勇者パーティーvs魔闘拳士パーティー(4)

 聖剣は空を斬り続けるが、勇者ケントの闘志は一向に萎える気配は無かった。


「どう? あんたの仲間にならなくたってこれだけの技を身に付けて上を目指していけるのよ? 私に必要なのが何かは解ったでしょう?」

 ケントにチャムの思いは伝わらないようで、勢いは増すばかりである。そうまで彼を駆り立てるのは嫉妬の炎なのだろうか?

「俺の気持ちは邪魔なのか!? あなたにとって余計な事なのか!? 俺は……、余計な事をしているのか?」

「普通はあんたに声を掛けられれば誰もが喜ぶでしょうね? でも、私には必要無いのよ」

「誰かではダメなんだ! あなただからこそ欲しいと思った! あなたの為なら俺は幾らでも頑張れる!」

「他ならぬ勇者がそれを言ってはいけないわ。世界の為、人類の為に戦うからこそのその力なのよ?」

 彼はその言葉を聞いて、泣く寸前の子供のような表情をしてしまう。

「自分の希望も叶える事も許されないのか? それなら、こんな力……」

「それ以上を口するのは止めなさい。確かに英雄願望を失えば、勇者の立場なんて或る種の呪い。でも、少しでも世界を救いたいという気持ちが有るなら歯を食いしばって突き進むべきよ。希望を口にする機会なんてその先に幾らでも有るから」

 彼が世界を巡り成長した時には、こんな一瞬の邂逅なんて良い思い出に変わるだろうと思っている。これは少年の心を残した勇者の熱病のようなものだろうから。


 俯いた顔がケントの葛藤を表している。荒い息を吐き、上げた顔の瞳には熱意が失われ、冷たい光が僅かに見える。


「ならばっ! そこまで望むなら! まずはあなたが証明して見せろ!」

 聖剣の斬撃は苛烈さを増し、次々と襲い掛かってくる。それでもいささかも鋭さを失わないのはさすがと言えるだろう。

「だからそう言っているでしょう? 躊躇いを捨て切れなかったのはそっちのほう」

「うおおー!」


 空気が圧し潰されたような破裂音を立てて長大な剣の斬撃が走る。そこに混ざる微かな異音がその軌道を捻じ曲げ、無意味なものに変えていく。

 しかし、それも難しいと感じ始めてきた。ケントの火の点いた強い感情は聖剣に乗り移り、チャムの絶対なる領域アブソリュートエリアを侵し始めている。恐ろしきは情念の力である。力に頼りそれを基として生きてきた勇者は、その本領を発揮しつつあった。


 チャムは僅かずつではあるが、摺り足で後退していっている。それはフェルナル・ギルゼの斬撃のほうが、彼女の技より勝っていると感じさせない駆け引きだ。

 圧していると感じさせれば後は更に苛烈になるだけ。疑問を感じさせるくらいでなければならない。その為にそう悟らせない速度で距離感を変えないように保ってきた。

 しかし、背後に色煉瓦のデッドラインが迫ってきている。これ以上の後退は、優勢を察知させるだけでなく、一気に勝負を決めかねない。


 少し無理をして強烈な斬撃を大きく弾く。力を込めた一撃はそれまでに比べて数段速度を落として見えただろう。大きく弾かれた聖剣の切っ先は彷徨うが、それはチャムにしても同じ事。泳いだ彼女の剣は今までにない大きな隙を見せていた。

 だが、ケントは機と見て斬り込んでこようとはしない。なぜなら、チャムが左手の紡錘形の盾を真一文字に横に差し上げていて、それが何を意味するのか理解出来ないからだろう。


「やっぱり一筋縄じゃいかなかったわね」

「後ろを見るんだ。それ以上は下がれないぞ?」


 確かにもう色煉瓦まで200メック2.4mほどしかない。ケントは容赦せず、大上段に聖剣を掲げて大きく踏み込んで斬り下ろそうとした。なのに、そこから動かない。完全に追い込んだ筈のチャムが穏やかに微笑んでいたからだ。


「まだ何か有るのか?」

「見せてあげるって言ったわね」


 シャッと音を立てて剣身射出器ブレードドライバーが作動し、盾から優美な曲線を描く剣身が現れていた。


   ◇      ◇      ◇


 気付いた時には真横に居る。それでも考える前に身体は反応してくれた。

 長剣は横薙ぎにされて魔闘拳士のガントレットで受け止められる。刹那の間だけ遅れて伸びた銀爪が、腰を引いたミュルカのウエストの前を通り過ぎていく。それがどのくらいの威力を秘めているかは計り知れないが、掌底を脇腹に受けていればそれだけで戦闘不能にされていたかもしれない。背中を嫌な汗が流れるのを止められなかった。


 ミュルカの身体が開いたところへ、陰からララミードの細剣レイピアの銀光が走る。見えていなかった突然の攻撃の筈だったのに、魔闘拳士は人差し指と中指で細剣レイピアを掴み取っている。すぐに引く癖を付けている彼女だからこそ救われたと言えよう。そうでなければ折られていた。

 再び魔闘拳士を正面に置いて展開しようと動いた彼女らは、もうそこには彼が居ないのに勘付いてしまった。


「何なのよ!」

「速過ぎる! どこっ!」

 その時、ララミードは丸盾を装備している左腕が後ろから掴まれた感触に跳び上がった。

「ひゃっ!」


 女の子らしい悲鳴は漏れたものの、反射的に右腕は背後に向けて肘打ちを放っている。しかし、それは空を切り、逆に二の腕を掴まれた。

 気付いたミュルカが長剣を構えるが、間にはララミードが挟まれている。牽制に斬り付けると、左腕を操作されて丸盾で受け止められる。


「ララミィ! 邪魔っ!」

「無茶言わないで!」

「汚いわよ、魔闘拳士!」

「言われましても、お二方を同時に相手取るのは厄介なので、そう立ち回らせてもらいます」

 抵抗出来ないと思わせたララミードだが、彼女は相棒に目配せを送っていた。


 背後から押さえられているララミードは、両足で地を蹴った。上半身を残して足を振り上げると、当然そこにはカイの脛が有る。振り被ったミュルカは剣の腹を打ち付けようと振り抜いた。


「あ…!」

 だが、それはカイの足刀で受け止められた。そして、背中を胸で押されたララミードの足が、前のめりになっているミュルカの脳天に振り下ろされる。

「ぎゃん!」

「ああーっ! ごめん、ミュルカ!」


 頭を押さえて蹲るミュルカに謝罪の言葉を口にするが、ララミードはそれどころでない。彼女を解放したカイが、今度はミュルカに対して動いている。

 細剣レイピアの連突きを躱したカイは蹲るミュルカの背に手を突いて乗り越えると、ララミードとの間に彼女の身体を置く。


「んが ── !」

 怒髪天を衝く勢いでミュルカは立ち上がり、長剣を大上段に振り被る。

「嘗めるなー!」

「ちょ! ミュルカ! 大振り過ぎる!」


 常人には目にも留まらぬ速さで斬り下ろされた剣閃は、しかして魔闘拳士の眼前で彼の両手に挟まれていた。真剣白羽取りである。

 もし、その斬撃が決まっていようものなら明らかな危険攻撃と見做されていただろうが、逆に救われた形になった。ハッと我に返ったミュルカは血の気を引く思いをしたのだが、そんな暇も与えてもらえない。

 長剣ごと引き込まれた彼女は足を掛けられつんのめる。カイの左手で抱き留められたと思ったら、グルリと回転してポイと放り投げられた。


「失格!」

 掛けられた声に足元を確認すると、ミュルカが尻餅をついた場所は色煉瓦の外であった。


「ちょっと、ミュルカぁ!」

 泡を食ったのはララミードである。二人でも玩ばれていた感が有るのに、彼女一人でどうやって魔闘拳士を相手すればよいのか分からない。

 衝撃から立ち直れず青い顔をしたまま突き掛かっていたララミードであったが、数撃と保たずに掴み取られて未だ呆然としているミュルカに抱き付くように放り投げられる。

「失格!」


 こうして勇者パーティーの両翼は脱落したのだった。

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