ロアジンの決戦
誰もが息を飲んだ。
確かに対軍団魔法と呼ばれる大規模魔法は存在する。しかしそれは千単位の人間を負傷させ、中には死者も出る類の魔法だ。つまり通常使用する魔法の威力・範囲を拡大させたものと理解していい。
カイの使用したものは違う。根本的に考え方から違う。これは設定した範囲の中に存在する全ての生命を奪う魔法だ。戦術的に言えば有用性は高い。だが実現は困難だと言える。魔法の構成がイメージに大きく左右される以上、人の中の倫理がそれの邪魔をする。彼の中にそれが無い訳ではない。ただ彼の魔法は仕組みから組み立てる種類のそれだからという理由に過ぎない。
しかし他の人間にはそれが容易に理解出来ない。だから思ってしまう。それは天災に近いものだ、と。
(これは神槌だ)
トゥリオはそう思った。
(そうでなければ魔王の
「これ……は、違う! 人が使ってはならないものだ!」
「黙りなさい!」
トゥリオの頬を鉄拳が襲う。
「あんたは何を見たの? あんたは何を聞いたの? あんたは何を知ったの?」
刺すようなチャムの瞳が問い掛ける。
「あんたは何をやってるの?」
そう言うと彼女はブルーに跨る。
「私はあの人をあそこに一人になんてしないわ! あんたみたいに彼を魔王になんてしない!」
すぐさま駆け出す。
「私は仲間だもの!」
「はい!」
イエローの背に乗るフィノも続く。
「うるせー! 当たり前のこと言うな!」
ブラックに促されて騎乗したトゥリオもそこへ向かう。
仲間の元へ。
◇ ◇ ◇
「馬を出せ! 私も行くぞ! 今がその時だ! 止めるな、ハインツ!」
「お供させていただきます!」
軍装に身を包んでいたクラインは軍馬に跨る。熱に浮かされた訳ではない。行かないといけない気がしたのだ。今は追いすがらねばならない。そうしないとエレノアに、家族に一生恨まれてしまう。今、それが出来るのは自分だけだ。
「情けないさね」
自分が戦場に居るのに、軍本営を空にするような真似をする事なんて無いと思っていた。それはつまり総員で戦わなければならないギリギリの戦場だ。自分の指揮でそんな戦場を演出するなど屈辱以外の何物でもない。
だが、今は行かねばならない。そこまでしなくても良いのは分かっているのに、行くのが正しいと頭の中で何かが囁いている。こういう時はそれに従わないと必ず後悔するのだ。それが解っているガラテアは前線に身を躍らせる。
「征くぞ、メイネ」
「はい! お父様!!」
最初に崩れ立ったのは、対峙していた農兵達だった。口々に悲鳴を上げながら散り散りに逃げ去っていく。それを呆然と見送った後、意識がやっと正常に働き始める。そこに露わになっているのは魔闘拳士が作り出した戦場だ。そこまで見事に道を作ってもらっているのに、進まないのは武人の名折れだ。今こそその腕を奮うべき時。ドリスデンは獣のように笑うと愛娘に一声掛けて立ち上がる。
◇ ◇ ◇
目の前には命で彩られた赤い絨毯が広がっている。
そこを進むのを躊躇わない。そう決めたのだ。
戸惑えば、躊躇えば、簡単に零れ落ちて行ってしまうから。大切なものが、大切な人が。
パープルが身体を摺り寄せてくる。その背に乗れと言ってくれる。
「行こうか?」
「キュッ!」
「ちゅいっ!」
(甘えているな。覚悟が足りない)
両腕に力を込める。もう絶対に失わない。あの日の気持ちを忘れない。
「何をぐずぐずしてるの? 行くわよ!」
思いがけないほど綺麗な笑顔が背中を押してきた。
「追い抜いちゃいますよ、カイさん!」
「ずいぶん呑気じゃねえか。ここがどこだと思ってんだよ!」
ピンクの鼻の下の犬口が笑いを象って、無駄に端正な形の眉が逆立ち、追い打ちを掛けてくる。
「えー、待っててあげたのに酷いよ」
潤んだ瞳に溜まったものなんてすぐに乾く。振り返ればそこに大切な人達が居るから。
「進めー! 私に続けー!」
「出過ぎです、殿下ー!」
「行くさね。突撃ー!」
「我らが勇士よ! 剣を取れ!」
「エントゥリオ様! 参りました!」
一時の静寂が嘘のように怒号が戦場に響き渡る。
◇ ◇ ◇
トレバ軍も侵攻作戦を重ねてきただけ実戦経験者が多い。
いざ戦うとなれば立ち直りも早く戦列を整えてきた。そこへ襲い掛かる冒険者を先頭にしたホルツレイン軍とフリギア軍。
「
牽制に飛んで来る魔法は
前列の
その次は騎馬同士の戦いになる。金属の打ち合う音と戦士の咆哮が戦場を支配する。混戦模様に見えるそれだが、この戦いには法則性がある。なぜか駆け込んで来たほうが有利なのだ。物理的勢いはすでに失われているのに、心理的勢いと言うものはかなり余韻を残すものらしい。振りかぶった剣が、引き絞ったランスが、受け手の盾も何もかもを粉砕していくのだ。
騎馬の層が薄くなってきた。その向こうに本隊の防御歩兵隊と近衛騎馬隊が見えてくる。
前を塞ぐ騎士の騎馬の首にパープルが食らいつく。忘れてはいけない。セネル鳥は肉食獣寄りの雑食性なのだ。乗用に慣らされた馬など彼らにとって餌なのである。ムシャリと食い千切った肉を目の前で咀嚼されると、他の騎馬も怯えを隠せなくなる。そして乗り手の指示を拒んで馬首を巡らせようとし、見せた横腹に
その驚異的な戦闘力に騎士達は戦力を集中しようと動くが、そこに上空から無数の
そうして残っていたトレバ軍左翼一万はホルツレイン軍とフリギア軍に押し包まれていった。
戦力を暫時投入していたトレバ軍本隊はその数を五千にまで減らしている。
敵主力を切り抜けたカイ達はここでパープル達から降りた。セネル鳥が邪魔になったのではない。大盾を並べている本隊の防御歩兵に対するには、騎乗しているよりは彼らにも自由に戦ってもらったほうが有利だからだ。それにこの状況からはむしろフィノの独壇場になる。
まず狙うのは大盾の列に
「
防御歩兵は大地から突如生え突き出した爪に腕と言わず足と言わず胴体と言わずに貫かれ、バタバタと倒れて伏す。
「
「
次々と襲い掛かる魔法に彼らは地に伏し、呻くだけの存在に変わってしまった。
丸裸にされた敵本営からは一部の近衛騎士が駆け出してきた。
機動性を活かそうとするが、その前にセネル鳥が立ちはだかる。素早く駆け回って噛み付き蹴り付けてくるセネル鳥に攪乱される近衛騎馬隊。分断されればホルツレイン騎兵に取り囲まれる。厄介なセネル鳥を潰そうとパープルの背後に回り込んで剣を翳すと、正面から多数の
その背には唸りを上げるリドが待ち構えていたのだ。状況はもう掃討戦と言っていい。
「銀爪ぉぉ ── !!」
怒髪天を衝く形相で怒号を発し、クアルサスが剣を抜いて駆け寄ってきた。カイは待ち構えているが、その首が高々と宙を飛ぶ。
「忘れてもらっては困る」
聖騎士ルーンドバックは長剣の血を払って鞘に納めた。
トレバ全軍は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます