メイネシアとフィノ

 チャムの通報を受けて調査に走った兵が発見した死体は全部で七つ。長輪ながねん、トレバの脅威に晒されてきたフリギアには組織にも詳しい人間が存在し、該当する指揮官の一人に検分を依頼したところ、装備品などから暗殺部隊ダインの手の者だと判明した。

 元々、情報流出の観点からギリギリまで絞った少数精鋭の組織らしく、これだけの数のダインが集まる事は異例だと語る。彼の予想では、こういう場合を想定したオプションの一つを実行したのだろうという事だ。

 ダインには頭脳が存在しない以上、任務に全力を投入したのだと考えられるらしい。その前に二名の暗殺者に襲われ、処分したのを聞いた彼は、おそらくこれでダインは壊滅しただろうと言った。


 ホルツレイン軍では無敵と思われている魔闘拳士が負傷したのには動揺が走ったが、既に自力で治癒している彼がなぜか妙に嬉しそうにしているのでそれはすぐに収まった。


 カイはチャムとフィノに寄ってたかって引っ剝がされ、全ての傷を調べられたが、傷そのものは完治が確認されている。そのまま身体を拭かれて安静を言い渡された彼は大人しく毛布を被っており、チャムに膝枕をねだっては頭を軽く引っ叩かれている。それを見てフィノがコロコロと笑い、トゥリオもニヤニヤとしている。


 結局、彼が勝ち取ったのは短時間の膝枕とリドの添い寝だけだったが、十分満足そうな顔をしていた。


   ◇      ◇      ◇


 そんなちょっとした騒ぎが有ったものの予定されていた協議は続き、地方貴族捕縛を任務とした兵千名の分隊を、ホルツレイン軍が八つ編成して北側、フリギア軍が五つ編成して南側を担当する方向で決まる。これは随行していた千兵長クラスの指揮官の数が影響している。司令官を王太子が務め、周りをしっかりと固めていたホルツレイン軍は潤沢な人材を有しており、迎撃を主としたフリギア軍より余裕が有ったからと言えた。対してフリギアは、レンギアがロアジンに近い事も有り、西側に関しては本国からの分隊も派遣される運びとなっている。


 それとは別に皇城にも調査隊が派遣される。ロアジン内に関しては、マーファリーの指揮で各施設の制圧が済んでおり、彼を窓口として捕縛者の引き渡しが行われた。彼の報告では皇城に於いても暴動時の事と思われる略奪や暴行の痕跡も残っており、今後の治安維持を考えると両軍に管理をお願いしたいと申し出が有った。その要請に合わせた警備隊と内部の調査隊が派遣される形となっており、内部で発見された財貨や宝物を用いて当面の都市内で消費される食糧の調達を行う段取りになっている。


 司令官補佐という立場のスタイナー伯爵令嬢メイネシアであるが、そういった編成作業に於いては蚊帳の外になってしまう。彼女では指揮官クラスであっても面識が薄く、その為人を把握していない為に居てもあまり意味が無いのだ。

 そんな理由で身体が空いてしまったメイネシアはチャムを訪れ、剣の指導を受けている。


「かなり振れてきているわね」

 メイネシアの素振りがたてる音を聞いて、別れてからの彼女の努力を知る。

「最近は特にリシュと遠乗りに出る事が多くて、出先でも結構振ってましたから」

「これならカイとだって普通に組手出来るわよ」

 リシュを休ませている間は素振りに明け暮れていたと言う彼女に、チャムは一段上の鍛錬が可能だと言ってくる。

「魔闘拳士様とですか!? そ、それはちょっと格の違いが有り過ぎません?」

「もちろん本気出してくる訳じゃないから。私だって彼の力をどのくらい引き出せているか解らないのよ?」

「そうですか……。後でちょっとお願いしてみます」

「そうしてみたら。勉強にはなるから」

 そんな事を話しながら二人は軽く剣を合わせている。チャムだけは刃潰しの剣だ。この二人であってもそのくらいの実力差が厳然としてある。


「ところで……ね? フィノの事、気になってる?」

「あの獣人魔法士さんの事ですか?」

 チャムはちょっと気掛かりだったので、微妙な話題だとは思いながらも話を振ってみる。かたや寝食を共にする大切な仲間であり、かたや数少ない同性の友人である。この二人が恋愛の縺れなどで揉めてしまえば彼女の立場は難しくなってしまうのだ。

「わたし、魔法の事は疎くて。凄い能力の持ち主だとは解るんですけども」

「いや、そういう意味じゃなくてね」

 直截的な表現を用いるのは憚られて困ってしまうチャム。

「おう、やってんな。俺も混ぜてくれよ」


(しかも、何て間の悪い奴!)

 散歩に出ていたトゥリオが帰ってきたのだから事態は面倒臭い事になる。


「あ! エントゥリオ様。今、チャムとフィノさんの事を話していたんですけど、エントゥリオ様はフィノさんの事どう思っていらっしゃるのですか?」

「「!!」」


(きた ── ! 切り込んできた ── !)

 チャムは嫌な汗がドッと噴き出してきたのを感じる。


「どどどどどうって何だよ、急に! いや、その、あれだ、まあ、何て言うか、だろ?」


(下手くそか ── ! 誤魔化すの下手くそか ── !)

 思わず顔を手で覆ってしまうチャム。


「きちんと話してくださいまし、エントゥリオ様。何をおっしゃっているのか解りませんわ」

「えーと、ほら。そりゃ、……可愛いだろ?」


(お! ちょっと頑張ったし)


「ええ、可愛らしい方とは思いますけど、それって関係あるんですか?」


(家柄か ── ! 身分の違いで勝負する気か ── !)


「いや、そりゃ見た目だけって訳じゃないけど、そういうのって気になるもんだろ?」

「へー、エントゥリオ様ってそんな風に考える方だったんですのね。幻滅です」

「違う! 俺はメイネだって可愛いって思ってるぜ」


(引き留めに行った ── ! こいつ、自ら泥沼にハマりに行ってる ── !)


「べ、別に褒めて欲しくて非難した訳じゃありませんのよ! ただ、ちょっと心配だっただけで……」

「言い訳じゃないって! 本当にそう思ってるんだって!」


(小悪魔だ ── ! この娘、トゥリオを手玉に取ってる ── !)


「嫌ですわ。チャムの前でこんな話」

「まあ、そうだけども。振ってきたのはメイネじゃねえか」

「でも、それを言ったらチャムのほうが……」


(ちょ! ま! 飛び火! こっちに飛び火すんの?)


「いや、チャムは関係ねえだろ?」

「あら、そうですの?エントゥリオ様はタイプによって区別なさるのですか?」

「まあ確かにタイプは全然違うが、そういう問題じゃないんだってば」


(あ ── ! 止めて ── ! 巻き込まないで ── !)


「聞き捨てなりませんわ。可愛いければそれで良いっていう事ですの?」

「そうじゃねえよ! そうじゃねえけど、ひっくるめてみんな大事だって言ってるんだ」

「な! エントゥリオ様は女性をそんな風に扱う方ですのね?」


(ひゃ ── ! 修羅場なの ── !? 修羅場突入なの ── !)


「お聞きでしたか、チャム?エントゥリオ様は、女性は魔法技術に優れていようが剣技に長けていようが、容姿が秀でてなければ駄目だっておっしゃりますのよ?」


(そっちか ──── い!!)


「魔法とか剣技とかって何なんだ?」

「え!?」


   ◇      ◇      ◇


 その頃、当のフィノは、まだ寝床から出るのを禁じられているカイの傍で介抱兼見張りをしていた。

 時間を持て余した彼女が鼻歌を歌い始めたのを聞いてリドが踊り出す。そのリドの前脚を取って一緒にリズムを取り、上機嫌に歌い始めたフィノだった。


「踊るのは良いけど、僕のお腹の上では止めてもらっていいかな、リド?」

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