裏方の奮闘
「ディムザ陛下、お待ちを!」
マンバスは慌てて声を張り上げる。
「偽の指令を掴まされている可能性がございます! キラベット将軍を疑うのは早計かと!?」
「今、俺も気付いた」
ディムザも盛大に顔を顰めている。
「今朝からどのくらいの伝文の遣り取りがあった?」
「なにぶん正確さを必要とする作業ですので、ぎりぎりまで訓練を兼ねた最終試験をしていた筈です」
「やられた。解読されたぞ、暗号」
二人は同じ結論に達する。
「暗号符丁を切り替えろ! すぐにだ!」
「はっ!」
待機中の伝令員が走る。
「マンバス、次が解読されるまでに取り返す。頭を切り替えろ」
「御意!」
これまで見せた戦術の延長線では読まれてしまう。
冷静にと自分に言い聞かせつつ、副官は急いで戦術を立て直す。
◇ ◇ ◇
【閣下、帝国正規軍は暗号を変えてきました】
遠話の相手はゼプル情報局長ウェズレン・フィフィーパである。
「やっぱり気付いちゃいましたね?」
【想定なされた時期ではありますけど】
カイの遠話器は彼女に繋ぎっ放しになっている。
赤燐宮で解析に掛けられた伝送装置の仕組みは完全に解明されている。その上で傍受用の専用装置が作り出され、数台が準備されてそれぞれに情報局員が選任されていた。
傍受班の班長をウェズレンが担い、全体を統括している。イグニスやモイルレル、ウィクトレイ、チャムやフィノが遠話を繋いでいるのも傍受装置の担当情報局員である。
ベウフスト軍が最初に一瞬退く気配を見せたのもカイの指示だ。傍受を悟らせないよう思い込ませる為の仕掛け。青年からウェズレンを経由して情報局員に指示が飛び、それがイグニスに伝えられている。
この命令攪乱戦の要となっているのがカイであり、それ故に彼の担当が統括のウェズレンなのだった。
赤燐宮を中継局にして、西部連合軍の全体が容易に連携できる状態になっている。情報局はこの戦闘の裏方として奮闘していた。
【お待ちください。すぐに解読しますので】
情報局長は事も無げに言ってくる。
「じゃあとりあえず攻撃は緩めますから」
【大丈夫ですよ。あっという間に終わらせて見せますから~。閣下がご教示くださった暗号解読の手引書がありますので】
カイはディムザが伝文の暗号化を考えるところまで読んでいる。タブレットPCで調べ得る限りの暗号に関する知識を文書化して情報局に託してあった。
そこから作り出された手引書が存在するのも確かだが、それを即座に習得して運用出来る彼女も非凡だと言えよう。人格的には多少の問題があれど、極めて優秀な人材なのである。
【はい、終了しました。次のご指示をどうぞ】
促されるも、すぐにとはいかない。
「少し待ってくださいね。相手の出方を見ないといけませんので」
【美形がいたら捕虜にして連れ帰ってくださいね? 結婚してくれるかもしれませんから!】
「ウェズレンさん、戦場にゼプルやエルフィン以上の美形など期待しないでください。残念ですが」
青年は苦笑を返すだけだ。
【ちぇっ!】
「いじけなくとも、今度帰った時に貴女の優秀さを声高に主張してあげますから」
【頑張ります!】
非常に良い返事だ。
(申し訳ないけど、それが女性的な魅力に繋がるかどうかは不確実なんだけどね?)
青年は胸中で零した。
◇ ◇ ◇
ここまではカイの率いる高速機動部隊に対し、ディムザの直轄軍から二万の騎兵を割き、防御用魔法士を通常の二倍付けて対応させている。その間にキラベット軍で、二隊の打撃型機動部隊を消耗させる作戦だったのだ。
カイの戦術は往々にして、高速機動部隊の魔法を用いた攪乱からの打撃戦力の投入であった。なので機動戦力を別動隊で釘付けにし、打撃戦力に大戦力をぶつけて削り取っていく算段である。
作戦を効果的にするには相互の位置取りが重要であり、ディムザは微調整をすべく集中していたのだが、キラベット軍は指令通りに移動しないばかりかカイの機動戦力を窺おうという気配さえ見せた。これに対して彼は怒りを露わにしたのであるが、副官の陥った状況を見れば戦場に偽命令が飛ばされている可能性に思い当たった。
(それほどか、君は。やってくれる!)
裏をかくカイの策に彼は臍を噛む。
(だが、いくら君が優秀でも戦闘の最中にそれをやるのは無理があるぞ? どれだけの情報を……、そうか、赤燐宮か! あの役に立たなかった外交部の男は情報専門部局の存在を匂わせていたな。そこで処理させているのか)
(あの婆め。神使を本気にさせてくれやがって! どこまでも足を引っ張りやがる!)
神使女性誘拐の件がここまで波及していると感じてしまう。
(駄目だ。責任追及にかまけている場合じゃない。頭を切り替えろ)
戦況を睨む。
伝送馬車を随伴させるのが難しい騎馬隊は普通に信号旗で動かしている。そちらの位置を変える事で相対位置を調整した。一時的な対策にしかならないが、当座は誤魔化せる。その間に暗号符丁を切り替えさせた。
(よし、何とか立て直せた)
キラベット軍は彼の思い通りに動き始める。
(今の暗号符丁がどれくらい持つかは分からないが、
準備させた暗号符丁はまだまだある。尽きるまでに勝負を決めてしまえば良いのだ。
「なっ!」
思わず声が出てしまった。
打撃戦力二隊に向かっていたキラベット軍が、反転してザイエルン軍の救援に向かおうとしている。急激な転進は隙を生み、チャムとトゥリオの打撃戦力によって大きく崩されつつあった。
(馬鹿な! もう解読されただと!?)
符丁を変えてから
(恐るべき早さだ。これでは何度符丁を切り替えてもその都度命令が滞り、用兵になどなるものか)
迷えばそれだけ崩されるが、ここで誤った決断を下せば後々まで大きく影響してしまう。
(将軍達に作戦の流れに沿った命令だけ実行するよう伝えるか? 彼らとて戦場で功を成してのし上がってきたつわものばかり。やってやれん事はないだろう。だが、不確実な要素が混じってしまう。カイを相手にそんな状態は明らかな隙でしかない。通用するものか)
そうしている間にもキラベット軍は無理な転進を続行し、打撃戦力に削られ続けている。直轄の騎馬隊も機動近接戦闘に持ち込まれて消耗を強いられている。細かな操作など不要の属性セネル騎兵相手では分が悪い。
ザイエルン、ルポック両軍もマンバスが懸命に立て直そうとしているが、それに呼応するように展開するベウフスト軍とジャイキュラ軍に挟撃されるような形に持ち込まれつつある。それも当然だろう。何しろこちらの命令は敵方に筒抜けである。先回りして動くのなど造作もない。
(どうもいかんな。このままでは西部連合軍の思い通りに翻弄されるだけに終わる。諦めざるを得ないか)
内心でははらわたが煮えくり返る思いだが、ここは冷静な対処が必須な場面だ。
「マンバス、伝文による命令系統を捨てるぞ。信号旗のみに切り替える」
彼の決断に副官は驚いて顔を上げる。
「そんな! それでは陛下の御下知が正確に兵に伝わりません!」
「捨てると言った。このままじゃジリ貧だ」
「くぅ……、仰せのままに」
マンバスは悔しげに俯く。
「しかし、どうやって周知なさるのですか? その伝文さえ偽情報で上書きされかねません」
「一度分けて再始動する。
「お使いになるのですか? ……分かりました」
副官は伝令員を呼び寄せた。
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