勇者の出立
武芸大会から
当然のように裏手に回ると、木立を抜けてその一画にある一軒家に近付く。落ち着いた趣のある家屋なのだが、
「何か騒がしいな?」
女剣士ミュルカがノックしようとする前に盾士ティルトが首を捻って問い掛ける。
「先客が居るのかもね。どちらにせよそう時間もないし、
「しつこいって邪険にされないかな?」
ずいぶんと大人しくなってしまった勇者ケントが懸念を口にする。あまり自信を失っても困ると思い、仲間達は励ますのだが、彼の心は少なくない変化をしているようだ。
「気にしたって始まらないから入るわよ」
こういう時はさばさばしているララミードは、さっさとノックをしてから扉を開けた。
「お邪魔するわね……、え?」
一斉にララミードのほうを向いた家人の五人全員が、口から白い粘体を垂らしている。
「なにごとっ!?」
「ふぉふぉふぃふぁべふぇんふぉ。ふぉくふぃふー」
もぐもぐもぐごっくん。「はぁー」と一息吐いて幸せそうな顔をしたチャム。
「急に来るからびっくりしちゃうじゃないのよ」
「びっくりしたのはこっちよ! 何してんの!?」
「何って、だから食事中。お餅食べてんのよ」
そう言われても、ララミード達にしてみれば理解不能である。
「これ。オルク麦を蒸して叩き潰した食べ物よ。お餅っていうの」
「お餅?」
「説明しても始まらないわね。そんなとこに固まってないで入って来なさい。御馳走してあげる」
招かれた彼らは銘々腰掛ける。無造作に皿が配られると、大皿に盛られた餅が真ん中にドンと置かれた。
「召し上がれ」
「ど、どうすんの、これ」
器に作ってある砂糖醤油のタレを付けて食べるように勧められて、それぞれ口にし始めた。
初めて感じる食感に戸惑う様子を見せるが、そのモチモチ感と満足感はすぐに分かったようだ。普通にもりもりと食べ始める。
「搗き立てだから美味しいでしょ?」
「美味しいです。オルク麦って酒麦ですよね? 西方にはこんな食べ方が?」
カシジャナンの質問にチャムは、西方ではオルク麦を作っておらず中隔地方でカイが作ったものだと説明する。彼の故郷の食べ方だと伝えた。
「本来は保存食なんだって」
「へぇ、これは便利かもしれませんね」
「だから、全部食べちゃ困るよ。やっとクエンタさんに頼んだ分が届いたんだから」
まだ新街道計画は経路調査中である。交易は海路頼りだ。
「いいの。どうせ、もうしばらくしたら東方に発つんでしょ? 向こうに行けばいつでも手に入るから」
「フィノ達に教えちゃったのが運の尽きですぅ」
彼女もかなり速いペースで消化中。女性陣は本当に餅が好きだ。見るとミュルカやララミードも頬を膨らませている。カイはため息を一つ吐いて諦めを表した。
クチバシを開けて待つセネル鳥達に、順番にトゥリオが食べさせてあげている。そうしていると、新たに五羽のセネル鳥も裏扉から入ってきた。
「おっ! お前らも食うか?」
「キューイ!」
その様子を見てケント達は驚きを隠せない。彼らが加工品を口にしないと良く知っているからだ。
セネル鳥は、東方では身近な家畜である。繁殖が簡単で乗用に向き、積載能力の低さは荷車を引かせる事で解消出来る。食料面の維持費の高さが問題になるが、従順な彼らは放せば勝手に補給して戻ってくるのだ。その時、害獣になるネズミなどの小動物の駆除や、雑草類の処理もしてくれるので一挙両得になるのである。心強い農家の味方とされていた。
ただ、騎乗時の格好良さや優雅さから、高貴な身分の者達はやはり馬を好む習慣が有る。市井には広く普及しているが、晴れ舞台には姿が見られない家畜に分類されていた。
彼らは肉食を中心とした雑食性である。その為、種子食性鳥類のように上嘴だけ大きくて湾曲していたりはせずに完全に噛み合っており、その中に
手の上に餅を乗せて差し出せば、クチバシの先で器用に摘み上げて美味しそうに食べている。その光景が東方出身者には珍しい物に映ったのだ。
「セネル鳥、貰ったの?」
五羽とも通常セネルであるが、パープル達が使用している騎乗具の模倣品が着装されている。セイナが技士に作らせたものだろう。
「国王陛下に下賜していただいたの」
「足が要るものね。良くセイナが渡す気になったものだわ。あの子は彼の信奉者なのに」
チャムはカイを指し示して言う。
「ああ、それで不機嫌そうだったの」
「やっぱり? 言えば馬でも用意してもらえたんじゃない?」
「遠慮したのよ。そこら中をあの子達が駆け回っているの見ていたら懐かしくなってきちゃって」
申し出は有ったのだが、セネル鳥を望んだのだそうだ。
「それで? 発つの?」
「そうだ! その為の挨拶に来たんだった!」
食事に夢中になっていたケントが思い出したように立ち上がる。
「本当に仕方のない子ねぇ」
彼に呆れさせられるのにも慣れてきたチャムだった。
「俺達はフリギアに向かう事にしたんだ」
国王アルバートからは、国内とクナップバーデン総領国を含めた沿岸部では、魔王の存在を匂わせる情報は入って来ないとの報告を受けて、彼らは出発を決意したらしい。フリギアの西には未開の地が多いし、北部密林地帯ともなれば未踏の地だらけになる。その辺りを巡るのだろう。
「本当は共に来てくれればと思うけど諦めるよ」
「諦めなさい。縁が有ればまた会う事も有るでしょう」
「ああ」
名残惜しそうではあるが、納得はしたようだ。
その後は、和やかな談笑が続く食事会となる。溜飲が下がったらしいフィノもミュルカと打ち解け、彼女を喜ばせた。同じく旅路が待っているチャム達とは今後も情報交換を約して散会となった。
形式ばった送別式典の後、勇者達はホルムトを旅立っていった。彼らの前途には長い長い旅が待っている事だろう。
様々な思いを胸に秘めたまま青髪の美貌は彼らを見送ったのだった。
◇ ◇ ◇
とある街道の脇。
森林帯の迫る舗装道を進んでいた五騎の男女は、幾度か会った事のある神使の一族の連絡員の姿を見つける。連絡員は本当に神出鬼没で、彼らがどこに行こうがその前に現れるのだ。
「
もう驚く事もない彼らはすぐに停止し、カシジャナンが進み出て問い掛ける。
「来るがよい」
言葉少なに招いた連絡員に従い、下生えを掻き分けて森林に立ち入る。
優美な意匠の凝らされた長剣。華麗ながら鋭さの有る
「いただいても良いのですか?」
それらにミュルカ達は歓声を上げた。
「本来であれば、其の方らにはまだ早いと思われる。或るお方からの心遣いだ。有難く受け取るが良い」
「どなたかは存じませんが、どうか我らからの感謝をお伝えくださいますようお願い致します」
「承った。それを以って使命を果たせ」
その言葉に五人は首を垂れる。そして、勇者一行は、晴れ晴れとした顔をしてその場を発った。
その姿を緑色の髪を持つ連絡員は複雑な思いを込めて見守っていた。
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