存在の価値(2)
「帝国人でなければ人族でもありません。
カイは衝撃の事実を告げてきた。
「ここではない別の世界で生まれ育ちました。平和に暮らす罪もない人々の中で生きてきましたし、生活をよく知っています。侵してはならざるものと思っています」
「別の……、世界……?」
「あまり公にしたい話でもありませんし、言ったところで簡単に信じられる話でもないので秘密にしてきました」
聞く耳の無い、剣戟渦巻く戦場でないと出来ない話だと言っているかのようだ。
「だったらなぜ話す? なぜそんな人間がここに居る?」
「その疑問に答える為に話したんです」
グレイブの切っ先に薙刀を合わせるようにして、ともに円を描きながら話し始める。
「貴方は帝国の今の在り様に恨みや不満を感じ、変えようとしている。それには僕も賛同出来ますし、だからこそこうして手伝いもします」
互いに隙を窺い合っている演技をする。
「そう思うなら本格的に力を貸せ。俺と手を組んでくれ、カイ」
「僕から見れば高望みに思えるのです」
首を振りながら続けてくる。
「どれだけ不幸を嘆こうと、貴方は求められています。この国の皆は皇子と呼んでくれるでしょうし、号令するだけでこんなにも多くの兵士が命を賭ける。貴方の作る未来を信じ、頂くに値すると感じているからです」
「付いて来てくれる者の期待には応えたいと思っている。俺も国を良くしたいからこそ足掻いている」
「僕は求められなかった」
青年の黒瞳は憂いに沈んだ。
「家族は愛してくれました。でも、僕がいなくても生きていける人達だ」
言葉を選ぶ度に苦悶の色が混じる。
「親しい人達が暮らし易い世界にしたいと……、社会の為になろうかと正義を実践するほどに人は僕から離れていきます。まるで滑稽なものを見るかのように遠巻きにしている」
「冗談だろう? お前ほど聡明な頭脳を持っていればむしろ寄ってくる筈だ。人は強く賢い者に媚びる」
「力が無為に感じられるほどに平和だったんですよ。誰もがそれに慣れ切っているほどに」
ディムザには想像もつかない世界構造のようだ。
「本当に利口ならどんなに社会構造に理不尽を感じても、上手に受け流して生きていられた筈なんですよ。それが我慢ならずに反発してしまったから、僕は
「捨てられた……、いや、突き放されたのか?」
彼が理解を示すと、カイは苦笑とも自嘲とも取れる表情を見せる。
「劣等感を抱かないで済むように、それなりに心も鍛えてきたつもりなんですけど、世界から心が……、違うな……、存在そのものが、僕のいる価値が失われていくあの感覚はとてもきつかった。自分が愚かしいのかとつい儚んでしまった」
「だからこの世界にやって来たと?」
「いえ、
「分かったぞ。お前は自分の正義をこの世界で実践しているんだな?」
話の持っていきようで拳士を取り込みたいと思うディムザは筋道に悩みつつも続ける。
「協力出来るはずだ。実際に今は目的を同じくしている。これからだって続けられるだろう? 希望を持ち寄れば妥協点はあるぞ、絶対に」
「有るでしょうね? でも、故郷からも捨てられてしまった僕はもう妥協もしたくないんです。思いっ切り我儘になると決めました」
「止めてくれ。お前は
ディムザにとっては大陸全土が全てである。
「単純な話です。優しく受け止め、抱き締めてくれた大切な
「女の為だけに世界を変えると言うのか? それがお前の正義か?」
「違います。僕の正義で生み出した世界を贈るのです」
大それた、それも傲慢な考えに苛立ちが湧いてくる。
「無茶を言っていると解れ。そんな考え、ここでだって通用しない。また弾き出されたいのか?」
「無理を通そうとすれば同じ轍を踏むかもしれませんね? でも、僕の正義にだって
この場合のカイの言う閾値とは、彼の正義に反する行為の限界値だと理解した。ここで持ち出した以上、それを越えない限りは変革の対象にはならないという意味だろう。
「そういう事か。トゥリオがお前を怒らせるなと言ったのはそういう意味なんだな?」
ディムザははっきりと理解した。
「彼がどういう状況で言ったのかは知りませんが、無闇に取り除く意思がないというのは当たっていますよ」
「努力はする。俺達だって話し合える部分があると思っているが、どうだ?」
「貴方は性質的に平和は作れない。それが相容れられないと感じるところです。でも、歩み寄ってくれるなら争う必要は無いとも思っていますよ?」
落としどころが見えた気がした皇子は大きく頷く。
「まずは取り除くべきものから取り除く努力をしようじゃないか?」
「当面はそうですね。大きな手入れが必要です。この世界には見過ごせない歪みがある。それもその一端です」
銀爪を持つ指が彼の強化刻印を示す。青年は目の前の事だけでなく、その先の事まで言っているのだと感じた。
(待て、人体を使う実験の事じゃないだろう? 世界中で行われているようなものじゃない。人を強くし、戦いに駆り立てる魔法の事を言っているのか? これだって魔法の側面に過ぎない。まさか……)
カイが示唆するものは世界の根幹にあるものだ。
「それは……。取り除けるようなものじゃないんじゃないか?」
嫌な汗がじわりと湧いてくるのを感じる。
「ええ、無理に除こうとすればこの世界は壊れてしまうでしょう。僕もそこまで無茶をしようとは思いません。ですが、少しずつでも影響力を弱めていく努力はすべきだと思っているんですよ?」
「お前は、何だ? 何の為にこの世界に来た?」
ディムザは黒髪の青年の本質に近付きつつあった。しかし、刻は許してくれそうにもなかった。
「ちっ! 時間が足りん! この話はまたの機会にする」
「そうですね。どうも頃合いのようです」
レンデベル率いる本陣が、敵中陣を割って突き進もうとしていた。
◇ ◇ ◇
(うむ、ディムザは言った通りの働きをしておるな)
有言実行の様子を眺める。戦場の東の外れで魔闘拳士と対峙している皇子の姿が窺えた。
(ならば、余は余のすべき事をせねばなるまい。ラムレキアの小娘、貴様の手の内など見通しているぞ? いつまでもほしいままにさせてなるものか)
虎威皇帝の口元には不敵な笑みがある。
彼はただ三軍を以って愚直に押させる。国境を背負って苦しいはずの敵に向かい、力押しで軍を進めた。
それは無策の事ではない。この先に機が見えてくるのだ。第三皇子もそう指摘していた。
徐々に数と勢いで帝国軍が押していく。
すると、ラムレキア軍の双翼が大きく展開して見せてきた。側撃に移行する構えに見えるが、実はそうではないと読んでいる。案の定、隙間を縫うように、例の騎鳥だけの群れが突進してくる。この一手で乱しに掛かるつもりなのだ。
(掛かったな? それの弱点は見えている!)
レンデベルは右翼ザイエルン軍と左翼キラベット軍に前進を命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます