闇の向こう

 皇王ルファンを始めとした重臣達は捕縛した。戦場処理もそのの内に終わり、夜には少し多めの兵量の配分と少々の振る舞い酒も配られ、軽く戦勝を祝う。

 ホルツレイン軍本営にはフリギア遠征軍の指揮官達も招かれて、酒宴の段になっている。


「完勝でございましたな、殿下」

「いやいや、スタイナー伯こそ見事な戦で侵攻軍を撥ね退けたと聞きましたよ?」

「それは数の利地の利で勝たせてもらったようなもの。我らが陛下の功績で有りましょう。殿下こそ、初陣にしてこの見事な戦果、ホルツレイン国王陛下も御自慢でしょうな」

「この度の戦争は互いの友好と情報ありきのものだった。両陛下の御英断による安全保障条約の下敷きが無ければこうも楽に戦う事など適わなかった筈。両国の連携による勝利と考えます」

「そうそう、それがしがしたのは最後の仕上げだけでございます。戦乱の世では無いのですから、武人の出来る事などより少なくなっていくので有りましょうな」

「いえ、卿のような方在ればこそ民は心安らかに暮らせるのですよ? そのように申されてはいけません」

 お互いの持ち上げ合戦の様相になってきているのは酒精の所為だろうか?


 戦闘状態が終了してからすぐにドリスデンは本国に連絡を入れている。国内に待機させている文官を呼び寄せる判断を託したのだ。本来であれば、今後行われるような交渉事は外務大臣本人が出向いて来なければならないだろう。しかし、遠話器の存在が外事政務官のトップクラスの派遣だけで可能にしているのだ。

 今後にドリスデンがやるべき事はその派遣されてくる政務官の警護及びホルツレインとの仲介役と、トレバ各地方貴族の捕縛の指揮になる。前者にはまだ陽数にっすうを要するし、後者は明陽あすにもガラテアと膝を突き合わせての協議の後の分隊編成となる。兵量の補給も本国に頼むか、ホルツレインの供出に頼るか本国の判断待ちだ。

 要するにドリスデンはそれほど忙しくないし、今後も忙しくはならない。それで盃を口に運ぶ手が捗ったとしても仕方無い事だろう。何より諫めてくれるはずのメイネシアが、冒険者達と旧交を温めるのに夢中で、こちらに注意を向けてない所為もある。


「ブルーちゃんも賢くていい子ですけど、うちのリシュも本当にいい子なんですよ。庭に出るとくっついて回るくらい懐いてくれてますし、馬丁さんに迷惑掛ける事なんて無いし、何でも美味しそうに食べていっぱいありがとうしてくれますし」

 最後のほうはよく解らなくなるくらい、うちの子自慢が始まっている。

「そ、そう…。良かったわね、いい子に出会えて」

「もうこれは運命なんですよー。何羽か引き合わせてもらったんですけど、見た瞬間にこの子だってビビビッてきたんです」


(恋人か!)とツッコミを入れたくなるような有様に、トゥリオもちょっと呆れ気味だ。

 昔から思い込みは強い子だったが、傾倒するとこうまでなってしまうようだ。当のリシュは、パープルを前にするなり、すぐさま服従のポーズを取っていたようだが、あれは目に入っていなかったのだろうか? 挨拶してるくらいだと思ったのだろう。自分以外に服従していると思ったら嫉妬してしまうだろうから、これは内緒にしておかねばならないとトゥリオは誓う。


 彼の隣では頬を上気させたフィノが一生懸命魔法構成理論に関して自分の思いをぶちまけている。複数起動や連続起動に関しては彼女なりの持論が有るらしく、それを熱く熱く語っているのだ。だが、酔っているのは間違いないだろう。フィノが手を取っている相手はリドなのだから。


 そう言えばその小動物の主人の姿がさっきから見当たらないな、と彼は嘆息を吐きつつ思う。


   ◇      ◇      ◇


 星空の下、黒髪の青年は暗闇を見通すかのようにじっと見つめている。こういう風にしている時は何か考え事している時だと彼女は知っていた。


「どうしたの? こんなところで」

「うん、ちょっとね…。メイネに捕まっていたんじゃないの?」

「トゥリオに預けてきたわ。スタイナー伯爵がいい感じに出来上がって来ちゃったし、介抱しなきゃいけないだろうし」

「みんな楽しそうで良かったよ」

「そうよ。皆が幸せになるの。あなたが歯を食いしばって耐えた分だけね」

 彼の懊悩などお見通しだ。

「…買いかぶりだよ」

「私相手に虚勢を張っても仕方ないってそろそろ解りなさい」

「はーい」

「ふふ。で、どうしたの?」

 見逃すつもりなどない。

「説明がちょっと難しいんだけど、何か見落としているような気がするんだ」

「ロアジンの事? 当面、経済と物流に関しては自治を認める方針で使者を送ったでしょ? それじゃ済まないくらい混乱してた? 前にあなたが言っていた何とかって人が仕切るんじゃないかしら?」

 カイが見つめていた方向から、チャムは彼がロアジンの事を心配しているのだと勘違いしていた。

「あー、そっちは何とかなると思うよ。まあ数陽すうじつ分の支援はクライン様にお願いしたし」

「違ったのね」


 彼女はチラと舌を覗かせて顔を顰めると、青年の視線が彼女に釘付けになった。


   ◇      ◇      ◇


「うん。前に話した嫌な感じが消えないんだ。何か…っ! マルチガントレット!」

 ドスンと地に突き立てる。


(気持ち悪いと感じているんじゃない! 感じられないから気持ち悪いんだ! スキャン!)


(掛かった! 接近してきている!)

 カイの動きに呼応するようにチャムも警戒態勢を最高まで上げている。盾を取り出して夜陰に向けて構える。


「感じられないわ!」

「気配の無いのが来るよ。目に頼って。もう慣れた?」

「何とかね」

 夜営も多い旅暮らしに慣れた彼らだ。夜目は鍛えられている。

「捕虜を集めた天幕のほうに向かってる。救出するつもりだ」

「冗談じゃないわよ」

 皇王ルファンを救出されて地方で軍を糾合されれば、また余計な死人を出さなければならなくなる。それは絶対に避けたかった。

「僕が前に出る。サーチ魔法で光条レーザー目暗撃ちするから、見えた分で狙い撃てる?」

「やってやるわよ」


 走りながら打ち合わせをする。正直、どこまでやれるかは解らないが、プレスガンはそう無駄撃ち出来ない以上、当てていくしかない。最悪、鉄弾を切らしても、木弾を当てれば動きくらいは止められる。接近戦に持ち込めば引けは取らない自信が有る。


「やるよ」

 青白い光が暗闇を裂く。複数の影が人間離れした速度で移動しているのが一瞬浮かび上がる。

 チャムには偏差射撃の知識など無いが、そのまま撃っても当たらないのは経験上知っている。未来位置へ向けて、数射する。

「ぐっ!」

 くぐもった悲鳴がが聞こえてくる。敵にとっても意外な攻撃だった筈だ。そこへカイの光条レーザーが集中する。

「ぐあっ!」

 押し殺しながらも断末魔の声だと解る。


「ぢっ!」

 何か金属を弾く音に続く苦鳴に反応してしまう。

「カイっ!」

「大丈夫。掠り傷。それより僕より前に出ちゃダメだよ。投げナイフが黒く塗られていて見えない」

「いやらしい攻撃ね」

 その後も同じ段取りを繰り返すが今一つ効果が無い。

「埒が明かない。時間稼いで」

「了解」

 チャムが光述を始めると、金属音が連続で鳴る。


(的になってる。急がないと)

 敵の想定相対位置から出来るだけ隠すように光述を続けるが、金属音は止まらない。


「耐えて……。今!」

 カイの両手から光条レーザーが閃き、敵の一団が浮かび上がった。

真空斬エアスラッシュ!」

 複数の真空の刃が範囲攻撃で何度も空間を切り裂くと、幾つもの悲鳴が聞こえて倒れる音が聞こえた。

 もう草を踏む音が聞こえなくなったのを確かめてからランプを取り出して翳すと、切り裂かれた死体が五つ転がっていた。

「お終い?」

「うん、たぶん。例の暗殺部隊ダインってやつかな?」

「そうね。暗器を使っていたところを…! あなた!」

 チャムはカイの身体に何本もナイフが刺さっているのを見て息を飲んだ。

「何で言わないのよ!」

「魔法が完成するまではね。毒は分解したから痛いだけ」

 そう言いつつ、顔を顰めながら抜き去っていく。

復元リペア。はー、痛かった」

 何でもない事のように言う彼を恨めしく見つめる。ずっとチャムの盾になっていたのだ。


「ちょっと休みなさい!」

 チャムは血だらけになっている身体を引き寄せて寝かせる。自分の膝の上に頭を置いて。

「ふー、役得役得」

 茶化してくるカイに拗ねるような声で言ってやる。


「馬鹿」

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