存在の価値(1)

 数の多い騎士団は足を留めて下馬し、カイ達との間に立ちはだかった。チャム達を正面から受け止める構えだ。

 対して麗人もブルーの背から降りる。フィノ以外は機動力を捨て、二人と二羽で戦列を組んだ形。


 やはり戦闘で最後に頼りになるのは自分の足で、騎乗体勢で優れているのは移動力と突進力くらいだろうか。踏み込みや粘りといった攻撃に繋がる動作に於いて、騎乗状態では限界があるのだ。


 騎士団側に寡兵を侮る気配はない。彼女らの実力を認めているという事だろう。

 連続して送り込まれる攻撃がそれを証明している。ただ、鋭すぎると感じる斬撃にチャムは閉口した。


「ちょっと」

 機を見て斬り結んだディムザの副官に非難の眼差しを向ける。

「どういう事?」

「彼らは陛下の付けた近衛騎士達です。何も知りません。加減など不要です」

「潰して構わないのね? なら、そうするわよ?」

 険しさを増した視線で囁くように告げる。状況を難しくする判断に苛立ちを抑えられない。

「御随意に」

「味方に無情ではなくて?」

「そんなものを後生大事に持っていては殿下に付き従うのなど不可能です」

 長剣に力をこめて突き放すと「よく言う!」と言い放った。


 振り下ろされる剣閃に長剣を翳して受ける。身体をずらして抜きを掛けると騎士の剣は大地を刻む。擦れ違い様に脇腹に斬り付ける。内臓まで入った感触。彼は治療を受けねば動けないし、時間が掛かれば命に係わるだろう。

 一人ひとりの技量が高く、相手取るのに時間を要する。気を入れねば数で押し切られそうだ。


 斜め下から走る斬撃に盾を下ろして合わせ、斬り上げを放つ。身体を引いた騎士は、突き出した円盾が断ち割られると投げ捨てた。

 続く斬撃に剣を引き戻そうとするが、チャムが盾を捻って弾いたので間に合わない。歯を食い縛った彼は瞳に決意を宿し、逆に踏み込んで彼女の突きを胸に受けるとガントレットで鍔元を掴んだ。


「今だ! やれ!」

 剣を封じられた麗人の横に二人の騎士が回り込もうと動く。一人の斬り込みを射出した盾の内蔵剣で受けると、チャムは躊躇いもなく柄から手を放した。

 そして、振り上げた右手には以前使っていた長剣が取り出される。こういう時の為に抜いた状態で『倉庫』に格納されていたのだ。

 振り抜いた右手は、突きを受けた騎士の首を刎ね飛ばす。すぐさま剣を格納すると騎士の身体に足を掛け、力の抜けた手から長剣を取り戻し、もう一人の胴を薙ぎ払った。


「なっ! 化け物か!? この女ぁ!」

 瞬時に二人が倒されたと知ると残り一人の騎士が吠える。

「何て失礼な男? 礼節の欠片もないわね」

 内蔵剣を巻いて相手の剣を遠く飛ばすと、長剣が肩口から斬り下ろされ苦鳴を上げさせる。

「次っ!」

 剣呑さを増した緑眼に騎士も及び腰になる。


 近衛騎士団は着実に消耗を強いられていた。


   ◇      ◇      ◇


 極めて高価だが武器適性の高い硬質金属同士が打ち合わされると、甲高くも美しい音色が鳴る。

 合わされた刀身がくるりと回転して、グレイブの剣身の押し込みの力を逃がしてしまう。刃の主とも呼ばれる彼が手を焼かされるほどの巧みな操作を見せる。


「やってくれる」

 ディムザの口元には苦笑。

「どうして拳士がそこまで使う?」

「優秀な剣士が組手に付き合ってくれますからね」

 黒髪の青年はちらりとチャムのほうに視線を走らせる。

「それに、徒手格闘を嘗めないでいただきたい。あれだって腕の芯を綺麗に通さねば、強力な打撃は放てないのですよ。剣筋を通すのと同じ事です」

「なるほどな。解らん事もない」


 薙刀の鉤に噛まれた大剣をすかさず引き戻すと、放ったグレイブの突きはガントレットの表面で火花を散らす。足払いを掛けてきた刀身に、地面すれすれに這わせた大剣で合わせ、弾き飛ばした。

 無駄に大地に刃を立てれば次の挙動が遅れる。重い大剣さえ絶妙な操作が出来るのが刃主ブレードマスターの所以である。


 ところが、弾かれた薙刀の柄を左手で掴み取ったカイは右手を放し、懐に潜り込み様に銀爪で薙いできた。

 堪らずディムザはバックステップするが、防刃鎧下の腹が裂かれていて彼は舌を巻く。


「やり過ぎだぞ?」

「それは……?」


 冗談めかして言う皇子の言葉に耳を貸さず、拳士は不審げな声を上げる。彼はそこから覗く地肌に見慣れぬものがあるのに気付いたのだろう。


「醜いだろう?」

 地肌に描かれている紋様のようなものは魔法文字。魔法陣の一部が覗いている。

「強化刻印だ。お前だって、俺の無闇に高い膂力を変に思っているだろう? これが有るから刃主ブレードマスターなどと祭り上げられる」

「それは貴方が自ら鍛えて築き上げた武技でしょう?」

「だが、これの裏打ちが有っての事なのは否定できん」

 苦々しい思いが口を突いて出る。

「連中はこんな仕打ちをしてまで帝国の役に立つ後継者に仕立て上げようとした。俺がこれのお陰でどれだけ苦労したと思う? 使い慣れるまではコップで水を飲むだけで疲労困憊する。そんな奴に誰も近付いて来ない」

「入れ墨ですか? そんな方法、かなり無理がある筈ですよ?」

「ああ、俺が生き残れたのは運が良かったからに過ぎない。三人目なら失われても構わないとでも思ったんだろうさ。この運の良さを神に感謝すればいいのか、呪えばいいのか分からないけどな」

 苦難の陽々ひびを思い起こすだけで顔が歪みそうになる。


 魔法剣を起動させると、剣身の纏う炎熱に対して青白い光の剣をガントレットから生やし、噛み合わせて相殺する。

 大剣を肘で跳ね上げて回転しながら懐に入ってきたカイが背中向きに振り上げた石突を、上体を反らして躱すと、至近距離から頭突きをぶつけ合う。

 思い出したくもない過去は、痛みと衝撃音と同時に振り払った。


「それでも、こうやって俺の役にも立ってくれているのだから我慢が出来ない事もない。だがな、あいつらはそれに飽き足らず、何とかもぎ取った居場所さえも火中に放り込もうとしてやがる」

 吐く息が熱い。内心を吐き出すことで興奮が増してきている。

「絶対に許せるものか。俺も、俺の故国もあいつらの玩具じゃない。今度はこっちが捨てる番だ」

「恨みですか。それが理由で皇帝を排し、教会の影響力を取り除こうと?」

「軽蔑するか? くだらん事だと。俺にとってはこれ以上ない大事なんだ」

 青年が眉根を寄せているので馬鹿にされたような気分になる。

「いえ、とんでもない。貴方のその激情は理解出来ます。それに支配されても構わないと思ってしまう心も」

「同情なら要らないぞ。そうしたいからやっているだけだ」

「違います。僕も似たような経験が有るからですよ。とても共感出来る」

 その言葉で、先の表情はカイも自分の内側と向き合っていた所為だと分かった。


「でも、少しやり方が乱暴です」

 回転させた長柄の武器の剣身と柄とをぶつけ合いながら続ける。

「無辜の民を巻き込んでまで成し遂げなくてはならないような思いではないと僕は思っています」

「そこがお前の分からないところだ。なぜそうも甘い。力持つ者が決意を持って動けば、力無き者は少なからず巻き込まれるものだろう?」

「否定するのは難しい。ですが、努力を捨てて良い理由にはならない筈です」

 譲らない青年に、苛立ちを含めた声音で返す。

「それが甘過ぎると言っている。どんな育ち方をすればそんな考えを持つようになる?」

「とても平和なところですよ。貴方では信じられないくらいにね。そこからやってきたんです」

 大剣を弾いて大きく跳び下がるとカイは淡々と告げる。


「僕はこの世界の人間ではありません」

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