疑問と意図

「あのねー、本当に可愛いのよー。あたしの姿が見えたら一目散にやってくるんだもの」

 アヴィオニスのうちの子可愛い自慢が始まっている。

「それはね、あんたが豪勢な食事を与えてくれるから、それ目当てなだけよ」

「うるさいわね! 違うの! 何にも持ってなくたって急いで傍に来てくれるの! 首筋とか撫でてやったら、うっとりした顔で気持ちよさそうに目を細めて、この子達ったら本当にあたしの事好きなのねぇって思うの。あー、もう、ルイーグ達の次に可愛いわぁ」

 完全にセネル鳥せねるちょうの魅力に引き込まれている王妃は、うっとりした表情で主張する。


 彼女も属性セネルの従順さと利口さ、聞き分けの良さの虜になってしまったらしい。アヴィオニスの為に設えられた執務室で、ザイードとカイ達は惚気話を聞かされているのだ。

 セネル鳥の食性を詳しく聞きたがった王妃が、カイ達に出来れば表にして欲しいと願われて、それを持参したところだった。


「珍しいな。馬を道具扱いしかしなかったアヴィが」

 失笑しつつザイードが言う。

「馬って何考えてるかさっぱり分からないじゃない? 油断したら蹴ろうとしてくるし」

「そうでもないぞ。きちんと面倒みれば心は通じる」

「分からないって! あの連中、ふと気付いたら人の髪の毛を食おうとするんだから! その点あの子達は本当に利口で、話し掛けたらお返事するし言い聞かせたらちゃんと分かったって頷くし…、愛しくて思わずギュッてしてしまうじゃないの」

 自らを抱いて身体を揺するアヴィオニス。

「あの子達が居れば、あたしはどんな戦場だって自由に駆け回れるわ。帝国なんて全然怖くないから」


 この調子なら彼女とセネル鳥達との信頼関係はすぐに築かれる事だろう。指揮戦車の運用にも支障は来さないはず。

 戦車としての運用には諸々問題は有ろうが、いざという時の自衛手段くらいには考えて良いと思われる。アヴィオニスは、セネル鳥は馬のように人を蹴ったりしないと思っているが、確かに不用意な動作から怯えて蹴り付けたりはしない。だが、指示だけすれば彼らは蹴爪しゅうそうを用いて人間など軽く蹴り殺してしまう力を持っている。


「王妃を焚き付けるな、魔闘拳士」

 苦笑いのザイード。

「不要の戦は俺の本意ではない」

「道具は道具です。どう使うかはあなた方の心ひとつですよ」

「そうよ。あたしを戦争狂みたいに言って恥をかかさないで」

 腕組みして頬を膨らませる彼女の腰を勇者王は抱いた。

「そうではない。ただ、お前を後方に置いておきたい俺の気持ちも分かれ」

「分かってる。あたしまで出るようになったらいよいよ追い込まれているって事だもの」

「仲の良いこと。お邪魔ならお暇しましょ?」

 当てられた彼らは腰を浮かし掛ける。

「ちょっと待ってくれない? 確かめておきたい事があるから」

 王妃は表情を改めてカイを見据えている。


「焚き付けているというのは、あながち的外れでもないんでしょう? この贈り物はそうとしか受け取れない」

 アヴィオニスは単なる善意とは考えられないようだ。それも致し方あるまい。情勢がそれを許してくれない。

「ところがそうでもないのですよ」

 黒瞳の奥の意思は読めないが、言葉では否定される。

「どうにも意図が読めなくて困っています」

「ラムレキアに帝国を攻めろとは望んでいない?」

「まったくその思惑がないと言えば嘘でしかありませんが、当面は持ち堪えてくれるだけで十分です」

 青年には一歩を踏み出せない理由があるようだとザイード達は感じる。

「それは何だ?」

「意図というのは語弊がありますね。正確には動機と言うべきでしょうか?」


 カイは説明を始めた。

 帝国が拡大政策を採って、世界に手を伸ばそうという意図を持っているとは感じられる。それは公言するほどに明確で、実際に飲み込まれた国も少なくない。だが、現時点でもその巨体を持て余しているように感じるというのだ。

 西部では皇城の意思とは乖離感があるように見える。指示命令は届くし実行もするが、納得して動いている訳ではなさそうだと思えたらしい。実際に、決して意思統一が為されているのではないと匂わされもした。

 そのまま突き進んだとしても突出するのは頭だけだろうと思える。それでは世界制覇など夢のまた夢と言っていいのではなかろうか?


「緩いっていえば手緩いのは事実なのよね」

 アヴィオニスも賛意を示す。

「国力を考えればもっと強引でも変ではないのですが、武力を向ける先と言えば反発の強いこの国くらいではないですか?」

「案外策謀も多いな」

「ナギレヘン連邦にしたって、帝国寄りの政策を採っているからって、手控えするのは世界に覇を唱えるには不似合いな対応かしら?」

 それぞれがロードナック帝国の動きの粗を数え上げていく。

「全体にちぐはぐな感じが否めないのです」

「分かるわ」

「だがよ、意図っつーか目的ははっきりしているだろ?」

 トゥリオが疑問を呈する。

「動機っていうのはそんなに大事なのかよ?」

「事を構えるには必要になってきます」

 卓を指で叩いて注意を引くと、カイはその意味を告げる。

「必要だわ」

「そう、必要ね」

「結構大事だと思いますぅ」

 ザイードまで頷いて見せ、赤毛の大男は追い込まれてがっくりと首を落とす。

「仲間外れか」

「そんなに難しい話じゃないよ。それ次第で、駒遊びのように詰めていけばいいのか、勝利条件を設定して戦争をすればいいのか、それとも徹底して殺し合うのかを選ばなきゃいけないだけだから」

「物騒じゃねえか!」

 トゥリオは身を震わせた。


「何にせよ、強固な動機があるのは感じられるのよねぇ。皇帝が為政者として夢を語っているだけじゃないのは間違いなさそう」

 眉根を寄せたチャムは、それだけに面倒な感覚を覚えているようだ。

「そりゃ皇帝だって子供じゃねえんだからそんな夢物語じゃ動かねえんじゃねえか?」

「たぶん、意図するところは世界制覇なんじゃなくて、その先。それで手に入るものなんじゃないかな?」

「ああん? まさかお前、帝国のお題目を信じている訳じゃねえだろ?」

 世界を統一して、戦争のない世の中を作り上げようという幻想を示唆する。

「まさか。世界が一つになったところで民族紛争も宗教紛争も経済紛争も何一つ解決したりしないよ。そんなまやかし・・・・じゃなくって、具体的に何か目的があるんじゃないかと思うんだけど、それが見えてこないって話をしていたんだよね?」

「マズいな。ふりだしに戻っちまったか」

 堂々巡りをした訳ではなく、論じたところで結論には届かないという証明か。


「一つだけ手掛りが無くもないわ」

 肩を竦めて笑い合うカイとトゥリオに、アヴィオニスが鍵となりそうな情報を提示する。

「帝国には、皇城以外にも意思決定機関がある」

「嘘!」

「冗談だろ?」

 彼女が人払いをした後に告げた言葉に四人は息を飲んだ。

「何度も腑に落ちない事があったの。急な方針転換を感じさせるような何かが。当然気になったから、徹底的に調べさせようとした。でも今のところは届いていない」

「その組織に人を入れようとしたんですか?」

「そうよ。でも、核心に近付こうとすると全て消される」

 悔しさと、殉職者を痛む思いがない交ぜになって彼女を苛んでいるようだ。卓に置いた握り拳に力が籠もる。

「損害の大きさの割にほぼ戦果無しっていうのは辛くて折れそう。手に入った情報と言えば…」

 扉に目を走らせる王妃に、カイは首を振って見せた。

「『あれに近付くな。夜の会ダブマ・ラナンが来るぞ』。それだけ」

 諜報員の一人が今際のきわに残した言葉だそうだ。


 そこでカイが制止するように手を挙げると、しばらくして扉からノックの音が聞こえた。

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