勇者パーティーvs魔闘拳士パーティー(6)
勇者ケントとチャムの間で火花が散る。盾から新たに現れた剣身は肉厚で、盾の重量まで加えるとかなりの剣圧を発揮した。それを振り回すのは彼女の左腕にかなりの負担を与えるが、あくまで右手の長剣の補助だと考えればその効力は十分に有ると言えよう。
時折り大きく弾かれるフェルナル・ギルゼは次の斬撃への遠回りを強いて、チャムに余裕を与えてくれる。それによって彼女の
チャムは聖剣の柄元より深く長剣の剣閃を走らせ、勇者に圧力を加えていく。それによってケントに後退を強いていった。傍目にはチャムの剣圧に押されて下がっているように見えるだろうが、上級者の駆け引きとなると細かな技も含んでいるものだ。
「それもあいつがあなたに与えたものか?」
じりじりと摺り足で後退するケントの目には悔しそうな色が浮かんでいる。
「これもその一つ。あの人が私の戦い方と思いを汲んでくれたもの。そろそろ解らない?」
「見せくれなきゃ解らない!」
訴えるような視線が彼女を貫くが、そんなものではチャムの心には響かない。
「解りなさい。あんたのは全て押し付けなの。与えると言いつつ本当は欲しがっているだけ。子供なのよ」
「あいつが大人だって言うのか!? 俺とあまり変わらないじゃないか!」
「結構大人よ。事情が有ってそんな風に見えるけど」
(そして私もね……)
チャムには駄々っ子が地団太を踏んで無いものねだりをしているようにしか見えない。蔑んでいる訳でも憐れんでいる訳でもないのだが、慈しみの思いは彼の理解が及ばないらしい。環境が悪いと言ってしまえばそれまでだが、それを口にしないだけまだ見どころは有ると思っていた。
聖剣は何も訴え掛けてこない。彼には要らぬしがらみを吹き飛ばせるほどの力と意気が必要だろう。がんじがらめになっている内は成長は難しいかもしれない。
自分が有って周りが有るのではなく、周りが有って自分で在れるのだ。そうでなければ、更にその外側など見えてはこない。それに気付けた時に彼は一皮剥けるだろう。
「勇者ケント。私の勝ちよ」
二人の戦いは戦場の中央近くまで戻している。それが意味するものにまだケントは気付いていないようだ。
「まだ俺は負……」
彼は戦場内が静かになっているのに気付いた。自分が完全に孤立してしまっている事実は勇者を愕然とさせる。周囲を見れば三方から囲まれている。色煉瓦の外では、まだ目覚めていないカシジャナンを除いた彼の仲間達が固唾を飲んで見守っていた。
「外から崩されたのか」
その誤解をチャムは指摘する。
「あんたの執着がそうさせたのよ。周りが見えていなかったでしょう?」
「あなたがそれを言うのか?」
「事実だからね。もし、僕が魔王なら君は仲間を全員死なせた」
無情なる事実が宣告される。
「なら……、ならば俺は中央から切り崩す! もう一度お前を倒して!」
「そこまで言うならやってみなさい!」
女剣士からの発破に、ケントは勢いよくカイに向き直った。
「
チャムが意図的に視界の隅でゆるゆると動き、
「行くぞ!」
「いつでも」
カイが受けの一言で応じると、ケントは強烈で鋭い突きと共に剣気を吹き付けてきた。彼は合わせて闘気を迸らせる。あの時の再現だ。
フェルナル・ギルゼ最速の突きがカイの胸目がけて伸びていく。それに対して
「
息吹の後に彼は小さく呟いた。
カイの間合いに侵入した切っ先は横から手刀を添えられる。合わせて退きつつそのまま寝かせるように内巻きに絡めていき、膝元を通して右側に押しやった。
退いた右足を軸にして、今度は左足を踏み出し左半身の姿勢で左の掌底を剣身に入れる。更に踏み出した左足を軸に回転して右足を跳ね上げ、踵がケントの側頭を捉える寸前でピタリと止めた。
それは彼の師匠が数度だけカイに見せてくれた技だ。刃物と対する時、捌きと同時に相手の間合い深くに忍び入り、必殺の一撃を放つ攻防一体の秘技に近いものと言えよう。
ケントが正常な状態なら不可能だったかもしれないが、様々な思いと周囲の動きに惑わされて僅かに硬くなっている身体が対応の遅れを呼んで見事に嵌ってしまったのだ。
「入っているわよ?」
身動き取れなくなっている勇者にチャムが問い掛ける。
「降参する」
聖剣が地に転がり、ケントは膝を突いて告げた。
◇ ◇ ◇
「勝負あり!」
審判騎士の宣言に、今か今かと待ち受けていた観覧客は一気に湧き上がった。
用意されていた
男達は両腕を掲げて振り回し、女達は戦場に向けて投げキスを送る。魔闘拳士パーティーにも勇者パーティーにも惜しみない拍手が送られ、この名勝負に称賛の声がそこかしこから掛けられた。
チャムはケントを助け起こすと、待っている仲間の元へ押し出す。そこにはカシジャナンに肩を貸して手を差し出しているティルトに、両手を差し出して迎えるミュルカとララミードが居る。恥をかかせたかもしれないという申し訳無い気持ちで顔が上げられず、悔いに目が潤むのを止められない彼を笑顔で招き入れた。
「ごめん、俺、勇者の名を汚して、お前らにも恥ずかしい思いをさせた」
ティルトに背中をどやしつけられ、女性達に頬をペチペチと叩かれる。
「何言ってるのよ。本当に良い勝負だったからこれだけの人がこんなに讃えてくれているんでしょ?」
「そうだ、ケント。謝らなきゃいけないのはだらしない俺達だ。本来ならお前を中心に作戦を立てなきゃいけないのに、簡単に切り離されてしまった。悪かったな」
申し訳無さそうに言うカシジャナンに、ケントは激しく首を振る。
「違うんだ! 俺が彼女に拘ってしまったからこんな結果になった! こんな俺を盛り立てようとしてくれる仲間を放っておいて! 俺、本当にバカで子供なんだな」
「良い勉強になったと思えばいいわ。あたしも色々考えるところが有ったし」
改めて抱擁を交わす勇者パーティーに拍手の雨が降る。
「よくぞ勝利した、我が名誉騎士よ! 見事であった!」
立ち上がった国王は、まず勝利者に栄誉を与える。
「そして勇者と供の者達よ、そなたらも素晴らしい戦いを見せてくれた。軍略にも秀でし魔闘拳士とも同等に並ぶその武威、感服するに十分である。余が民に、魔王に抗するに足る勇気を与えてくれた事、感謝するぞ」
ケント達は腰を折ってその言葉を受け取った。
「世界にはこれほどの猛者が揃うておる! どうして魔王を怖れる必要があろうか!? 皆よ立て! 我らは恐怖などに負けはせぬぞ!」
観客達は腕を振り上げ、騎士や兵士達は剣を掲げて「おー!」とこれに応える。
「余が民よ! もう一度比類なき戦士達を讃えよ!」
再び花弁が撒かれ、拍手の音と共に闘技場内に降りしきる。カイ達四人はそれに応えて腕を掲げ、より一層の熱狂を観覧客に巻き起こした。
その夜のホルムトは乾杯の声が止まず、眠る事が無かったという。
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