛かると思うけど、そこまでする?」
「仲間内に小器用な者が居れば揃えられない事は無いと思うけど、あまり聞いた事は無いわね」
「それではこの人達は野盗じゃないのですぅ?」
揃いの鎧を着けていたりする訳ではない。しかし、野盗にしてはしっかりとした作りの武器や防具を持っている。ここが武装の名産地であるロードナック帝国である事を差し引いても違和感は拭えない。
「何とも言えねえな」
「そうだね。何か起こっているのかな?」
この時の彼らには、首を捻る事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
そのまま進んだのでは情報に触れる機会を得られないと感じた四人は、足を早めて街道に戻った。
「どこかの冒険者ギルドか何かで早く情報収集しなくちゃ」
チャムをそう言わせているのは今の状況である。街道に人影が極めて少なく、稀にすれ違う者も急ぎ足で通り過ぎ、とても話し掛けられる雰囲気ではない。
こういった空気感は彼女も知らない訳ではない。紛争地帯のそれである。それが事実なら情報把握は必須だ。彼らには該当しないが、普通は死活問題だと考えて良い。
「きな臭え事この上ねえぜ、これは」
「この先にちょっと大きめの宿場町が有る筈だから、そこの冒険者ギルドで訊いてみよう」
「ちゅりっ!」
パープルの首元に街道図を広げると、リドがすかさず両前足ではっしと押さえ、カイの言葉にコクコクと頷いている。
その様が如何にもユーモラスで、彼らの緊張感を緩めているのを彼女は自覚しているのだろうか?
「ありがとう、リド。急ぐから肩においで」
「ちゅい!」
肩に登った薄茶色の旅仲間は、青年の首に尻尾を巻き付けて身体を固定した。
最初に反応したのはフィノだった。
併走していたチャムが、一陣の風が通った途端に固まってしまった彼女の異変に気付く。
「どうしたの!?」
「…血の匂いがしますぅ」
悲しげに揺れた碧眼に、即座に反応して吠える。
「ブルー!」
四騎が息を揃え、疾風の如く駆け出した。
目的地の宿場町は目前である。風で運ばれてくるほどの血臭がするとすれば、出所は知れてしまう。
つんざく悲鳴が風に乗って耳に届く。申し訳程度の木柵を抜けて街の中に入ると、手に手に武器を持った男達が暴れ回っている。
一人の男が、商店から女性の腕を引っ張って引き摺り出そうとしているのが見えた。カイが手にした薙刀が、その刃を水平に走らせ通り抜けると、腹から上下に両断されて転がる。一瞬、驚いたように地面を掻きむしるが、脊髄を駆け上がる外傷性の強い刺激が脳髄を焼いて大きく震えると動かなくなった。
予想だにしていなかったであろう奇襲に浮足立つかと思われた男達は、すぐに立ち直って武器を掲げてぎらつく殺気を放ってきた。
(戦い慣れしてる。やっぱり野盗なんかじゃなさそうだね)
それは彼らにしても同じ事。相手に動揺が見られなくとも冷静に対処していけばいい。ただ、相手の勢力が読み切れないのだけが気掛かりだ。
修羅場に慣れている彼の仲間は緊張も驕りも無い。油断なく周囲に目配りをしつつ、挑発するように切っ先を揺らす。
フィノを中心に、通りの前後にチャムとトゥリオが陣取り、敵を引き付ける。
怒号と共に斬り付けてきた男の剣は、大盾の表面で鈍い音を立てると大きく弾けて逸れる。開いた隙に、スルリと大剣が伸びて胸の中心に突き立った。そのまま跳ね上げると、肩口から抜けた剣身がクルリと反転して横に走る。横ざまに迫る別の男に向けて振り抜かれると、合わせに来た長剣をへし折り、
路地から現れた新手に、銀色の剣身を縁取る漆黒の刃が閃く。さほど幅広ではない長剣が風切り音を鳴らすだけで板金鎧がぱっくりと裂け、内から血が
彼女の上半身がスッと動くと同時に剣閃が走る。気合いの声も上げずに効率的に動く敵が、その緑眼に捉えられると苦鳴を上げるだけのただの的と化す。違いといえば、地に落ちた後に転げ回るか二度と動かなくなるか程度の差である。
青髪の美貌を手練れと知り、不利を悟った者が遠巻きに弓を構えたり投げナイフ取り出したりもするのだが、ツィと上げられた左腕の紡錘形の盾が指向すると、「パシッ!」という炸裂音と共に焼け串を突き刺されたかのような痛みを身体に感じ、飛び道具など使えない状態にされてしまった。
(まったく物騒になったものよね)
チャム自身が東方の生まれだし、散々各所を巡ったのだが危険度は徐々に高まっているように感じる。
西方や中隔地方では、
それは彼女が命中率に自信が持てるようになったからでもあり、場合によっては加減も出来るようになったからではあるが、間違いなく緊張感の表れであると感じられた。
安全地帯に居る獣人少女の顔には恐怖の欠片も表れていない。それは仲間への信頼の証でもあるが、彼女が集中している所為もある。
フィノは脳裏にイメージを生み出す。今は大地に手を伸ばした。
土をギュッと強く固く圧し固める。それは錐の形をしていて、鋭利な先端がドラゴンの牙のように凶悪な様相を見せていた。
それに必要なのは土とそれ同士の結合力。形作る力場の枠。彼女はカイに形態形成場の理論を聞いてからは、より効率的にイメージを固める作業が出来るようになったと感じる。
形状と物理効果がフィノの脳内で具体的にイメージされると、その構成は魔法演算領域で魔力パルスに変換される。その過程は、魔法士に数式化されたように感じさせるが、実はシリアル信号化されただけである。
魔力パルスに変換された構成は、神経系を辿るように伝わり右腕を流れる。手の平からロッドに伝わってからは早い。電気信号のようにミスリル内を走った構成は、その先の魔石の魔力回路に書き込まれていく。
そして、魔力回路内で構成パルスは再言語化。更に流し込まれた魔力で事象化出来るほどに影響力が高まり、意識切り替えの為の
「
発現した多数の土の錐は、周囲の敵に向かって襲い掛かっていった。
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