虎威皇帝レンデベル
光述魔法も、最初はチャムが信じていたように直接構成を記述していたのではないかとカイは考察する。
しかし、それではごく単純な魔法しか発現させられないし、結構な時間も必要とする。それでは実戦的ではないと感じた先人達は、別な方法を模索し生み出した。
それが今の光述魔法であると思われる。
まず金属板にブロック体の細かい魔法文字で一文字一文字大きな筆記体魔法文字を刻印していく。その大きな魔法文字で文節を仕上げる。その上に薄い金属板が貼られ、筆記体魔法文字だけが重なるように刻印される。
学ぶ者は、その刻印をなぞって指に動きを覚え込ませる。次に魔力を込めた指でなぞる事で、細かいほうの魔法文字が読み取られ、構成として脳内に刷り込まれていく。
そうすれば宙に魔法文字を描いただけで、脳内に刷り込まれた構成が自動的に宙に描かれていくようになるのだ。
光述魔法士は、その文節を大量に脳内に記憶している。そして、魔法の使用時は発現状態をイメージしつつ、文節同士を複雑に組み合わせて思い描く構成を編んでいくのだ。
最後に、その編み上げた構成に必要魔力を注ぎ込む事で発現させる。それが光述魔法の理論である。
そのお陰で起動には時間を要するものの、かなり複雑且つ強力な魔法を使用出来るようになっていったのだろうと黒髪の青年は結論付けた。
「でも、どうして方法論は失われてしまったのかしら?」
基礎理論として教わったとしても変ではないと思う。
「面倒臭くなっちまったんじゃねえか?」
「うちの先祖達はそんな考えなしじゃないわ」
睨まれて、大男は「おお、怖え」とおどける。
「たぶん、邪魔だと思ったかな?」
「邪魔?」
フィノも首を捻っている。
「魔法を編む時、膨大な量の文節の組み合わせを操らなければいけないのに、そこにどんな構成が乗っているとかまで考え始めたら雑音になっちゃうよね? もっと短絡的に文節の組み合わせを文章として仕上げる事で魔法を発現させる手順にしたかったんじゃないかな?」
「だからチャムさんが習ったみたいに、とにかく繰り返す手法が出来上がったんですねぇ」
「これはこれで効率的に機能するよう、考え出されたものなのね?」
カイは微笑んで「たぶんね」と言い添える。
「更に汎用性を高めるように、随時魔法演算領域で構成を編み上げるよう進化したのが、きっと現在の発声魔法な訳ですぅ」
犬耳娘は疑問が解消した晴れやかな表情で締めに掛かった。
「そうね。その発声魔法の熟練者のフィノさん? 私の構成を読んで浄化魔法を習得してくれないかしら?」
「はぅわ! フィノがですかぁ!?」
「魔力容量も構成能力も高いあなたが適任でしょ?」
獣人魔法士は、藪を突いたのを後悔した。
◇ ◇ ◇
そこは謁見の間ではない。
呼び出されはしたものの、命令ではなく急かすものでもなかったので、予定確認をしただけで居室に出向いたのだ。
玉座に在っては、その威圧感は誰もが膝を屈するほどであるし、巨躯を目にしただけでも相手取るには迷いを感じさせるほどだ。
居室でソファーに身を置いているだけでもそれらは健在で、部屋の狭さを助長させているようにも感じる。だが、その圧力に屈する事無くディムザは歩み寄ると礼を取った。
「罷り越してございます、父上」
周囲に目を走らせた後、彼はそう言って会釈を送る。
「ご苦労」
重く響く声が耳を打つ。
(嘗められたものだな)
後ろに秘書官、少し離れて近衛騎士が一人、部屋の隅にはお付きのメイドが控えている。
虎威皇帝レンデベルはディムザの父親であると同時に国主である。相手が誰であろうと十分な警戒はしてしかるべきだ。
しかし、この無警戒ぶり。ディムザが玉座を狙っているとは知っていても、それは皇帝を弑してもとは思っていないと考えているのだろう。
(その気になればここで終わるぞ?)
『倉庫持ち』である彼から武装を取り上げる事は出来ない。
近衛騎士が居るが、とても一人では
だが、ディムザと比べれば見劣りするのは否めない。そう考えればこの場で玉座を襲うのも難しくはない。当然、長兄や次兄は反発し国は割れるだろうが、中央を押さえ軍首脳部や宮廷貴族に甘い言葉でも囁いてやれば、時期皇帝最有力と目される彼に従うだろう。
そうなれば地方に落ち延びた二人を徐々に締め付けていくのはそんなに難しくないと思えた。
(それでもな。そんな方法じゃ
ただでさえ可能性の低いその選択肢を、捨てさせる原因を思い浮かべる。
「
表情からして、失策を問い詰める気は無いようだ。単純に能力を尋ねてきているのだろう。
「はい、正直に言って計り知れません。
「武装だと?」
「見たこともなければ、魔法士達でさえ仕組みの解らない魔法まで用います」
ジャルファンダル動乱時に、魔法士隊に聞き取りを行っている。
魔闘拳士の使用した魔法を分析させたが、誰一人としてそれがどういう魔法なのか、きちんと説明出来た者はいなかった。
半数以上は光魔法だと言及したが、人体を焼くほどの強い光を生み出す魔法など知らないと言う。
唯一、青髪の麗人が使っていた鉄針発射武装のみが、おおよそこんな仕組みで動いているのではないかという推論が得られただけであった。
「攻撃法が解らない事には対策の立案が困難です。使用出来ない状況を作ろうにも、近接戦技まで持っております。動き回られれば意味をなさず…」
ディムザは、列挙するほどに自分が苦い顔になっていっている自覚がある。
「難儀をしておるようだな? 研究所に協力するよう命じてあるが、さほど役に立つとも思えん」
「いえ、感謝しております。持ち込み案件に難癖を付ける事なく二つ返事で受けるとは、あの偏屈どもも父上の御威光には逆らえなかったものと」
「多少は薬が効いたか?」
かなり便宜を計ってくれたらしい。
彼自身、幾分かはレンデベルを落胆させた自覚はあるのだが、まるで意に介していないようだ。
そこまで見込まれていたのかと、ディムザは改めて実感する。どうやら自分は思っていたより父の期待を背負っているらしい。
(ならば、もう少しは自分の意見にも耳を貸してくれれば良いものを)
或る種、迷路に迷い込みつつある帝国の舵取りを帝宮が完全に取り戻さねば、早晩大きな隙を見せる事になると第三皇子は思っている。
(今は内政に心を裂かなければ、西部は独自の意志で動き始めてしまうぞ)
そんな事は宮廷貴族達も承知しているだろう。しかし、儘ならないのが帝国の現状だ。
「今、どこぞに着手しておるのか?」
無言で思索に意識を彷徨わせれば、皇帝は案じるように問い掛けてくる。
「情報収集と下拵えばかりです。もう少し局面が安定しない事には迂闊に動けないというのもありまして」
「必要なら兵は出す。西部を刺激するほどには無理だがな」
中隔地方や西部など、困難な局面ばかり任せている自覚もあるのだろうか、気遣いも見せてきた。
なので大胆な意見を放り込んでみる。
「自分が思うに、一度誘い込んでみても良いかもしれません」
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