重強化
トゥリオは
「
途端に身体が軽くなったように感じる。右手の大剣も、金属芯も入れていない木剣のように軽い。
そうなれば自ずと身体の使い方も変えなくてはならない。いつも通りのつもりでいると振り回されてしまう。
しかし、この一
赤毛の大男に備わっている常時起動の身体強化は、およそ四倍相当だった。強化能力としては比較的高いほうだと言えよう。
中にはカイやチャムのように五倍もの強化が掛かっている者もいるが、それぐらいが限界なのではないかと思う。それ以上は、日常生活に支障を来しそうだ。
身体強化は、基礎身体能力に比例して向上する。つまり、筋力を上げれば比例して上昇するのだから、強化係数で劣っても基礎能力を上げる事で同じ結果が得られる。身体を鍛え上げたトゥリオは、膂力ではカイをゆうに上回る。
しかし、そうして埋めた差を反故にするのが強化係数加算となる重ね掛けである。この
ただ、この身体強化は外付けの強化器具のようなものだ。筋力なら、魔力を動力源にして変換された外力で無理矢理動かしているのと同じ。無闇に上げれば良い訳ではない。そんな事をすれば、反動で筋肉はずたずたに裂け、関節は砕け、各部で骨折が発生するだろう。
いくら鍛えてもそれらの強度が或る程度しか上げられない以上、支障が起こらない身体の使い方を会得するしかない。鍛錬で慣らすしかないのだ。
手巾に描かれた
それでも、何度も何度も痛みに苦しんでは回復しているうちに筋肉は次第に強靭になり、身体の使い方も慣熟していく。或る程度、慣れた段階で
更に鍛錬を重ねて、最近は問題無く使用出来るようになっていたが、実戦投入はまだ黒髪の青年によって禁じられていたのである。
その危険性は本人が一番よく知っている。
加算ではなく乗算になる
初めて使用した時に、カイが倒れ伏してピクリとも動けなくなりチャムに甘えていたのも、今では心底から納得出来る。慣れないうちはそれほどの苦痛を伴うのだ。使用が短時間で済めばよいが、戦闘中にそんな状態になれば万事休すである。
実戦投入を禁じられるのも、当然の措置と言える。
トゥリオはその刻印を今、解き放った。
◇ ◇ ◇
敵方にしてみれば、それは暴風のようであったろうと思う。
チャムとトゥリオを取り囲んだのは二百を超えて、二百五十に及ばんかという人数。しかも、それぞれが勇名を馳せるほどに腕に覚えがある者達。当然勝利を確信しただろう。
瞬きのうちにチャムが通り抜けていたように感じたはずだ。翻る長い青い髪さえ認めるのは不可能と思える。当の麗人さえ、行き過ぎる景色は色が溶け合っているかのように見えているのだ。
そんな状態でも身体は制御出来ている。それだけの鍛錬を積んできたのだ。
相手は何をされたかも分からないで、血飛沫を散らすと崩れ落ちる。その剣閃の速度は、血や脂が纏わりつくのも許さないほどだ。
駆け抜けただけで手足が飛び、血を撒き散らす。
見れば、赤毛の美丈夫は大盾を前面に立てて、突進するだけで多くを撥ね飛ばしている。一見、命まで取られる者は少ないように思えるかもしれないが、意外とダメージは大きい。
当たっただけで骨を砕かれる。当たりようによっては折れた骨が重要臓器を傷付ける。頭蓋骨陥没や心臓を傷付けるようなら即死だし、そうでなくとも苦しみ抜いた上で死に至る。
更に彼の大剣は間合いが長い。円弧を描いただけで数人が人生を終えなくてはならない。
恐怖の突進は断続的で直線的だが、確実に敵を屠っていく。
敵方も馬鹿ではない。その状態を察すれば、集団の愚を避け分散しようと動く。
直接当たらずに、側方から仕掛けたり魔法などの遠隔攻撃に切り替えたりと工夫するが、あまりの動きの早さに空振りするのが精々であった。
むしろ進路が広がった二人にとっては、ゆとりのある対処が出来るようになったくらい。
(これは比較にならないわね)
数倍する動きで敵を翻弄しつつチャムは思う。
(あの人、あれでも相当加減していたんだわ。彼が本気出したら、ちょっと目も当てられないような惨状が出来上がりそう)
一応、人目を気にしていたのだと改めて分かる。
敵もさるもの一方的な蹂躙に曝されるだけでなく、彼らへの対応に苦慮しつつも様々な手段を講じてきていた。
意図的に進路を空け、動きの速い者を囮にするようにして回り込むような挙動を見せる。それも察して首を振り向けると、悲鳴と怒号が湧き上がった。
更に後方から奇襲を受ける。大型化したリドの牙に掛かった者がぐったりと横たわっていた。
「う……、あああ! 魔獣が出たぞ! 気を付けろ!」
そんな言葉も、混乱の度を深めるだけだった。
追い打ちを掛けるように、
実際にチャムも着弾地点を読みつつ進路を選んで斬り込んでいく。多少は組織的な戦術を取れていた捜索隊も瓦解しつつあった。
リドが生み出した強力な
「ぐっ……、はああぁー!」
「あぐあうぁー!」
肺を焼かれた者は身動き敵わなくなり地に伏して転げ回る。
そこへ防御用の旋風を二重に発現させていた
血飛沫の同心円が生み出されて、呻き声だけの空間が出来上がる。
「
いつも以上の魔力を乗せたチャムの魔法は広範囲に真空の刃を生み出し、多数の悲鳴を上げさせた。
「おらぁっ!」
赤く染まった大剣は、血の尾を引きつつも更に犠牲者を生み出していった。
おそらくは投入された捜索隊の全戦力を壊滅に追い込んだであろう。
使用者を失った魔法の灯りは徐々に力を失い、周囲を再び夜闇が蝕んでいく。血臭漂う戦場は、多くの獣や魔獣を呼び込んでしまう。
剣を納めた二人はセネル鳥に跨ると、ゆっくりとその場を後にする。
(こっちはだいたい片付いちゃったわよ?)
チャムは帝都のある南に目を向けて、中にいる三人に思いを馳せる。
(そっちはどう、カイ?)
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