スーア・メジンの駒遊び

「ちょっと遊ぼうか? おいで、セイナ、ゼイン」

 そう言ってカイは一つの箱を取り出す。中には盤面に使用する布と、各種兵士を示す駒、都市や森林などのオブジェクトを表す駒などが入っている。


 これらはこの世界に於ける将棋の亜種のような遊びに用いる道具。特に升目などは無く、一手で移動できる距離などは同梱の定規を用いて測られる。

 移動方向の制限なども無く一見実践的に思えるが、実はこの遊戯盤は素人の遊びに興じられる事が多い。実戦では各部隊が有機的に結びつき合って初めて機能する為、一手一手という規則が伴う遊びは実践的ではないとされる。


 職業軍人は、もっと大きな盤に多彩な駒を用い、多数が集まって議論を戦わせつつ行い用兵を学ぶ。二人で行うこの遊戯は、やはり遊戯の域を出ない物として扱われている。それでも民間では興ずる者の少なくない人気の遊戯ではあり、カイも一組購入して持っていたのだ。


 彼はまず模式化された都市の駒を置き、ポンポンと森林の駒を筋状に置いて森林帯を表していく。それは誰の目にも高台から見下ろすスーア・メジン周辺の様子を模しているように見える。次に北側の街門の前に歩兵と騎兵の一団、それに対するように騎兵の集団を置く。

 それを見れば二人もピンとくる。実物を目の前にして、都市攻防戦の駒遊びに興じようというのだろう。攻撃側は森林帯の影から奇襲をかけ、防衛側は街門前に展開している図式だ。カイは二人に攻撃側と防衛側に分かれて駒を操らせようとしているのかと思った。


「君達が街を守るとしたら、これをどこに置くかな?」

 彼が差し出したのは騎兵の駒だ。それは騎兵の小集団を表している。

 どうやら対戦形式でなく、将棋で云う詰将棋、戦術考案を競う形式らしい。


「わたくしならここに置きます」

 年嵩の矜持か、セイナは早々と駒を受け取って一点に置く。

 それは攻撃側騎兵集団の後方、遊撃の動きと考えるなら最適と思える挟撃態勢が取れる。

「これはどうしてかな?」

「数的優位は攻撃迎撃双方に有りません。ならば挟撃態勢を取れば効果的に動揺を誘えます。攻撃側が後背を気にして消極的になったのを見ればおそらく迎撃側も押して出るでしょう。撤退をしないのであれば包囲に移れるのではないかと思えます」

 実に理路整然とセイナは自分の戦術を披露する。専門に学んだ事は無い筈だが、とてもそうとは思えない。

「おお!」

「これは……」


 近衛騎士団の面々からも感嘆の声が上がる。彼らにしてみれば、子供の遊びを微笑ましく眺めるつもりだったものが、自分達と同等の戦術眼を見せたお姫様には感服せざるを得ないだろう。


「驚いたな。堂にいったもんじゃねえか」

「ふふ」

 当然、兵法も学んだであろうトゥリオに褒められれば、セイナの鼻も伸びる。

「伊達にガラテア姉様の横で閲兵していた訳ではありませんのよ。わたくしは場を華やかにさせるだけの姫で終わるつもりもありません」


 兵の士気高揚の為に王太子一家で閲兵する機会は良くある。その折に兵の動きを観察していたのだろう。その演習を思い出して、こういう時にどんな用兵をしていたか記憶から掘り出したと見える。様々な場面で吸収してきた物を利用できる器用さは十分有る。


「この人達は悪い人?」


 模擬的に動かしていた駒を元に戻し、騎兵の駒をゼインに渡す。彼はジッとその駒を眺めていたが、目をパチクリさせると首を傾げ、攻撃側を指して問い掛けてくる。

 意識の向けどころに困っていたらしい。これをただの遊戯と捉えず、どんな状況で自分が何をすべきなのかで考え方が変わるのだろう。ゼインのようなタイプは時々で集中力が変化し、昼行燈のように感じられたり妙に冴えているような印象を与えたりするかもしれない。


「見方にも拠るけど、悪い人だと思っていいよ」

「うん!」


 今度はジッと盤のほうを見ていたゼインはしばらくしてポンと駒を置く。

 その位置に皆が「え?」と声に出してしまった。それは対峙している両部隊からはずいぶんと離れた位置だ。それこそ今現在いる位置より北に40ルステン480mほどしか離れていない。


「ゼイン。その位置の意味が解ってそこに置いたの?」

「うん、悪い人ならここじゃないとダメ」

「そう。じゃ、ゼインの一手で始めようかな? レグレシーン隊長、何騎かお借り出来ますか?」


 次に「え?」という顔をしたのはセイナとゼインだった。


   ◇      ◇      ◇


 カイは借り受けた二十騎の騎兵を下馬させると、馬を引いて付いてくるように言う。彼自身もパープルには乗らず、腰を低くしてゆっくりと移動している。メンバーはカイにチャム、トゥリオとハインツを始めとした近衛騎士二十騎。フィノは馬車近くに残ってもらっている。


 ゼインが駒を置いた位置近くまで北進すると、皆を待機させてカイは匍匐前進で丘陵を昇る。その位置はスーア・メジン北部の平地からは死角になっていた。丘陵が高くなっていて、下から見上げると丘の輪郭以外は見えないのだ。

 特に止めなかった所為か、チャムとトゥリオ、ハインツが着いて来ていた。低い姿勢を指示したままそっと平地側を覗く。しばらくそのまま見ていると、百騎近くは居ようかという集団が森林帯から走り出してきた。


   ◇      ◇      ◇


「ちょ、ちょっとカイ兄様! どういう事ですの?」

 突然騎兵を借り受ける算段を始めたカイに、セイナは声が裏返りそうになるほど驚いていた。

「ごめんね、セイナ。君の一手も悪くないんだけど、今回はゼインの手のほうが面白いかな?」

「そうではなくて、意味が解りませんの。今やっていたのは遊びなのですわよね?」

「ん? 違うよ。まあ見てたら解るから」


 そんな遣り取りがあって出掛けたカイ達。有無を言わさず騎兵を借りた彼は指示もそこそこに北に向かって行った。それが五詩30分ほど前の話だ。

 セイナ達の位置からは何とかカイ達の様子が見える。移動を終えた彼らが様子を窺っている方向を見ていると、森林帯から一団が走り出てくるのが確認できた。


「えっ? え ── !」

「姉様、本当に来ちゃった……」

 姉弟はもう驚愕を通り越して絶句する。

「気付いていたのかね?」

 クラインがフィノに問い掛けると、彼女はコクンと頷いた。

「カイさんが広域スキャンを使った時に、あの森林帯に潜む一団を感知したんです。どうされるのかと思ってたらあの遊びを始めてしまって……」

「それでこの状況か。結構長い付き合いになるが未だに彼の行動が読めん。何を考えて我が子達にあんな事をやらせるのか?」

「それは本人に聞いて下さらないと解りませんけど、たぶん状況判断の訓練ではないかと……」

「わ、わたくし達が考えた方法で対応なされようとするなんて無謀です」

「あら仕方ないわねぇ」


 エレノアだけがコロコロと笑っている。


   ◇      ◇      ◇


「あれに気付いてたのか?」

「ええ、もちろん」

 ハインツは顔を顰める。相変わらずやりたい放題の友人には呆れるしかない。

「どうするんだ? 迎撃するのか?」

「それは守備隊がやりますよ。さっきの駒の配置を見ていたでしょう?」


 スーア・メジンにもホルツレインが派遣した守備隊が駐屯している。彼らの任務は街の治安維持協力と、トレバ残党による襲撃からの街の守護だ。

 見張り台から見通せる距離を騎馬が駆け抜ける時間が有れば、彼らは詰所から飛び出し隊列を整えて迎撃に十分移れるように訓練しているのだ。


「ぶつかったら私達も動くわよ。準備、準備」

「戻らなきゃいけねえのか……」

 身体の大きいトゥリオは匍匐前進に苦労したようだ。


 彼らは攻撃に移るべく後退するのだった。

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