暗黒点消失!?
フィノは魔法を行使する為にまずイメージを固めようとする。
話を振られた時は、まず不可能だと思った。聖属性を文字面としては扱えるが、具体的な現象として捉えるのは難しいと思ったからだ。
ところが、チャムの構成に含まれるイメージが伝わってくると、それが全く理解出来ないものではないと気付く。割と最近に感覚として捉えられたものと同様だったのだ。
慈愛神アトルの前、そして博愛神ルミエラの前で受けたその感覚は、清らかなる水の流れ、清浄なる早暁の空気といったように感じられる。それは形態形成場の権化である神々の意識操作の結果なのかもしれないが、具体的に肌で感じられる以上、再現出来なくもないと思えるようになった。
改めて考えれば当然なのかもしれない。
現実に、魔属性の空気感を感じている現在、聖属性だけ理解出来ないというのも妙な話になってしまうだろう。
フィノは脳裏に、人知れず
その感覚を具体的な現象として捉え、それが広範囲に拡大していくイメージを強く意識して、世界に訴え掛ける『言葉』として綴る。脳内で固定化したイメージ文は魔法演算領域に送られ、魔法構成パルスに変換されていく。
この魔法構成パルス化は、従来暗算などに用いる演算領域を用いる為に、多くの魔法士は数値化と認識する事が多いが、実は構成イメージ文を一回線で伝送されるシリアルデータ化しているだけなのだ。
魔法構成パルス化は本来、構成を空間に書き込む為の手順であり、その形で放出しないと魔法は発現しない。しかし、現在の魔法行使手順にはロッドが含まれている。構成を含んだ魔力パルスは、魔力伝導性の高いミスリルなどの素材で作られた持ち手部分を通じて、その先にある魔石で再変換されて魔法構成文に戻っている。
魔石で固有波長を整流された純魔力パルスから再構築された魔法構成文は、そのまま空間投射が可能なほどに整えられており、書き込まれ魔力を注がれれば高いイメージ再現性で発現する。
これがロッドを用いた時に魔法の効果が上がり安定性も保証される一因である。
フィノのロッドの高品位大型魔石の魔力回路で再構築された魔法構成文は、カイの
そして、接続されたままの回線へ大量の魔力がロッドを通じて投入される。
「
「……」
何も起きないまま時間だけが過ぎる。
「やっぱりダメみたいですぅ」
振り返って可愛く舌を出すフィノに、彼らは苦笑を返した。
「私の構成をなぞってみた? 何が原因?」
場所柄を弁えず、敷物を敷いてひと休みにしている冒険者達は、お茶をお供に何が悪かったのか討議を始める。
「自覚がありますぅ。フィノはチャムさんみたいに自信がないし、神様と同じ力が使える訳がないって心のどこかで思っていたんですぅ。だから魔法は発現しませんでしたぁ」
「そう」
この意識的な問題は難しい。
イメージが鍵を握る魔法に於いて、意識が伴わず編んだ構成は世界への影響力が足らず不発に終わる。
今回のフィノのように、結果そのもののイメージとは別に自分がその魔法の使用に疑念が挟まっていた場合も失敗する。
カイのように、現象の発現イメージ以前に属性の性質そのものを信じられなければ、どう足掻いても魔法には辿り着けない。
世に溢れている割に、意外と繊細な作業なのである。
幾度も頭を下げるフィノを、力付けるように肩に手をやるチャムは優しい微笑を浮かべている。無理を言った自覚はあるのだろう。予行演習なしで成功させられる難易度の魔法ではなかったのだ。
極めて高い魔法力を誇る彼女ならばもしやと思って試してみたに過ぎない。
(少し見方を変えた挑戦が必要みたいだね)
浄化魔法を成功させる方法を討議している三人の隣で、カイはそう考えていた。
◇ ◇ ◇
ロードナック帝宮には隣接する敷地にジギリスタ教会本部がある。
魔法神ジギアを信奉するジギリスタ教は帝国の国教であり、国民の大多数が信徒だ。
帝都ラドゥリウスに至っては、人族ならば他教徒を探すのは少々骨が折れるであろう。実際には他教徒であっても、そうとは言えない雰囲気もある。ゆえに実際には一定数の他教徒は存在すると思われるが、あまり表には表れない。
多神教であるこの世界では、神々はそれぞれ役割分担をしていると考えられていて、他教徒だからと言ってまず弾圧を受けたりはしないし、宗教紛争は極めて珍しい事例になるのは、人類の協調を重んずる性質がそうさせていると思われる。
魔法を司る神を信奉するだけに、魔法偏重の文化は色濃い。
国民生活だけを見ても到るところで魔法が用いられているし、魔法具も多用される。それだけに魔法士の地位は比較的高めとなっており、尊敬を集める対象にもなる。
しかし、それが選民意識に繋がっていかない辺りは、魔法の才は神の恩寵であり、信仰心や家系に影響されないのが常識となっているからであろうか?
それだけに幾つもの系統の異なる研究機関がしのぎを削って切磋琢磨しており、魔法技術では他国より一歩先んじている。それは軍内部でも同様で、軍用に開発された魔法が一般に流布していくのも珍しいケースではない。
魔法士部隊も充実していて、強引な拡大政策も強力な魔法士が牽引している部分もある。それがゆえに対抗しようと考えれば、ラムレキアの対魔法兵のような対抗策が必要になってくる。
そんな文化を持つがゆえに、魔法的才能の乏しい獣人を軽視する傾向は強かったようだ。
過去形なのは、それが現状ではないからである。
暗黒時代以前は確かにそんな気風が強かったと思わせる記録や口伝が数多く残されている。過酷な時代に多くが失われてしまったが、検証するまでもないほどに事実であったようだ。
しかし、その印象は一気に覆された。
獣人族は、その優れた身体能力で魔人の軍団の猛攻を生き延びたのである。機敏で強力な魔人の攻撃をものともせず飛び込み、魔人核に届くような深い攻撃で魔の眷属を打ち倒していた。
勇者を中心とした魔王反抗戦に於いても獣人族は多大な貢献をし、東方に於いてはその地位を大きく向上させたのであった。
今はコウトギ長議国となっている大陸東端山岳域も彼らの故郷と言える地であり、魔王討滅後は急速に復興する。それだけでなく、獣人族はなんと暗黒時代も山岳域各所に潜み、侵入する魔人を倒しつつ生活していた。
その逞しさは人族を驚愕させ、対立するよりは融和すべきとの意見が大勢を占め、獣人族は東方の文化に浸透していった。
いまや東方地域の人口の二割以上に及ぶ勢力を誇る彼らは社会の一員としてその地位を確固たるものとしていた。
そんな社会状況に於いても、唯一獣人族が一人としていない組織がある。
ジギリスタ教会がそれだ。魔法神に仕える者は、魔法士でなくてはならないという戒律を掲げ、獣人族が教会に属するのを禁じたのである。信徒である事は許しても、教会への門戸は固く閉ざされていた。
閉じられた扉も相手によっては軽い。
例えば彼、縁深い帝宮の主の血族であるディムザ・ロードナックに対しては向こう側から開け放たれ招かれる。
第三皇子は、勝手知ったるその場所に足を踏み入れていった。
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