陥穽
混乱を目的に投入されたであろう
そして、双翼は閉じるように機動展開を始める。閉じる翼の先にはラムレキア軍中陣のザイード軍。虎威皇帝レンデベルは、闘鳥軍団の前回の高機動展開の様子から兵団との連携が不可能であるのを読み取っていたのだ。
そのまま戦闘を続行すれば闘鳥軍団とザイード軍が混在する形になってしまうというところで、セネル鳥の群れは退き始める。選択肢はそれしかないのだ。中心であるザイード軍の損害を度外視してまで戦場に混乱を導く考えなどあり得ない。
結果として生じた布陣は、ザイード軍に対して帝国三軍が半包囲しているかのような状態。ザイード軍は完全に窮地に陥ってしまったのだ。
(切り札の使いどころを間違ったな、ラムレキアの小娘。これでほぼ詰みだぞ?)
レンデベルは御座馬車の展覧台で獰猛な笑いを見せる。
ラムレキアの双翼、クスナード軍とブリムデン軍は側方から再攻撃に移っているが、敵味方の混在した戦闘領域に向けて魔法や弓による攻撃は出来ない、無理に押し込もうとすればザイード軍に余計に圧力が掛かってしまう形になる。
高機動戦力が有れば後背を脅かすように抉るような戦術を取る事も出来ようが、戦術を移行する気配もなく手控えするように消極的な攻撃をするに留まっていた。
元々この展開になるのを読んでいたレンデベルは、双翼軍の後背にも戦列を整える陣容としていた。消極的な攻撃など容易に押し返してしまう。
戦場が膠着状態になるのを待っていた皇帝直轄軍が動き始める。
中陣ルポック軍に、ザイード軍の中央に切り込むよう信号を送ると、その動きを押し進めるかのように背後に付く。そして、錐の陣形で抉り込んだところでルポック軍は左右に分かれ始め、そこへ帝国本陣八万もの戦力が雪崩れ込んでいった。
七万の戦力を要するザイード軍とて、両側面から攻め立てられた挙句に正面から十四万余りもの兵力が突き進んできたのでは堪らない。中央から崩れて大きく乱されてしまう。突進する直轄軍は、中央突破を掛けるようにザイード軍を切り崩していった。
突破した先には、数百程度の近衛隊が防備する指揮戦車の姿。とうとうラムレキア軍の心臓部が帝国軍の前に露わにされた。
「全軍前進! 余に続け! 今こそ積年の戦いに決着を付けるぞ!」
レンデベルは直轄軍に対して号令を掛けた。
対して指揮戦車は当然逃走を始める。直下で指揮していた闘鳥軍団を盾にするように分け入らせた。
ザイード軍を突破する際に、道を作らせる為に正面戦力は残してきている。更に闘鳥軍団を突破する際に戦力は剥ぎ取られていく。
近衛の警護する御座馬車がだんだんと表に出て来ているが、背中を見せる指揮戦車さえ潰してしまえばラムレキア軍は組織的な行動が不可能になる。勇者王ザイードと王妃アヴィオニスが絶対的中心の体制作りがこの場合は弱点になっているのだ。その片方、軍師でもある王妃が手の届くところに在る。レンデベルは
「これで終わりだー! 小娘ぇー!」
彼は戦場の興奮に身を委ねつつある。それで構わないと思っていた。
だからこそ自分の見落としに気付いていなかったのだ。
ラムレキア軍の中核であるザイード軍が脆すぎたことに。
◇ ◇ ◇
「引っ掛かったわよ! 逃げなさい、北へ!」
指揮戦車は北へ北へと逃げ出す。その為に輜重隊や王子達の乗る馬車は予め国境を越えて国内深くまで退避させてある。アヴィオニス自身も間近にある国境へと指揮戦車を駆り立てる。
(闘鳥軍団では今一つ削り切れてないわね。でも、十分想定範囲内。刈り取らせてもらうわよ)
王妃は並走する信号発信車輛に合図を送る。すると、向かう先の国境付近で待機させていた騎鳥兵団五千が一斉に前進を始めた。
「
彼女は御座馬車を指差した。
◇ ◇ ◇
(まだ戦力を隠し持っていたか? だが、もう国境だぞ? 後があるまい)
レンデベルはこの勢いを止める気など無い。一気に押し切る気構えだ。
そして、そこへ心強い援軍もやってくる。
「陛下、もう勝利は目の前ですよ! どうぞその手にお掴みください!」
寄せてきた騎馬の人物は皇子である。
「おお、ディムザ! 来たか!? 今こそラムレキアに引導を渡す時ぞ! 余に続け!」
「ええ、これで
「そなた、魔闘拳士は討ち取ってきたのだな?」
彼が戻ってきたのはそれを意味すると思っていた。
「それは残念ながら」
「手傷くらいは負わせたか」
「いえ、あそこに居ます」
側横から急速に接近してくる四騎の冒険者の姿。それは間違いなく仇敵たる英雄の形をしていた。
「
獣人魔法士が夥しい数の炎槍を放ってくる。
突進する御座馬車に追随する直轄軍は、狙撃で魔法士を失いながらも追い縋ってきたが、この魔法で一気に乱されてしまう。そこへ騎鳥兵団が襲い掛かった。
結果として少数の近衛を残しながらも皇帝の乗る御座馬車だけが切り離されてしまう。
「まだだ! 軍師さえ討ち取ってしまえばラムレキアはお終いだ! そなたと余がいれば、あの程度の近衛など蹴散らせる! 後は戦えない王妃を始末するだけだぞ!」
腰の大剣を抜き放つと指揮戦車を示す。
「いえいえ、あれはそう簡単には討てませんよ、陛下」
「な……、んだと!?」
逃走する指揮戦車の後部から身を乗り出した人物が青い髪を風になぶらせている。そして、背負った鞘から長大な聖剣ナヴァルド・イズンを抜いて掲げて見せる。
(どうして奴がここにいる?)
呆然とその様を見つめる。
背後を振り向くと、レンデベルの救援に向かいたい直轄軍の兵団を、魔闘拳士達が中心となって騎鳥兵団が押し留めている。背後からは闘鳥兵団も襲い掛かっており、ここに至るまでに数を削り続けられた直轄軍は突破出来ない。
(なぜこんな状況になった? 偶然の産物か?)
嫌な考えが彼の脳裏をよぎる。ゆっくりと頭を巡らせると並走する皇子の顔を見た。
「では、陛下。俺は巻き込まれたくないので退散させていただきますよ」
ディムザは事も無げに言った。
(誰がこんな状況を作れる? この戦術を勧めてきたのは誰だ?)
嫌な考えが確信に変わっていく。
「謀ったなぁ! ディムザぁー!」
レンデベルは怒りに顔を真っ赤に染めて吠える。
「父上殿がお悪い。俺がいくら方策をお耳に入れても、あの狂信者の婆ばかりを頼みにして勝手をなさってしまうではありませんか?」
彼は逆にその紫色の瞳を冷淡に染めていく。
「あんたに任せていると、俺の大切な故国が滅んでしまいかねない。さっさと退場願いたい」
「貴様ぁ! 余に向かってそのような口を!」
「煩いな。老害は去れと言っている。息子に手を下されず、戦場で華々しく散れるように舞台を整えてやったのだから感謝くらいしてほしいものだ」
まるで無駄手間を掛けさせるなと言わんばかりに顔を背ける。
「行くぞ、マンバス。いつまでも付き合っていられない」
「御意に、ディムザ陛下。おっと、少々気が早かったですか?」
「皮肉るな。後は勇者王に任せて俺達は退散だ」
そう告げると二騎は御座馬車から離れていった。
「ディームザぁ ── !」
虎威皇帝レンデベルの吠え声が虚しく戦場に響く。
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