妙手の実現
森林帯から現れた騎兵集団は平野部を一気に駆け抜けスーア・メジンに襲い掛かろうとするが、訓練通り機能している守備隊は整然と迎撃態勢を整えた。
守備隊の歩兵からと街壁上からも矢が放たれ、騎兵集団に雨あられと降り注ぎ数騎が脱落するのが見える。騎兵集団からも応射が有るが走行中の騎馬からのそれでは当たるものも当たらず不発に終わっている。だがその間にも距離は詰められ、両部隊は衝突した。
「ね、ねえ、戦っているわ。どうしてカイ兄様は動かないの?」
「そうだな。どうなんだ、ゼイン?」
「あれで良いんだ。もう少ししてから」
不安を見せるセイナをクラインが宥め、ゼインに尋ねると明快な答えが返ってきた。彼らの所までは剣戟の音も聞こえては来ないが、馬蹄の上げる土煙が戦闘の激しさを表している。
「もう良いよ」
◇ ◇ ◇
「そろそろかな?」
「食い付いたわよ! 出るわ!」
騎乗した彼らは丘陵上に姿を表わすと、猛然と駆け下っていく。
当初は戦闘に集中していた両部隊も、接近してくる新たな戦力を目の端に捉えると戸惑いを見せ始める。迎撃側にしてみると、別働戦力が襲い掛かってくるように見える。
しかし街壁上見張り台からその姿を窺っていた、遠見の魔法を使用した見張りがその一団がホルツレイン近衛騎士団の鎧を纏っているのに気付くとその正体を大声で伝えてくる。
「味方だー!射るなー!」
「了解!!」
街壁上の弓兵隊は一斉に弓を収め、迎撃部隊からは歓喜の声が上がる。
動揺したのは襲撃部隊だ。進退に迷う様子を明らかに見せるが時すでに遅し、丘陵を一気に駆け下ってきた一団が後背を掠めるように通り過ぎる。その一瞬で七騎もの騎兵が斬り倒されていた。
そして最小半径で急転回を見せると、完全に退路を断ってしまう。現れたのが優美な揃いの鎧を纏った騎兵だと見ると、襲撃者達は
その僅かな迷いの時間が致命的だった。迎撃部隊は防御に備えた厚みを捨てて展開し、半包囲態勢に移行する。これで背後の騎士達に完全に蓋をされた形だ。仕方なく円陣を組んで外側に剣を向けて対応してきた。
勝負ありと見て、守備隊長が降伏勧告をするが応じる様子はない。魔法士の姿は見えず、起死回生の一手を打つ余地は無いが、最後まで抵抗する気だろうか?
ともあれそのまま包囲するだけでは埒が明かないので輪を狭めていく。指揮官らしき男が吠え、覚悟を決めたように斬り掛かってくる者が飛び出し斬られていく。包囲された時点で終わっているのだ。
包囲側は斬り掛かられても反撃の必要が無い。剣を受けさえすれば、その隙に横の味方が攻撃してくれる。その心の余裕があれば対応を間違う事も無く、ますます優位は揺るがなくなる。
二十数名が腕や足を斬られて戦闘不能になったところで動きが止まる。もう、どう足掻いても局面は変わらないが、指揮官は意地でも投降しないようだ。そうなれば部下も退くに退けない。
「往生際が悪いですね?」
ガントレットの拳をこれ見よがしに突き出しつつ、黒髪の青年が前に出て来て雰囲気が変わった。
「銀爪……。そんな……」
「叩きのめされたい順に相手しますから出て来てください」
狼狽する相手を無視して手招きして見せる。
しかしその反応は顕著だった。カランゴロンと外側の騎兵達から剣を放り出して下馬し、投降の意を示す。
「裏切者どもぉ! 剣を取らんか! 神国トレバ兵の意地を見せよ!」
「無茶苦茶ですね」
吠えた指揮官らしき男の翳した剣に
「くひぃぃ!」
「いい加減にしてください。子供が見ているんで人死には出したくないんですよ」
横目に近付いてくる馬車を見る。包囲が完了した時点から、近衛騎士を前面に置いてゆっくりと接近してきているのにカイは気付いていたのだ。あの姉弟なら責任を感じて無理を言ったとしても変ではない。
その動きは効果が有った。ただでさえ敵わないと思える騎士が更に二十騎加わったのだ。完全に折れた騎兵が続出し、投降した者は輪の外に引き摺り出されて捕縛されていく。
ほとんどの者が斬り倒されるか捕縛されるかして残り十騎足らずになったところで馬車が到着し、騎士達の制止も聞かずに子供達がまろび出てきた。
「無駄です! 速やかに投降なさい!」
「もう終わっているから止めて!」
指揮官の男は胡乱な目で姉弟を見ていたが、その後ろに明らかに貴人らしき人物を認めて肩を落とした。
包囲の一部を形成している騎士達はその護衛で相当の手練れだと思い知らされたからだ。その上に、敵の輪には魔闘拳士と思われる者も居る。その貴人の正体は推して知るべしだ。
「ふ……、ふふふ。これで終わりだと思うな! 志を同じくする者はまだまだ居るのだからな!」
その表情には狂気が垣間見える。
「我らが神の国に栄光あれ!!」
抜いた短剣を素早く首筋に当てると躊躇いも無く引く。血飛沫を上げると男は馬上から地面に重い音を立てて崩れ落ちた。残った周囲の者も、後に続くかのように剣で自害していく。生き恥を晒すのを厭うかのように。
「あああ!」
「…………」
すかさず騎士達がセイナとゼインの視界を遮るが、何が起こっているかは一目瞭然だった。セイナは両手で顔を覆い、ゼインも目を逸らして俯く。二人共震えが止まらないようだ。前に回り込んだエレノアが抱き寄せると、彼女に縋り付いて嗚咽を漏らす。
◇ ◇ ◇
捕縛者に事情聴取すると、やはり指揮を執っていた者はトレバ皇国の地方貴族で、軍の手を逃れて地方を転々としていたらしい。
知己を頼って隠れ家や金品の支援を受けながら逃走していたが、その継続には無理が来てしまい、食べる物にも困る状況だったと言う。僅か百騎余りの手勢でスーア・メジンを占拠するなどと考えていた訳ではなく、襲撃に見せかけた略奪を目論んでいたようだ。
それで当面をしのぐつもりだと貴族の供回りの者は考えていた。しかしどうやら当の貴族には、「あわよくば」という思いが有ったようだ。中央を占拠し、声を上げれば叛乱軍を組織するのも夢ではないと思ったのだろうか? どうあろうと夢は夢で終わっていただろうが。
「君はあの残党が潜んでいるのに気付いていたんだな?」
守備隊が戦闘の処理をする傍ら、クラインが訊く。姉弟は馬車に戻ってエレノアやフィノに宥められている。
「さすがに確信は有りませんでしたよ。ただ、あんな危険地帯に潜むなど、まともな集団だとは思えませんでしたから当たりは付けていました」
カイが感知した位置は森林帯そのものでは無かったが、森に挟まれた狭い場所でとても集合場所には向いていない。そんな場所に居るとしたら大きな盗賊団かトレバ残党しか思いつかない。都市周辺という立地からして後者だと予想したと説明した。
「それはいい。だがその後はやり過ぎじゃないか? 二人の心の傷にならないといいが」
当然の懸念とも言える。
「クライン様はこの視察をピクニックに毛が生えた程度だと思っている訳じゃないでしょう?」
「当然だ。それなりの覚悟はしてきている」
「ではなぜ彼らにも覚悟が無いと言い切れるのです? 僕はきっと彼らにも覚悟が有って、全ての経験を糧にしてくれると信じています」
黒瞳は真剣そのものだ。ここにきてクラインは政務卿から聞いた彼の為人を実感する。
「しかし……」
「クライン様は甘やかされていたと自覚は無かったのかしら? 貴方はそれに不満は無かったの? なのに自分の子供には同じ事をしてしまうの?」
「う……、むう」
「ここからどう導くかが大人の役目だと思うわ。私達も手伝うから」
「そうだな。頼めるか」
モヤモヤしたものを抱えながらも二人が落ち着くまで待とうと、クラインはフランが淹れたお茶を口にする。
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