死の雨

 西方三大国の軍がロアジン周辺に集合した翌陽よくじつそのは、雲の間から時折り晴れ間の覗く天気。東から西に結構な速度で雲は流れていく。もしかしたら雨になるのかもしれない。そんな気配が漂う空模様だった。

 三者三様に戦支度が済んだ頃、ホルツレイン軍から一騎が進み出てくる。ホルツレイン・トレバ両軍の中ほどまで進んだところで、トレバ側からも一騎が飛び出してきた。


「今時一騎打ちを所望とはこれ愉快! その挑戦、このトレバ王国神聖騎士団長バンフリートが受けようぞ! 名乗れ!」

「マルチガントレット」

「ほう? 名乗る気無くばこう呼ぼう、銀爪の魔人よ。いざ尋常に勝負!」


 パープルから降りてマルチガントレットを装備し交戦の構えを見せるカイに、長大な剣を抜いたバンフリートが迫る。大上段から斬り下ろす大剣はその質量だけでも人を押しつぶす勢いだ。対して、らしくないほどに右拳を大きく振りかぶったカイはそのまま打ち抜くように右ストレートを放つ。

 マルチガントレットはバンフリート大剣をいとも簡単に打ち砕き、勢いも殺さぬまま彼の兜に突き刺さる。その場で縦回転するように倒れ伏したバンフリートの兜の隙間からはダラダラと血が流れだしていた。

 カイはその兜を掴むとズルズルとバンフリートを引き摺りながらトレバ軍に近付いていく。主力と言える中央一万は声も上げずにその様を見つめている。


 トレバ軍は、後方に位置する近衛を含む本隊一万、左翼一万、騎士団を中心とした主力の中央一万がホルツレイン軍に対峙しており、右翼の二万足らずがフリギア軍側に向く変則的な陣形を採っている。二正面になるので本隊は戦況に応じて暫時投入する戦力なのだろう。対峙するホルツレイン軍は中央二万、両翼一万ずつのオーソドックスな陣形だ。フリギア軍は一隊による方形陣を敷いている。各個撃破を恐れたのだろうと推測出来る。

 しかし、未だどの軍も動いておらず、五万足らずの前に居るのはカイ一人だけだ。


 そのカイが空中に短文で光述した。それは風の拡声魔法だった。

「トレバ軍に警告します! 直ちに武装を放棄して投降しなさい! さもなくば無駄に死者を増やす事になります! 決断を!」

 ただ一人で出て来て何を言うかと思えば降伏勧告でもなく「投降せよ」だ。トレバ中央軍からは失笑さえ漏れ聞こえてくる。彼らから見れば一人で何が出来るのかという思いだ。


 クラインは不安に押し潰されそうになっている。カイが強硬に主張したので時間を与えて送り出しはした。だが、何かと思えば彼は一人で敵主力と対峙している。

「カイは何をするつもりなんだ?」

「さあ、解らないわ。でもあの人が何も目算無しで動いた事は無かったかしら?」

「しかし、彼は以前、対軍団魔法は使えないと言ったぞ。確認した事が有るのだ」

「私も彼が大規模魔法を使うのは見た事無いわ。使えないとは聞いていないけど」

「じゃあ何を……」

「見てましょう。あの人が何をするのかを」


(要はイメージの問題)

 カイはバンフリートを放り出すと、パープルにも下がっているように合図する。


「キュウ?」

「大丈夫だよ」

 左手を横に差し出して頭の中のイメージを空間に投影するよう念じる。


(仮想導線を形成)

 左手から輝線が伸び始め、極めて大きな円弧を描き始める。直径35ルステン400mの正円を描いて中央一万を飲み込んだ輝線は、彼の頭を飛び越えて螺旋を上空に伸ばしていく。


(接地)

 左手の輝線の根元が大地に伸びて突き刺さる。


(空間電荷を誘引)

 十周余りも螺旋を描いた輝線は或る一点から遥か上空へ伸びて行った。そこには多くの雲が有り、静電気でイオン化した分子も多数存在していた。曇って居なければさらに高空を目指さねばならなかったが、このは運良く曇っていたのだ。


(金属を励起。磁化)

 仮想導線を電子が走り、輝線のコイルが強力な磁界を発生させ、内部空間の金属を磁化し始める。


「一体何なんだ、あれは」

 クラインにはその作業が何を示しているのか解らない。その場に居る全員がその思いを共有していて、動く者はほとんど居ない。僅かに螺旋の内に居る者が輝線に触れて軽く感電し、仲間に警告を送っているくらいだ。

「何なんでしょうね。う……ん? 何か始めたわ。雷撃光述ね」

「閉じ込めて全員に魔法を放つ気か?」

「そんなに強い物じゃないわ。使用魔力にも拠るけど、直撃させないと死には至らない程度よ」


(接地解除)

 地に刺さっていた輝線が掻き消える。


射出シュート!)

 カイがマルチガントレットの右手の指で光述していたのは、チャムの言う通り雷撃魔法。それを完成させると彼は指で輝線に触れ、高電流を流し込む。

 すると最初は細かい金属製品が舞い上がっていった。


「おい! 何だ何だ!」

「うお! 身体が浮く!」

「剣が飛んで行った!」

「ちょっと! 誰か!」

 次の瞬間、強力に発生した回転磁界により、金属鎧を着けた者がポーンと舞い上がる。


 カイが作り上げたのは、砲口を上に向けた電磁投射砲だ。それは磁化した金属を上方に打ち出すように形成されていた。


 4ルステン48mは上空に打ち上げられた全身鎧兵達は、電力を上空に放出して磁力を失ったコイルの中へ落ちていく。いくら全身鎧を装備しているとは言え、その高さから自由落下すれば生きてなどいられない。湿った衝突音を立てて瞬時に命を失っていく。

 だが、軽鎧を装備していた者はそれほどに打ち上げられなかった。1ルステン12mくらいまでの高さから落下した者達の内には、打ちどころ悪く墜落死した者も居るが、大概は骨折か、運が良ければ捻挫程度で済んでいる。


「一体何だったんだ、今のは」

 それらの者は負傷に呻きつつも身体の具合を確かめている。

「おい、そっちはど……、ぐはっ!」

 同僚の無事を確かめようとしたトレバ兵は背中から剣に貫かれ、大地に縫い付けられるように絶命する。


 最初期に打ち上げられたのは金属製品だ。そのほとんどが刃物である。

 戦場に出る兵は剣だけを携えている訳ではない。長剣を主に使う物でも、予備に小剣を帯びていたり、身体の各所に短剣ナイフを仕込んでいたりする。個人の主義によるが、中には六本以上もの刃物を帯びて戦場に赴く。

 単純な金属製であるそれら全てが打ち上げられ、上空12ルステン144m以上の高さにまで達し、一度静止状態になってから自由落下してくる。そして、負傷でまともに動けない兵達に降り注いできたのだ。


 それはまさに死の雨だった。

 下に居る者全てに等しく死をもたらす雨だ。


 或る者は足にナイフが突き立ち、動けなくなった身体を引き摺る内に胸に剣を受ける。

 或る者は落下してきた長剣を咄嗟に躱したが、安堵した途端に頭に小剣が突き立つ。

 或る者は近くに落ちた金属盾を拾おうと地面を這いずる内に、背中に多数のナイフを生やしている。


 地上は阿鼻叫喚の坩堝るつぼだ。悲鳴と怒号に支配されている。だが、それも時間を追う内に収まっていった。そこに生者がほとんど居なくなったからだ。


 静電気を放出した上空の雲は、集合を解かれて薄く消え去っていく。眩しい陽光が大地を照らす。

 真っ赤に血塗られた大地を。


 そこにはただ、魔闘拳士だけが静かに佇んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る