浄化魔法
大胆なディムザの意見に皇帝レンデベル・ロードナックも片眉を上げる。
「ほう? 目算有りか。何か弱点でも見つけたか?」
目の前の第三皇子が、何の算段もなくそんな提案をするとは思っていないらしい。
「弱点なら有り余るほどあるのです。単独で動く事はあっても、パーティーメンバーを孤立させる事を厭います」
警告を受けたことを明かす。
「他に、力無き民が手ひどく扱われるのを非常に嫌います。特に、権力によって」
「そんな事は世に溢れておろう? 彼奴は王のいない国に生まれたとでもいうのか?」
専制国家の事だ。全体の為に一部を切り捨てる事例は枚挙に暇がない。それを知らないというのは特殊な生い立ちだと指摘する。
そして、その指摘が正鵠を射ているとは二人とも気付いていない。それだけの知識を持っていないからだ。ただの戯言として口に上らせただけである。
「理由までは分かりませんが、誘い込むのも孤立させるのもそれほど難しくないのは確かなのです。ただ…」
ディムザは言い淀む。
「その先の計算が立たぬか?」
「はい、人質を使おうが釘付けに出来ません。挑発にしかならないのです。苛烈な反応が返ってきます」
「なるほど。『神
無闇に怒りを買えば、何が起こるか分からないと伝える。
「考えよう。材料にはなった」
(ほう? これは悪くない)
レンデベルは魔闘拳士をあからさまに障害と捉えているようだ。ディムザにとっては好都合である。
「有意義であった。もう良いぞ。アメリーもそなたを呼んでおったろう?」
その言葉に息子の口の端がぴくりと動いたのを見逃してはくれない。
「そう嫌うな。あれはあれで役に立つのだ」
「そうなのでありましょう」
(あなたと、代々の皇帝にとっては、ね)
その苦々しい思いは表に出してはいけない。
「では、お暇させていただきます。次は良いご報告が出来るよう努力いたします」
皇帝は「うむ」と答えると、お付きのメイドに目をやり酒杯の準備をさせていた。
◇ ◇ ◇
「ほーんとーでぇーすかぁー?」
チャムでは魔力足らず、カイの刻印技術では時間が掛かり、赤毛の美丈夫は当然役立たずの状況で、自分に白羽の矢が立ったのである。
しかも、この重い役目を前に、使った事がないだけでなく、触れた事さえない属性の魔法を要求されているのだ。
尻尾を力無く垂らして全身でイヤイヤと表現するフィノを青髪の美貌は許してくれず、にっこりと笑ったまま掴んだ手を自分の二の腕に持っていく。
「ああうぅ、拒否権は無いんですかぁ?」
「消去法なの。今から、そこのでくのぼうを魔法が使えるように鍛えるより、遥かに増しだと思わない?」
「俺の事かよ!」
傍観者を決め込んでいた大男が声を荒らげる。
「そうですけどもぉ…」
「そうなのかよ! いや、そうだけど、もっと気遣えよ!」
「この件に関して、君の発言権は無いよね?」
とどめを刺す。
トゥリオは「ぐはっ!」と胸を押さえてうずくまった。
不憫な男を脇に置いて、フィノは集中を始める。
チャムが光述を始めると、膨大な量の構成に応じた魔力パルスの流れを感じる。
普通は、他者の構成を読みとるのは、個々の属性イメージを壊しかねないので敬遠される学習法である。だが、今回はフィノに聖属性のイメージは無いので、深く読んでも支障は出ない。
最初から言っていたように、とてつもなく長い光述が続く。
傍らに立った獣人魔法士からは「びぇっ!」とか「きゅぅ!」とか泣き言が漏れているが、否応なく光述は綴られていた。
「
大魔法に限って麗人の唱える
清浄な空気が周囲に満ちたような感覚を覚える。それと同時にふらりとチャムの身体が揺らいだ。
すぐに後ろから青年が支え、そっと座らせると『倉庫』から手の平の上に幾つも魔石を展開させる。
「補給! 補給! 早く!」
「ありがと…」
伸ばされた手が魔石から純魔力を吸い取っていくと、寄せられていた眉根が緩んでいった。
カイは腕に掛かっていた重みが失われたのを名残惜しそうにしているが、彼女が回復したのは喜ばしいと思っている。
ただ、そうしているうちに周囲の空気は再び悪くなっていく。
半径
「こんなものよ。だからいつまでも暗黒点は暗黒点のままなの」
チャムは不満げに口を尖らせる。本当に浄化出来るなら全ての暗黒点を浄化して回っていると言いたげだ。
そして、この聖属性浄化魔法を使える者の他の誰も暗黒点を完全浄化出来ないから、確認未確認を問わず各地に暗黒点が残っているという意味になる。
「また嫌な感じがしてきたっつー事は失敗か?」
「ほらほら、専門のチャムさんでさえ限度があるのですから、フィノがやっても大差ないですよぅ」
「それじゃ困るの! こんな状態を放置し続けているから、だんだん魔王が手に負えなくなっているって話したでしょう? 何とかしないと!」
普段通りを装っているが、訴える目には切迫感がある。ずっと忸怩たる思いを抱えてきたのだろう。
「もし失敗しても誰も怒ったり責めたりしないから、一度やってみようか? 僕も手伝うから」
「絶対ですよぅ。フィノだって役立ちたいから本気なんですからぁ」
「もちろんよ。安心していいから落ち着いてやってみましょ?」
尻尾を立てて鼻をすんすんさせながら犬娘はロッドをぐっと握る。
「じゃあ、まずは魔法の効きを良くしておこうか? マルチガントレット」
そう告げると手甲を両腕展開する。
右手を裏にして差し出すと、前腕の内側を肘から手首のほうへ銀爪がなぞった。
筺体裏に仕込んである記述刻印が起動し、魔法文字が輝線で浮かび上がる。すると微かに揺れるような感覚とともに、空間の安定に綻びが生じる。
「これ…、は?」
魔法士の感覚でいくと、書き込む画版が柔らかくなったように感じられる。
「あまり使わないんだけどね、この
「ですねぇ。かなり広範囲に効力が上がっていそうな感じですぅ」
「だから戦闘時は禁止にしてあるの。下手に使えば、利敵行動にしかならないでしょ?」
魔力量、属性、構成力と大概の魔法士に勝るフィノなら、より大きな差を見せつける事が出来るかもしれないが、元が劣る人間が無理矢理魔法力を嵩上げしても仕方ないだろう。
「でも、こんな風に僕らだけの状況でなら意味が出てくる」
「はい、ずいぶん発現強度は上がっていると思いますぅ」
そう言うと、獣人魔法士はロッドを手に集中を始める。
皆は、フィノの集中を妨げないよう息をひそめて見守る。
パーティー内で総合魔法力では他の追随を許さない彼女が失敗するようだと、作戦変更を余儀なくされてしまう。フィノには申し訳ないが頑張ってもらわねばならない。
イメージが固まり難いのか、犬耳が忙しなく動き、眉間に深く溝が刻まれる。
緊張状態を表すように尻尾が徐々に持ち上がり、魔力のうねりが大きく高まっていった。
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