新領視察開始

 王太子一家が自領に向けて旅立ったのはが改まってからだった。


 新輪新年という一般市民に城門が開放される数少ない機会に於いて、王宮の謁見テラスの国王その人の口から旧トレバ新領が王太子に賜られるのが発表され、早々に王太子一家が直接視察に出向くと伝えられる。

 市民は驚愕に声を上げ、不安を口にする者も少なからず居たが、近衛騎士小隊及び魔闘拳士パーティーによる護衛が発表されると、安堵と歓喜の声がないまぜになった変わった大歓声が上がる。


 新輪しんねん祝賀晩餐会ではアルバートの前だけでなく、クラインの前にも長々とした列ができ、先をこぞって地方貴族や大商人が贈り物や祝い金の山を作り上げる。それはもちろん王太子領を市場と見込んだ投資なのであるが、耳の早い大貴族や有力商人はそんな手続きなどとうに終えている。

 そんな流れが有ったので、王太子一家は晩餐会の間中、対応に追われたのであった。


 その傍ら、民間のパーティー会場に使用されたり劇場に転用されたりする大ホールを借りたカイは、そこに託児孤児院の子供達を皆集めて、豪華な食事を準備した新輪しんねん祝賀懇親会を開いていた。

 晩餐会の混乱を見越した彼らは特に参加の理由が無いのを盾に回避していたのだ。セイナやゼインには文句を言われたが、注目を浴びるのは間違いない状況でそれに応えるのも両親の為と説得されている。


 懇親会には院の職員もルドウ基金の職員も参加できる者は招待されており、料理もとてつもない量が用意されていて子供達が想像していた食事会の範疇を遥かに超えていた。最初は緊張してそれぞれに固まっていた子供達も徐々に打ち解け、共に騒いだり遊んだりする姿が見られ始める。

 この頃にはカイは全ての院を訪問しており、皆がその顔を覚えていたので引く手あまたであった。チャム達も顔見知りは多く居て、あっちこっちと手を引かれ一緒に騒いだ。ここぞとばかりに散財したカイは、その甲斐が有ったと感じている。


 こうして子供達にとっても楽しい新輪しんねんになる事を彼らは願ったのだった。


   ◇      ◇      ◇


 旧国境までの街道は商人が行き来する程度の頻度であったものが、新領への主要街道に変化してしまった為、急速に整備が進んでいる。それらの作業を行う作業員の需要も有って宿場も点々と増設されつつはあるが現状は十分とは言えないだろう。


 その街道を、宿場町を渡るように急がず王太子一行は進む。クラインは作業員の宿泊のほうを優先するよう意見はしたが、警備上の視点で却下され宿を取りつつの旅路となる。

 現実には彼らが部屋を取るような高級宿には作業員達は用が無く、そんなところに金を使うくらいなら酒をあおるのがオチで影響はない。

 

寄る町々では首長の挨拶を受け歓待の宴の誘いもあるのだが、その全てを断っている。旅慣れぬ彼らにはそのの疲れを睡眠で解消出来なければ次の日に影響が出てしまう。

 カイの作った枠組みシャーシに、王国お抱え技師が技術の粋を投入した馬車は疲労を感じさせるような仕上がりではなかったし、例え疲労が残ったとしても馬車そのものに横になれるような設備も整っているので問題無いのであるが、クラインは今後の事を考えて安全策に走っている。


 そうこうしている内に順調に旧国境を臨むところまでやって来た。

 そこには関の名残が残っており警備兵駐屯所も有る事は有るのだが、彼らの役目は各種犯罪への抑止力であり往来での問題への対応が主任務で、特に通行者を制止するような事も無い。一行は街道の両側に立ち並び敬礼をする警備兵に見送られて旧国境を越える。


 そこを境に大きく風景が変わる訳ではない。魔獣の脅威度もそう変化は無く遠景に見かける時もあるが、剣呑な雰囲気を漂わせている近衛騎士達を怖れて近寄ってくる事は稀だ。襲ってきたとしても騎士達に即座に倒されてしまう。

 問題が有るとすれば、すぐさまやって来て皮を剥ぎ始める冒険者達の方だろう。彼らは非常に手際が良く、そんなに時間は掛からないのだが、その度に停止してしまう進行に苦情を口にする騎士も居る。しかし同僚のハインツに、彼らはそういう習性の生き物だと説得され、クラインは何も言わず王孫方に至っては都度観察に向かうとあってはそう強くも意見出来ないのであった。


 旧国境からそう距離の無い町村は既に復興を終えようとしている様子まで見て取れた。

 旧体制による搾取は苛烈であったと思えるが、戦後にすぐさまクラインの出した「日常生活を守るように」という布告が大きく作用していると思われる。耕作地が本来の力を取り戻すまでは数の時を要すると考えられるが、当座の生活に困りそうな様子は見られずクラインは胸を撫で下ろす。

 何より民衆からの叛意が全く感じられないのが重畳だと彼らは思っている。基本的に表情から歓迎の意が汲み取れるのだ。隠すのが下手な子供達でさえ明るい表情で遠慮なく近付いてくる。それが懸念が懸念で終わった事を示していた。


 おそらく旧体制下での締め付けはあまりに厳しく、彼らは内に大きな不満を燻らせていたのであろう。それを取り除いた上に、潤沢な物資で生活を支援してくれる新たな為政者に好意的な意識が芽生えたとしても妙な話ではない。

 結局のところ、民衆に愛国心や忠誠心を植え付けるのは教育であり、それさえ行っていなかった旧体制の怠慢が原因だと言える。教育を利用せず、強権のみで作り上げた集団は脆い。それがあからさまに表れただけなのだろう。


 クラインはカイ達との話の中でそう結論を下したのだった。


   ◇      ◇      ◇


「スーア・メジンだな」

 街道を辿ってきた一行は、栄えた都市を臨む場所まで到着する。そこは丘の上で、高台からは都市の様子がよく見えた。

「立派な街ですのね?」

「ああ、ロアジン解体を考えた時に移住先候補として少し調べさせた」

 エレノアの疑問に答えたクラインは、その都市の事を知った経緯を語る。

「街道上の交易都市として栄えてきたらしい」

 スーア・メジンはクラインが言うように交易都市だ。ロアジンまで馬で二という距離は物資の集積に程良い距離と言えよう。


 国の主幹都市、この場合ロアジンには当然物資が集まってくる。巨大な人口を支えるには大量の物資が必要だ。

 しかしそれを際限なく受け入れていては無駄に膨張ばかりして制御不能になり、機能不全を起こしてしまう恐れがある。かと言って物資の流入をあまり抑制するのも問題がある。物資を拡散集積していると、有事の時にすぐに取り寄せる事が出来ない。その為、主幹都市には物資を集積しておく衛星都市が必要になってくる。

 物資の一時集積保存を行い、交易の要所として機能し、無駄に膨れ上がる人口を拡散抑制し、街道利用者の休息地となる。そんな衛星都市が主幹都市には必ず存在する。それがスーア・メジンのような都市だ。


 スーア・メジンでの数滞在を決めていたクラインは、そのまま街に入るよう指示を下そうとしたが、先行する冒険者が動かない。カイの右腕にマルチガントレットが装備されているのに気付き、危険が迫っているのかとも思ったがそれはすぐに納められた。

 何かを話し合っている様子を見せるているものの、都市内に異常が起こっているようには見えない。セネル鳥せねるちょう達が踵を返して馬車に近付いてくる。パープルを降りたカイは笑顔を見せたまま、奇妙な事を言ってくる。


「ちょっと遊ぼうか?」

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