知る意味
死体の処理や捕縛者の連行を終えた守備隊は、クラインの指示で先にスーア・メジンに帰された。
彼らには暫定的に置かれている代官への報告の仕事がある。領主館までの護衛を申し出られはしたのだが、セイナ達の精神状態を思うと街壁内の反応が不確定な為、少し時間が必要だと感じて断る。
馬車を降りてきた王孫は落ち着きを取り戻したようではあるが、平常とは程遠い。ゼインはエレノアから離れず、目の赤いセイナも悄然として言葉も無い。
カイは彼女の肩を抱いて導き、腰掛けた自分の懐に座らせる。
「さて、少し整理しようか?」
不安気に見てくる二人に微笑みかけてそう言う。
「僕はあの襲撃者の存在を知っていて、攻撃を受けた場合の対応を問い掛けた。そう告げると緊張して自由な発想が出て来なくなると思ったから、遊びっぽく演出したけどね。でもこれは陛下やクライン様なら普段から当たり前に背負うべき責任なんだよ?」
後半の台詞は少し重みをもたせるように真剣な顔を見せる。
「君達は期待に応えてくれた」
セイナの判断は常道であり、それだけ有効なのだが隙もある。後背を取って見せるのは勝利への最善手ではあるが、動揺を誘えると共に逃走を喚起させてしまう。彼はセイナに教え込むように整然と説明していく。
「ゼインはあの時、悪い人かって訊いたよね? それはきっと彼が、襲撃者を捕り逃した場合の事を考えての質問だったと思う」
セイナはハッと気付いたようにゼインを見ると、彼はコクンと頷き返す。
「ここで捕り逃せば別の場所で被害が出るかもしれないからね。それを懸念したんじゃないかな? だからゼインはひと工夫したよね?」
同じく後背を取るにしてもそれを気付かせてはならないとゼインは考えた。その為に自分の駒を隠さなければいけない。
見渡せば駒遊びをした位置からは丘陵線が広がっている。それならその裏に隠してやれば良い。幸い、障害物が無く騎馬なら駆け下りる事が出来る。それほど相手に時間を与える事無く想定位置に到達出来ると読んだのだ。
「ではゼインは攻撃側の素性や意図、立地の事まで考慮に入れての一手だったと?」
「そう。状況全てを広角に捉えての判断。常にそれが出来るって訳じゃないだろうけど、一生懸命考えたんだろうね?」
何事につけ、そんな風にしていたら身がもたない。ゼインは要所要所でそれをやっているのだとカイは思う。理解者に恵まれたと感じたゼインは本当に嬉しそうに笑った。やっと気を持ち直してきたようだ。
「わたくしよりゼインが優れているとカイ兄様が思っているのは、そういうところですのね?」
「あながちそうとは言えないよ」
沈みそうになるセイナの意見を否定する。
「彼の作戦は相手を追い込み過ぎる。逃げ場所が無い。窮地に陥った相手は何をするか解らないから、味方にも大きな被害を出すかもしれない。対してセイナの作戦は優しかったよね。相手が無謀を知れば逃げられる。双方、被害を出さずに済むんだ」
「良いところは有ると?」
「もちろん。厳しいだけじゃ物事は上手くいかないから。ゼインのやり方は僕のやり方に少し似ているね。真似しているのかな?」
ゼインは頬を赤くしてもじもじしながら頷く。
「つい隙の無い作戦を立てたくなっちゃうんだけど、それは僕の悪い所でもあるんだよ。効率や確実性ばかり考えてしまう。その辺の出し入れは、ガラテアさんは本当に上手だよね? 見習わなきゃ」
自嘲するカイ。
「僕が追い込み過ぎたからあんな事になっちゃったの?」
戦闘の結末を思い起こしたのか、一転して沈思していたゼインはそんな風に考えてしまった。
「それは全くの勘違いかな?」
包囲した時点で一息に締め付けるのは可能だった。だが先に言ったように窮地に追い込み過ぎるのは危険も多い。だから包囲の輪を緩くして時間を掛けた。
守備隊もそれを理解して殺さぬよう手足に斬り付けている。普通ならある程度の時点で投降していた筈なのだ。カイは意図的に極端に否定したが、彼らが自害を選んだのには別の理由が有る。
「あれはね、権力に酔っているんだよ」
「権力に?」
「そう、君達が生まれながらにしてその手にしている権力さ。その重さは感じているようだし、教えられてもいるだろう? だからそうやって苦しんでいる。自分の責任と云うものに敏感なんだ」
セイナもゼインも酷く真剣に彼の言葉に耳を傾ける。
「ところがあの指揮官の男は、権力は当たり前に自分の物だと思っていた。それを奪われそうになったから逃げ回ってでも小さな力を守ろうとする。取り戻そうとして無理をする。全て取り上げられそうになったら激発する。挙句に自暴自棄になって自分の命まで放り出してしまった。馬鹿な男だね」
処置無しとばかりに、両掌を上にして肩を竦める。
「でも君達は違う。権力と責任が表裏一体だと知っている。義務と責任を果たすために権力を持っていると知っている。それが重要なんだ」
二人は力強く頷いてくれる。
「それを忘れない限りは、君達は道を違えないと僕は思っているよ」
間違えてはいないと言われて表情が明るくなった姉弟だったが、セイナにはどうしても放置できない引っ掛かりが有った。
「でもわたくしは恐いです。あの『栄光あれ』という言葉が忘れられないんです。あの人はあの人なりに国や民を愛していたのではないかと?」
「それも少し違うわね」
腰に手を当てて黙って聞いていたチャムが指摘してくる。
「あれは自己正当化の為に唱えるお題目のようなものね。あいつにとって民は搾取の対象でしか無かった筈よ。それを当然かのように享受してきた。忠誠心も税もその命さえも捧げられるのが当たり前だと思っていたんじゃないかしら?」
彼女は立てた指を折りながら、一つ一つ数え上げるように言う。
「国は自らの地位を確かなものにしている基盤。そしてそれは絶対不動なものだと信じて疑わなかったの。だから失った事を頑として受け入れず、あれほどに拒絶反応を示していた。本当は違うでしょう?」
「はい、国は民の為に有るのです」
『国は人が社会生活を営む上で、必要とされる
折に触れ、カイが口にしているその思想をセイナは諳んじた。
「忘れたりはしません」
衝撃から立ち直りつつある二人の瞳には光が戻り、強い意志が宿っているように見える。
「トレバにはそれが無かったのだ」
組んだ手の上に顎を乗せて思案していたクラインが言葉を継ぐ。
「皇王ルファンはあの男に輪を掛けたような思想家だった。ここに在った国にはそんな選民思想が蔓延していたのだ。強い思想は感染する。周囲に居る者達はかなり毒されていたのだろう。だから後追いするかのように自害した」
「…………」
「お前達には言っていなかったが、私は完全に毒されていたルファンの血族の首を刎ねさせた。救いようが無かったのだ。父も決断はしたが、お前達と同じように悩み苦しんだのだよ。この歳になってな」
思わぬところから共感を得たセイナとゼインは父に駆け寄り、膝に手を置いて案ずるように見上げる。クラインは二人を抱き締めた。
「二人にはあのような愚かしい者には絶対になって欲しくない。幼いお前達には辛い経験だったと思うが忘れないでくれ。愚者の末路を」
二人はそれぞれに肯定を口にする。
それは思いやり合う家族の暖かな光景だとカイは思うのだった。
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