紫電の渦
魔法空間との経路が開き、直接魔力が流れ込んでくるのが分かる。身体強化を持たない犬系獣人魔法士にとっては普段は開いていない経路が接続されたのだ。
その量は膨大で、普段とは比較にならない。
通常は空間魔力を取り込んで脳内を含めた全身の神経系に蓄積して体内に保有する、思念感応エネルギーである魔力の容量は限界がある。かなりの個人差があり、それが魔法士として身を立てる一大要因と言えよう。
しかし、今の状態は異常だ。明確には認識出来ないが、どこかからホースが繋がっていて魔力を注ぎ込まれているような感覚がある。
更に視力や反射神経、動体視力、魔法演算領域まで活性化しているように思えた。
(これがカイさん達がいつも味わっている感覚)
チャムやトゥリオと違って、彼女は
(何度目かの感覚だけど、圧倒されちゃいますぅ。身体が芯から焼けそうですぅ)
身体強化係数の上昇では、とにもかくにも身体を慣れさせなくてはならない。しかし、能力者でない魔法士が使用すれば、身体能力の強化よりは使用可能な魔力量の上昇のほうが顕著に作用する。
元々、魔力のパイプを体内に設けて循環保有している魔法士は、その循環系に強制的に外部ホースが繋がれたような状態になる。そうするとパイプに圧が掛かってしまう。神経系に強い負担か掛かってしまうのだ。
フィノのように通常より太いパイプを持つ人間は更にリスクが大きい。基礎的に太いパイプには魔力も流入し易く、掛かる圧も過大になってしまう。それを弁えずに自制なく使用すれば、神経系が焼かれて障害が起こってしまうのだ。
カイのように極めて強靭な身体を持たない限りは、過大な魔力は毒にもなる。その辺りを加味して、彼女の刻印の強化係数は三倍のもの。その上でフィノには使用制限が掛かっている。
それでも、負担で弱った神経系が癒える間隔を保っての使用なら、魔法士にとっても大きな力になるのだった。
最初は戸惑いの色を隠せない騎士や兵士達だったが、第二皇子マークナードから命令が飛べば従わざるを得ない。じわじわと包囲の輪を縮めてくる。それでも、どこか及び腰な空気も伝わってきた。
だからと言って、この状況で加減する義理は無い。意識してそっとロッドを掲げると、三倍とは言わないまでも加速したイメージ力で魔法演算領域から構成言語が溢れるように湧き出てきて、腕を伝いロッドを介して魔石に記述されていく。この状態で使用するには魔石にも負担が掛かっているようだが、売れば一財産になりそうな大型魔石はよく耐えてくれていた。
ロッドをゆっくりと高く差し上げて構える。
「
魔力を一気に流し込んで、空間に構成言語を強く焼き付ける。
彼らを取り囲むように紫電球がぽつぽつと生まれだし、それがどんどんと増えていく。思念波で制御されている紫電球は増殖を止めない。
複数の紫電球が生まれた時は、包囲陣は構える姿勢を見せる。その後方に駆け付けた魔法士が
浮遊する紫電球が数十を数えるようになるとざわめきが起こり、視線が泳ぎ始める。そして、空間を埋め尽くすような数にまでなると、おののき慌てふためく。想像を絶する光景に、意識せず後退ってしまう。
「れ、
「大丈夫なのか? いや、無理だろ!」
「お、押すな! おい!」
規律では制御不能な感情が彼らを支配し始めていた。
制止浮遊していた紫電球が周回を始める。ゆったりと、そして徐々に速く。
「何をしている! 早く圧し包んで捕らえろ!」
身勝手な命令だけが飛んできて目顔で促され、
「無理です! こんなの中和し切れない!」
「見てください! バチバチいって……、がっは!」
「魔法士がやられた! 逃げ……、ぎいぃぃ!」
弱まった
そんな隊が複数生まれると足が前に出なくなり、包囲するのが精一杯になる。そこへ更に思念波制御された紫電球が渦から離れて襲い掛かる。
「すごいにゃ。力押しにゃ」
何も出来ずにただ倒れていく兵士を見ていると、そんな感想しか出てこない。
「この状態に持ち込んだ段階で、どんな集団でも無力化出来るね。無敵さ」
「限定されるにゃ。フィノを連れて大軍に斬り込むような無茶はしないにゃよ?」
「うん、あくまで切り札だね、これも」
悠々と構えていたカイはそう言うと頭を巡らせた。
◇ ◇ ◇
「さて……」
視線の先の重装騎士達が一瞬だけ怯えの色を帯びる。
「通るよ」
「薄くしますぅ」
正面に両腕を立てると、
「迎撃!」
号令でランスを構える重装騎士。だが間に合わない。
滑り込んだカイが右手でランスを押し退けつつ間合いに入り込むと、左の拳が胸の真ん中に炸裂。大きなへこみを作るとともに宙に舞わせる。
掌底や蹴りの乱舞に騎士達は剥ぎ取られていき、生き残りの
「き、き、貴様! まさか、この私に手出しする気か!? 帝国全てを敵に回す覚悟があるのか!?」
気付いた時には、マークナードは近衛数名が守っているだけになっている。
「覚悟なんて常に胸にあるものでしょう? それが無いのは貴殿くらいではありませんか?」
「ほざけ! く、ぐうぅ……」
「ですが、
敷地内の芝生の上は、折り重なる兵士の絨毯で敷き詰められつつある。だが、その材料は、門扉を失った入り口から続々と追加されているのだった。
何しろここは城壁内。兵士は掃いて捨てるほど居る。それが集結してきている。
「逃げるにゃよ、フィノ」
視線の合図を受けたファルマが犬耳娘に声を掛ける。
「分かりましたぁ!」
紫電球の渦がほどけるように入口に殺到して、更に絨毯の範囲を広げる。
身を翻した黒瞳の青年は、二人の獣人女性を両腕に攫って走り始める。フィノが作った退路を経て、通りを一気に駆け抜けた。
「
路面を捉えるブーツにより力を込める。
「
◇ ◇ ◇
遠く見えていた城壁が近付く速度が上がり、目前に迫る。
踏み切ったカイが大跳躍で城壁上の狭間に足を掛けると、更に大きく跳んで街区に身を躍らせた。
「あははは!」
魔法の灯りがまだ点々と残る街を眼下に収めつつ、フィノは込み上げてきた笑いに身を委ねる。こんなに痛快だったのは人生で初めてだったかもしれない。
「にゃはははは!」
「はははっ!」
夜空に三人の笑いが木霊した。
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