血まみれの再会
抜く手さえ見えなかった。
血と人の脂でギラつく刃が首に突き付けられていると気付いて怖気を震う。
「何事?」
本来なら一目見ただけで沸き立つような青髪の美貌が放った言葉は、しかして氷の冷たさを持っている。
「……」
「答えてはくれないのかしら?」
「あー、手遅れになっちゃった」
かろうじて息の有った者から彼らの正体を聞こうとしていたのだが、その目からはもう光が失われている。
「仕方ないから、この人から事情を聞こうか?」
「それしかなさそうね?」
「ああ? ただの通りすがりの警備隊じゃねえのか?」
カイはそのトゥリオの意見を即座に否定する。
このような辺境に、領軍ならともかくロードナック帝国正規軍が居るのは奇妙な話だと言う。街道図にあるようにここが直轄地でない以上、何らかの意図を持って出動してきている筈だ。その意図が、彼らにとっては事情という事になる。
「一体、何なのだ、お前達は?」
やっと二本の刃から解放された兵士は、冷や汗を拭いながら再び問い掛ける。
「見ての通りの冒険者ですよ? 襲撃を受けていたこの宿場町を、この暴漢どもの手から救っただけです」
「しかし…」
駆けつけた時には動転していきなりの誰何となったが、改めて見回した兵士は通りに転がる無数の死体に返す言葉を失っている。真っ当に考えれば四人でどうにか出来る数ではない。
「これは…」
この時、彼は自らの任務を失念していたのである。
それを思い出したのは、一足遅れの本隊の一部が通りを駆けてきたからだ。そして、その本隊の兵は血相を変えている。
「総員! 抜剣!」
応じる声と共に馬上の全兵士の鞘が鳴り、鈍色に輝く刃の林が現れる。
「そこの者、動くな! 大人しく武装解除に応じよ!」
「僕達に攻撃意思はありません。ですが武器を向けて強要してくるというのなら、相応の覚悟をして下さい」
各々が武器を手にする仲間と、魔力の高まりを見せる
「手向かう気か?」
「状況確認くらいしなさいと言っているのです。この方はあなた方の尖兵でしょう?」
今は静かに見える。だが、得も言われぬ圧力を感じた指揮官は腰が引けていると自覚は出来ていないようだ。
「む…、報告せよ」
「報告! 自分が確認した時にはほぼこの状態でした! 彼らが言うには、街を襲っていた者共を討伐したとの事です!」
「…身元確認を。この者らの証言が正しいのか、住民に聴取しろ」
しばし考えた指揮官は、状況確認に兵を動かす。命令に従った兵達が二人一組で警戒しつつ、住民からの聴取に走った。
◇ ◇ ◇
その頃になると後方の部隊もぞろぞろと通りに進入してくる。凄惨な光景を見ても、皆職業軍人や傭兵、従軍冒険者らしく悲鳴を上げたり吐瀉したりという醜態は見せない。だが、顔色を悪くしている者も散見される。
その空気を霧散させるような声が列から上がった。
「トゥリオ!? トゥリオじゃないか! どうしたんだ、こんなところで?」
黒髪が大半を占める列の中、従軍冒険者らしい集団の中から一人の男が馬を降りて駆け寄ってくる。
「お!? お前…、ディアンか? 何で帝国軍に? いや、違うのか」
「変な事言うなよ。俺は今も冒険者さ。これも受けた仕事だ」
そっとウインクして寄越す。余計な事は言うなという意味だろう。
その黒髪の美男子は間違いなくトゥリオの記憶にあるディアン・ランデオンであった。
イーサル王国の冒険者学校で臨時講師をしていた頃、一人で酒場に繰り出した時に隣同士で意気投合し、盃を合わせた帝国人である。彼はいわゆる帝国貴族の放蕩息子であり、気ままな生活を続けていると言っていた。
その彼が、小遣い稼ぎか何か知らないが従軍しているのならば、その出自は秘さねばならないだろう。事情を知っているトゥリオには当然口を滑らせてほしくは無いようだ。
「知っているの…、か? その者達を」
どの程度の付き合いか知らないが、指揮官はディアンをそれなりに信用しているようで問い掛けている。
「ああ、突然すみません、指揮官殿。以前、国外をうろちょろしていた頃にちょっと縁が有ったのです。と言っても一晩酒を酌み交わした程度の縁ですが」
「そうなのか。どういう者達か?」
「いえいえ、見ての通り俺と同じ流しの冒険者ですよ。ジャルファンダルの傭兵などではありません。そうだろ?」
断言するには事情を知らなすぎると思い直したのか、彼はトゥリオに訊いてきた。
「あー…、こんな状況じゃどんだけ信用してくれるかは分からねえが、俺らは帝国に来てそんなに
「俺もこんなところで会うとは思わなかったしな」
トゥリオ自身も仲間も、襲撃者の返り血を浴びてすさまじい状態の為に少々言い淀む。
「ジャルファンダル? 何だそりゃ?」
「それならジャルファンダル王国の事よ」
「北海洋に浮かぶ島国の事ですぅ。丁度この北辺りに在るはずですよぅ?」
チャムが補足し、フィノがおずおずと説明してくれる。
「この通りなんですよ、指揮官殿。彼らは間違いなく旅人なんです。ガッツバイル傭兵団に属したりはしていない筈」
「しかし、これほどの敵を彼らだけで仕留められると?」
「こういう事よ」
面倒な追及を避けたいチャムが徽章を取り出して見せる。
「ブラックメダル!」
「お前も使えるんだろ、トゥリオ?」
「ああ、俺もハイスレイヤーだ。ブラックメダルにゃちっと足りんがな」
「高ランクパーティーか! それならこの状態も分からない事も無いか」
指揮官もやっと納得顔になってきて、部下に剣を収めさせた。
「報告します!」
程良い頃合いで、聴取に出した調査兵も報告に戻ってくる。
「住民からの目撃情報です。襲撃者にこの宿場町が襲われていたところに彼らが分け入ってきて戦闘になった模様です。その後は閉じ籠ったので確認は出来ませんが、襲撃者とは違うと言っていました」
「千兵長、これを」
報告が入ると同時に、副官らしき飾りのついた軍服の男が指揮官に何かを差し出す。
「やはりガッツバイル傭兵団の連中か。一応、ひと通り確認させろ。息の有る者は回復させて拘束。後に尋問する」
「は!」
「やっぱり意味がある物なのね?」
チャムは千兵長と呼ばれた指揮官が手にした物に目をやる。
「それを調べに来たのよ」
「な。俺らが街道を外れて北に向かってたらよう、野盗っぽい奴らに襲われたんだよ。そいつらがな…」
トゥリオが死体から取り上げた、額にナイフを生やした犬が彫られた
「こんな訳の分からねえもん持ってやがるから気になってよ」
「ああ、それがガッツバイル傭兵団の認識タグ、団員の証なのさ」
「傭兵団? 盗賊団の間違いじゃねえのか? そんな上等なもんじゃなかったぜ?」
思い出すも腹立たしい物言いだった。トゥリオには精々、野盗に毛の生えた程度にしか思えない。
「いや、紛う事無き傭兵団なんだ。しかも連中、あろう事か帝国と戦争しているつもりときている」
「はあ!? 話が全然見えねえぞ? 傭兵団風情が一国と戦争だと? しかも東方最大の国家、ロードナック帝国相手にか? 馬鹿な事言ってんじゃねえ」
「冗談で済めば良いんだが、これが事実だから面倒な事になってるのさ」
鼻で笑うトゥリオにディアンは顔を顰めて見せる。
「本官が説明しよう」
「いえいえ、指揮官殿のお手を煩わせるような事ではありませんよ。ここは馴染みである俺のほうから彼らに状況を教えておきますから」
「…では頼もう」
千兵長はディアンに一瞥を送ると、振り返って兵に命令する。
「死体を回収して町の外に出せ! 纏めて処分する!」
トゥリオ達はディアンの手招きに応じて、その場から離れるのだった。
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