勇者パーティーvs魔闘拳士パーティー(5)
カシジャナンは脂汗を流しつつ、無理をして並行起動した魔法の結果を視界に入れる。並行して構成を編む難易度は属性が異なれば跳ね上がるが、二人共を同時に昏倒させようと考えれば選択肢は狭まり、必要に迫られての結果だ。
今も発現場所の制御に魔法演算領域を食われているが、まもなくその効果を目にする事が出来るだろう。現在、光る刃の飛翔制御をしている獣人魔法士には
「トゥリオさん、お願いしますぅ」
「任せろ!」
答えた盾士の男が大剣を振り被って、爆発力を秘めた泡を斬り裂く。本来ならばその瞬間に破裂して爆発力を振り撒く筈なのに、斬り裂かれた泡は蒸散して消えた。
「何だと!?」
「どうなってんだ!?」
観察すると、トゥリオの大剣が淡く赤い光を放っている。
「魔法剣か!」
「掛かったな?」
水属性魔法を火属性魔法剣で相殺した
「くっ!
決まったと思った魔法攻撃が防がれた衝撃は大きい。動揺をその目に宿したまま、不用意に魔法を放つカシジャナン。しかし、その正面から襲い来る炎槍も横薙ぎの大剣の一閃が打ち消してしまう。
「バカな! こいつ、
口を一文字に引き結んでいるカシジャナンの代弁をするように、ティルトが疑問を口にした。
「
目に見えない衝撃波は大剣の一振りに霧散する。
「
降り来る雷撃は高く掲げられた大剣に引き寄せられ、吸い込まれていった。
トゥリオが正面に大剣を立てて掲げる。そこには黄青赤緑紫にそれぞれ丸く塗られた部分が有り、微かに起動線が見える。
「刻印剣だ! 五大属性対応の!」
「何ぃ! そんなものが!」
ティルトは思い出す。チャムが魔闘拳士を刻印士でもあると紹介していた。
(してやられた!)
カシジャナンはいち早くその可能性に気付き、内心苦渋の思いを湧き立たせる。そしてその動揺は大きなものを見落とさせるのに十分な隙になった。
それは油断と云えば油断だ。
「
そっとロッドを振り下ろしたフィノが厳かな声音で
「ジャナン!」
「しまった!」
紫雷球がカシジャナンの背後に発現する。幾筋もの雷撃が走り、黒髪の魔法士を痙攣させた。
「があああ ── !」
「くそぉ!」
光刃に襲われ続けるティルトはその様を目の端に捉えるのが限界。そして、カシジャナンは膝から落ちて俯せに倒れた。
「失格!」
審判騎士の宣言は、ティルトに決意を促す。横合いから襲い来る光刃に思い切りメイスを叩き付けて弾き飛ばすと、一転トゥリオに向けて猛進する。
(奴を押し退けて魔法士だけでも倒す!)
魔法士の援護無しで盾士が出来る事など知れている。相打ち覚悟で担当分の相手戦力を削らなくてはならなかった。
ところが、踏み出すティルトの前に割り込む姿が有る。直後、とてつもない衝撃が大盾を揺るがし、一瞬彼の身体を浮かせてしまう。
(何だぁ!?)
眼前には不敵に笑う黒髪の拳士。その拳は固められたままティルトに狙いを定めている。
「えっ!? ミュルカ! ララミィ!」
つい頭を巡らせた彼は、色煉瓦の外で横並びに座り込んで観戦している仲間の姿を認める。彼女らは同時に、自分の頭を拳でコツンとしながらペロリと舌を出し、「テヘッ、やられちゃった」というジェスチャーを送ってきた。
「マジか……」
「よそ見しているなんて余裕ですねぇ?」
ハッと気付くと大振りな正拳が唸りを上げて迫っている。大盾に炸裂した打撃に、右手まで添えて必死に踏ん張って耐えるティルトだが、ギョッと目を剥いた。盾が内側に大きく凹んでいたからだ。
「うおぃ! 嘘だろぉ!」
彼の大盾も帝都で下賜された名品中の名品である。そうそう凹むような代物ではない。長旅の中でも修理に出した回数など片手で足りる。それがたったの一撃で、明らかに防具屋送りの状態になってしまった。
(ケントの奴、こんな化け物と真っ正面から打ち合ったのかよ!)
ガツンガツンと貫いてくるような衝撃が続き、ベコリベコリと凹みが増えていくばかりでティルトには何も出来ない。彼は無力感に苛まれる。
(ただ潰されるだけで終わって堪るか!)
覚悟を決めて大盾を放り捨てると、メイスを魔闘拳士の頭上に振り下ろす。その一撃は、交差されたガントレットに受け止められた。
「男の情けだ! これで終わっちまえ!」
メイスを跳ね上げられたところへ、トゥリオが前面に大盾を立てて突進してくる。すかさず身を躱した魔闘拳士と入れ替わるように突進を掛けてきたトゥリオにメイスを叩き込むが、助走を付けて加速した盾士の勢いには抗えなかった。地を滑る足は地を掴む事も出来ず押し出されていく。
「ぐうぅ!」
彼の足を引っ掛けたのは境界を示す色煉瓦の僅かな出っ張りだろうか? 一瞬空を泳いだ身体は、ドスンと地に打ち付けられた。
「失格!」
幾分か身体を起こして宣言を聞いたティルトは、上体を横たえ一つ溜息を吐いて天を睨み付けたのだった。
◇ ◇ ◇
青髪の美貌の盾から剣身が現れると、観覧席は湧き上がった。
「チャムお姉ちゃん、すごい! 勝てるかな? ねえ、勇者さんに勝っちゃう?」
院の子供達が招待された一画では、小さな女の子が隣の男の子を揺すりながら訊いている。
「まさか、勇者だぜ、勇者。幾らなんでも……」
(もしかしたら)という思いが少年の中にもあった。
局面が動く度に歓声が上がる。勇者パーティーの女剣士二人が戦場外に放り出されると爆発的な熱狂と悲鳴に包まれ、
光と音の応酬となる魔法合戦ではその派手さに目を奪われ、普段は目にする事の無い攻撃魔法の饗宴に興奮はいや増すばかりだ。
多彩な変化を見せる小規模な天災に近い現象は人々に原初の恐怖を呼び起こすと共に、それを扱う者に畏敬の念を抱かせる。一定レベル以上の魔法士には近寄りがたい雰囲気を感じてしまうのも、戦場内に吹き荒れる力の奔流を見れば否めはしないだろう。
(何て凄いの、あの犬系獣人の娘。いつもはあんな穏やかにしているのに、戦いとなればあれほどの力を発揮するなんて!)
ロアンザは一喜一憂する子供達を諫めながらも、戦場から目が離せなくなっている。
(カイ、君はそんなに強い子だったのね?)
勇者パーティーの魔法士が倒れ、飛び込んだカイが振り被った拳で打ち上げると盾士の分厚い筋肉に覆われた身体が浮く。
(魔闘拳士と呼ばれる君を無双の戦士と聞いてはいたけど、どこか別の世界の出来事みたいに感じていたわ。面倒を見ているつもりでいたけど、わたしは守られていたのね)
逞しさを感じながらも、どこか寂しくも感じて自然と涙が流れだす。
「お母さん?」
隣に腰掛ける女の子が心配げに見上げていた。
「何でも無いのよ。一緒にカイを応援しましょう?」
「うん!」
僅かでも力になればと声援を送る。
戦場では、試合が最終局面に差し掛かりつつあった。
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