乱戦と乱入

 空中に円錐形の固有形態形成場が生み出される。空間を介して土粒が集められ詰め込まれていく。成形され結合力が高められると土錐が完成し、解き放たれた。

 金属防具に覆われていない部分に、その土錐を受けた者は悲鳴と共に転げ回り、運の悪いものは瞬時に絶命する。たった一人の魔法士が演出した舞台とは思えぬ叫喚に、さすがの敵も慄く様が見て取られる。


 パープルの背から跳ね飛び、一軒の商店の屋根に舞い降りたカイには、そこまで詳細に魔法が発現する様が視えていた。

 相手の規模が分からない状況下の危険性を懸念した彼は、より高い位置での監視の必要性を感じ、行動に移したのである。

 それは狙点の確保にも通じ、広い視野で相手を視界に入れている。


(魔法士も居る)

 薙刀を担いで左腕を指し向けると、光条レーザーで狙撃した。

 胸から血を噴いて倒れる魔法士を見た者達は、新手の接近と勘違いし周囲を見回すが、どこにもその姿を認められず浮足立つ。更に数名を撃ち殺すと混乱は広がり、チャム達に敵の攻勢が集中するのが防げる。後方支援も彼は努めているのだ。

(組織立った動きが出来るだけじゃなくて、魔法士まで居るとなると、これはもう完全に野盗なんかじゃない。でも、指揮系統がはっきりしないところを見ると軍でもないのか?)

 断言も出来ない。意図的に乱れた状況を作って見せて、敵の目を攪乱する作戦も考え得る。

 軍人崩れの盗賊団の仕業のように見せ掛けて目的を遂行する事など、指令を下す立場にある者なら誰でも考えるものだ。


 チャム達には膠着状態が訪れている。接近すれば斬り伏せられ、中間距離では正体不明の飛び道具で狙い撃ちにされるとなれば、遮蔽物の影に潜んで隙を窺うのが得策だと考えたのだろう。

 トゥリオの側には波状攻撃が掛けられたりもしたのだが、そちらを中心にしている魔法攻撃に迎撃され、死傷者ばかりが増えていく状況。魔法の援護を期待していたのに、そちらが真っ先に潰されて手をこまねいているようだった。

 相手に緊張状態を強いたまま、消耗を狙う心積もりなのかもしれないが、それは大きな勘違いだ。フィノは合間に構成を編み直す事が出来るし、チャムは弾箱カートリッジの換装に丁度いい時間となる。トゥリオでさえ、そういった隙間に、上手に精神を緩めるくらいには戦い慣れている。逆に楽にさせているだけである。

 こういう場合に本当に怖いのは、圧倒的な数で押し切られるほう。むしろそのほうが精神的消耗が激しく、隙も出来易い。なのに踏み切れないのは、彼らの策に嵌められているからである。一気に仕掛けた時も余裕綽々な空気を出して、薄笑みさえ浮かべているからだ。仕掛けさせられていると勘違いした相手は、そこで腰が引けてしまう。思う壺だ。


 市街戦の膠着状況下では屋根上の死角を利用するのも常套手段であり、登ったり跳び上がったりする者も現れたが、皆が先客に迎撃される憂き目に遭っている。

 微かに「ヴヴ…」という空気の唸りがすると、ほとんどの者が急所を撃ち抜かれてその場に転がる。即死を免れてもそこは傾斜を設けられた屋根の上、脳天を貫くような痛みに苛まれて暴れれば、自然に転がり落ちていくしかない。

 襲撃者とて戦闘慣れはしているし、刃物による傷や矢傷を負った事も一度や二度ではないであろう。しかし、光条レーザーに撃ち抜かれる傷は格別のようだ。

 まさに高温で焼かれる痛みの次に襲ってくるのは、肉体の一部を焼失した痛みである。それも火で焼かれるのとは違って体組織が焼け焦げる深さが浅く、傷口からは血が噴出する。動脈など切られれば血は止まらなくなり、それだけで失血死の原因になってしまうと思われる。

 刃物傷や矢傷の、異物を押し込まれる傷とは、痛みも致命率も上回る攻撃になる。


 頭上の掃討を終えて次の的が現れないのを確認したカイは、チャムの側の後方に回り込もうと動き始めた。

 トゥリオの側は、隠れ方が甘い敵に対してフィノの熱矢ヒートアローの狙撃が決まっている。遮蔽物に半ば身体を隠していても、頭上から後方からと様々な位置から走る熱線が身体を貫き、のた打ち回る者が続出して隠れるだけの愚が露呈する。

 そうなると誘き出されるように、散発的な攻撃がトゥリオに襲い掛かってくるのだが、それは彼が悠々と対処していった。

 その結果、トゥリオの前には死体と人体部品の山が築かれつつある。有利と見取ったカイは、チャムの側の敵の追い出しに向かうのだった。


 路地に隠れていた男達は、急に降ってきた黒瞳の青年に驚き対応が遅れる。しゃがんで衝撃を殺した体勢から刀身が跳ね上がる。斜めに斬り上げられた男に血飛沫を噴かせると、次の瞬間には擦り抜けて前に出ている。返した石突が次の敵の鳩尾に刺さると、身体を折って落ちてきた頭を膝で蹴り飛ばす。手加減抜きのその一撃は、敵を宙に舞わせて通りの反対側にまで飛ばしてしまった。

 その衝突音でチャムの隙を窺っていた男達は、背後にも敵を抱えた事に気付いた。指示を飛ばそうとした一人は、突如視界が揺れて戸惑う。その目が最後に捉えたのは自分の胴体。その首の先には何もなく、噴水のように深紅の液体噴き出しているだけだった。


 ここに至るまでの通りにも住人であろう遺体が点々と転がっていたのはカイも見ていただろう。その時点で彼は完全に殲滅を意図しているとチャムは確信している。彼女が加減したところで結果に大差は無いだろうと思われる。情報など息が残っている相手から引き出せばいい。

 カイが身をひるがえす度に薙刀も回転し、血煙が舞う。あまりの光景に意識が奪われた者達が向けたがら空きの背に鉄弾をばら撒く。痛みに身を縮こまらせる相手に切っ先を走らせると三人の男が首から血を噴かせ、目を血走らせながら逃げ惑う。必死に首を押さえているが長くは保たないだろうと思った。


 街道に続く最も広い通りであるというのに、そこは死体の山となりつつある。仲間の悲鳴を聞き付けて集まってきているとしても、一体何人がこの宿場町に入り込んでいたのかと思う。

 ゆうに百を超える死体が通りを埋めようとしているのに、まだ無傷の敵が存在しているのも確かなのだ。ただ、その数も視界に収められるほどに減ってきていた。


 黒刃が尾を引いて走りまた一人が斬り伏せられると、そのカイの背に向けて酒場から飛び出した男が斬り掛かろうとする。刹那に反応したチャムがプレスガンの連射を浴びせると、男はもんどりうって倒れる。

 しかし、その流れ弾がカイにも向かっていて、振り返った彼は左のマルチガントレットを翳す。

「ひどいなぁ」

 その表面に傷付ける事も無く「チン!」と音を響かせて鉄弾は弾かれたのだが、不平の声が返ってきた。

「あなたならそのくらい何でもないでしょ?」

「そうだけど、仲間を大事にしようよ」

 チャムが艶やかに笑い返すと、彼は口をむにゅむにゅとして怒りたいけど怒れないという顔をしている。

 鍛錬の時でも一発とてその身体に当てた事が無いからこそ、遠慮なくそんな事が出来るのである。


 その後の戦闘は掃討戦に近い。路地に隠れる敵をカイが追い立ててはチャムやフィノが始末していく。酷いように思えるかもしれないが、住民の安全とその後の情報収集の事を鑑みれば必要な措置である。

 それも終わって、彼らが息の残っている者を探し当て、締め上げようとしている時に騒々しい音を立てて一騎の人馬が駆け寄ってきた。

「貴様ら、何をしている!」

 商都クステンクルカでも見た帝国軍の軍服を纏った男は身を竦めた。


 それもその筈、彼には未だ血に濡れる剣身と刀身が左右から突き付けられているからだった。

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