カイの○○事情

「あはははははははははは!」

 メイネシアはお腹を抱えて笑い出す。

「私がですか? 私がエントゥリオ様に懸想しているって言うんですの? あはは! 違いますよ」


(うわ俺めちゃくちゃ笑われてる? なんで? 何かにつけて文句を言ったり世話を焼きたがったりベタベタくっついてきたりするのに、俺の事何とも思って無いってのか? 解らねー、女心解らねー)

 自分で墓穴を掘ったきらいはあるのに、無駄に傷付いているトゥリオ。


「じゃあ、メイネにとってトゥリオは何なの?」

 ここまできて訊かない手は無い。ハッキリしておかないと無駄に被害者が出そうだ。

「エントゥリオ様ですか? 出来の悪い方の兄です」

 メイネシアはきっぱりと言う。

「幼い頃から一緒ですのよ。もう兄妹みたいなものです。実兄二人は優秀ですもの」


 彼女が言うには、二人の兄は国境警備隊に居るのだそうだ。上の兄は今回の捕縛任務の一隊を率いる千兵長の一人で、トレバ領内に派遣される事になっており、今回の任務を体よく熟せばその功績で陛下に仕える将の末席に加えられるだろうとの事。下の兄も遠くない未来に同じ位置まで登り詰めるのは難くない。それで三人目の兄はと言うと……。


「若い頃からの放蕩癖だけでなく放浪癖まであり、目を離せばどこかに飛んでっちゃいそうで見ていられないんですもの」

「出来の悪い兄……」

「あっはははははは!」

 今度はチャムが爆笑する番だった。

「全く、フリグネル王家の血はどこへ行ったのやら。それなのにお父様は甘やかしてばっかりで好きにさせておくようにっておっしゃって、わたしが首に縄付けて連れ戻さないといけないって思って」

「それであの距離感な訳ね」

「そうですよ。そんな手間しか掛からない人に恋なんてしません。大体、わたしはスタイナー侯爵家の娘ですのよ? いずれは武門の家同士の絆を強める為にどこかに嫁ぐか、将来性がある士官候補を侯爵家に引き入れる為に娶っていただくか、それはお父様が決める事です。どこかの殿方と恋愛して一緒になりたいなんてほとんど考えた事も有りませんわ」

 彼女自身は血の責務に前向きらしい。

「ドライねー」

「そもそもエントゥリオ様と一緒になりたいなんて思いません。わたしが何も知らないと思ってらっしゃいます? 以前はずいぶん下町で浮名を流していらして、デクトラントの落し胤おとしだねだなんて名乗り出る子が大勢出てくるんじゃないかと心配で心配で」

「心中お察しするわ」

「全くだねー」


 聞こえちゃいけない声が聞こえた気がして、トゥリオは恐る恐る後ろを見る。この声の持ち主は確かフィノに見張られている筈で、ここに居てはならない。聞こえたという事は当然もう一人……。


「居るしー!」

 カイの影に隠れて顔の地肌部分は真っ赤に染まっている彼女。

「いえ、あの、トゥリオさんも貴族様の御曹司なのですからそういう事有っても全然おかしくないのはフィノも解っていますから」

「寛容ねー。フィノは旦那様の浮気も少々なら我慢するタイプ?」

「それはちょっと……。自分の愛が届いていないのかと思って悲しくなっちゃいます」

 犬耳はいつもより垂れている。

「そうよねー。ねえ、メイネ?」

「そうですよね。下半身の緩い男性と添い遂げるなんてなかなかの苦行ですものねー」

「がはっ!」

 致命的な箇所にクリティカルヒットである。


「黙ってねえで援護してくれよ! 男の心理とか生理とかをよー!」

 身近な男性陣からの援護射撃の無さに悲鳴を上げるトゥリオ。

「えー、そんな事言われたって無理だよ。僕は女性経験無いもん」

「何ぃ!!」

「「あ!」」

「カイさん、それは失礼です。チャムさんもメイネシアさんもフィノだって女性ですよ? こんなに傍に居るのに知らないって……」

「フィノ! ちょ、ちょっとこっち来なさい!」


 一人だけあらぬ方向に行ってしまいそうなので、残りの女性陣が引っ張って行って状況説明する。しばらくゴニョゴニョした後に深紅に染まったフィノが放流された。やはり説明するのは恥ずかしかったか、残り二人も頬を染めている。


「ごめんね、フィノ。解らなかったんだね。僕は女性との性行為の経験が無いって……」

「ハッキリ言うな!」

「ハッキリ言わなくて良いです!」


(こういうとこだけ息が合うのはどうなの?)

 トゥリオとフィノの連携に、チャムは苦笑いするしかなくなる。


「て言うか、お前、幾つだって言ったよ?」

 居ても立っても居られない様子でトゥリオが問い詰めてくるが、カイは迷惑そうだ。

「えーっと、三十くらい?」

「いや、そこ、疑問符要らねえし。そうじゃなくってお前、それで良いのかよ!」

「良いも何も、僕結構忙しかったんだよ。ホルムトに居たら、来るも来るもむさ苦しい男ばっかりからラブレター挑戦状が届くしさぁ。何が悲しくって男から逃げ回らなきゃならないんだよ。僕にとっては魔獣のわんさか居る森の中が憩いの場だったんだよ? そんな暮らし想像してみなよ」

「た、確かに同情の余地は多分にあるな」

 さすがのカイも少々ご立腹である。女性陣も(ご愁傷様……)としか思えない。頭の上でリドも撫で撫でしているが、その程度では治まらない。

「僕がそんな苦労していた頃に女の子はべらしてイチャイチャしていた人に同情されたくないね!」

「ばっ! はべらしてもイチャイチャしてもねえし!」

 女性陣からの半目の視線が冷たい。多数決でさえ不利なのに、唯一の味方にするべき相手を敵に回してしまったトゥリオは防戦一方だ。

「解った。俺が悪かった。何とかする」

「なーんーとーかーすーるぅ ── ?」

 チャムの声は少々ヒステリックになっている。

「この人を悪の道に誘い込まなくて結構です。あんたはそのまま反面教師になってなさい!」

「かー、マジかよ。挽回の機会さえくれないのかよ」

「だから別の方法で挽回出来ないの? 誠実さで示さなきゃならないんじゃないの、誠実さで!」

「わたしも同感です。このままじゃ泣く女性が増えるだけですもの」

「いや、誰も泣かせてねえから! 円満だって!」

 それで許されるほど女性陣は甘くなかった。

「良い、フィノ? 男って後腐れが無い関係を円満って主張するのよ」

「そ、そうなんですか?」

「もう、勘弁してください……」


「でもねぇ、もし僕が女性を知っていたら大変な事になってたかもね」

 そんな事を言い出したカイにチャムはギクッとする。事実はともかく、願望は有ったとか言い出されると旗色が悪い。普段の行動から察するに、決して彼も女性に興味がない訳じゃない筈だ。

「だってさ、ホルツレイン王宮に上がった時のハニートラップの嵐を考えたらさぁ、知ってたら知ってたで我慢し切れるとも思えないんだよね」

「何だよ。お前だってモテてんじゃねえか?」

「あれをモテてるって言う? みんな『魔闘拳士』っていう通り名に興味が有るか、侯爵様の後見を受けている僕に口利きして欲しくてそう言い含められているかどっちかだよ? 誰一人、僕の為人を知らないのにその女性に興味を持てって言われてもさ」


(それでも引っ掛かってしまうのが男なんだがな)

 そう思うトゥリオだが、それを今言葉にするとただでは済まないのは十分に解っている。


「別に良いんだ。いつか愛する人と合意の上で結ばれるんならね。それが遅かろうがどうだろうが一番嬉しいって思う筈だからさ」

 女性陣全員がほんわかする。チャムとフィノは誓うのだった。


 この天然記念物を保護しなければならない、と。

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